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第五話 ベッド


 キーンコーンカーンコーン……


 授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。この後のホームルームが終われば、下校の時間となる。

 しかし、私のクラスの大半の生徒はまだ学校に残る気のようだ。無理もない。


 私たちはもう三年生。今は九月なので、受験まではもう半年程度なのだから。


 ホームルームが終わると、やはり大半の生徒は教科書を広げて自習するようだ。

 そんな中、私は早々に教室を出て二年生のクラスに向かう。当然、目的は『彼女』だ。

 階段を下りて、足早に二年生のクラスがある階に向かう。はやる気持ちを抑えきれない。

 そして目的のクラスの前に立つ。まだホームルームが終わっていないようだったので、廊下で待っていた。

 

「……それでは、今日はこれまで」

「起立、礼、ありがとうございました」


 教師の話と、日直の号令が教室の中から聞こえ、やがて生徒たちが教室から出ていく。教室から出てきた生徒の一部は私を見て眉をひそめるが、そんなことは関係ない。

 私はある程度生徒たちが教室から出ていったのを確認すると、待ち望んでいた瞬間を迎える。

 窓側の、一番後ろの席。そこに『彼女』は座っていた。


「……やあ、来たね黛くん」




 『彼女』と出会って一年半が経った。はっきり言ってこの一年半は、それまでの私の人生とは比べ物にならないほど波乱に満ちた時間だったと思う。

 何しろ、今まで体験していなかったあらゆることを体験したのだ。

 『彼女』との楽しい会話、かけがえの無い時間。

 『彼女』との一時の別れ、苦しかった時間。

 『彼女』を狙う者との戦い、命を懸けた時間。


 ……そして、『戦い』の末に、私は『彼女』を救い出した。


 私は『彼女』の目的を邪魔した。だけどそれでも、私が傍にいるのを『彼女』は許してくれている。

 それが本当に嬉しい。『彼女』と過ごす平穏な、安全な日常が本当に嬉しい。


 『彼女』と会えて本当に良かった。私の人生に意味が出来て良かった。

 だけど、不安は無いわけでは無い。


「あのさ……」

「どうしたのかね?」


 私の問いに、『彼女』はいつもの微笑みを崩さずに接する。

 しかしその顔には、痛々しい擦り傷を隠すための絆創膏が貼られていた。


「その傷ってさ……転んだんだよね?」

「そうだよ、私の不注意でね。君に傷を見せるのも心苦しいのでね、こうして隠させてもらっている」


 嘘だ。『彼女』が転んだなんて嘘だ。

 私は知っている。『彼女』に起こっていることを。


 最初は夏休みに入る前のことだった。『彼女』が保健室に運ばれていったと聞いて、急いで駆け付けたのだ。


「先生!」

「黛さん、どうしたの?」

「えっと、ここに二年生の女の子が怪我をして運ばれたって聞いたんですけど……」

「ああ、お友達なの? 大丈夫よ、そこまでひどい怪我じゃなかったから」

「よ、よかった……」


 保健室の先生から無事を聞かされ、私は安堵する。そして『彼女』がいるベッドのカーテンを開けた。


「は、入るよ」

「おや、黛くん。わざわざ来てくれたのか。ありがとう」

「うん、それはいいんだけどさ……」


 確かに『彼女』は見た目に大きな怪我をしている様子はない。話では、体育でアクシデントが起こったとのことだったが……


「あの、どういうことなの?」

「おや、原因は聞いていないのかね?」

「うん、聞いているけど、私としては納得いってない」

「ほう、何故だね?」


 納得はしていない。なぜなら『彼女』は体育を見学していたはずだからだ。

 『彼女』はあまり体が強い方ではないため、体育を見学することはたまにあった。そして今日もそうだ。なのに、アクシデントが起こって怪我をした? そんなのは納得できない。

 しかし私は、それを口に出来ないでいた。恐れていたのだ、深入りしすぎて『彼女』に嫌われることを。


「……まあいいさ、今回のことは私の不注意。もう遅いし、君も早く帰りたまえ」

「でも……」

「黛くん」

「……わかった」


 半ば『彼女』に押される形で、その日は家に帰った。



 しかしそれからだ、『彼女』がたびたび怪我をするようになったのは。

 最初は単なるアクシデントであるという体裁のものが多かったが、最近では大っぴらに『彼女』に暴力を振るう生徒が出てくる始末だ。どう考えてもおかしい。

 しかし『彼女』は私に対し、暴力を受けていることを頑なに隠していた。それが何よりも悲しい。


 『彼女』が私にそれを隠すのは、私を気遣っているからではない。自身の目的のためだ。私がその目的を妨害することを懸念してのことだ。

 私が未だ、『彼女』と敵対する存在だという事実を突きつけられているということだ。


 だけどそれでも私は、『彼女』の傍にいたい。『彼女』と共に生きていたい。


 その決意は、揺るがない。



 翌日。

 私はいつも通り、『彼女』を迎えに行こうとした。

 

 だがそれを阻む者たちがいた。『彼女』のクラスメイトである女子たちだ。


「センパーイ。ちょっと用があるんですけどー。一緒に来てくれます?」


 ……どうやらまだ、私の望まない日常は続くようだ。だけど関係ない。



 私はなんとしても、『彼女』との平穏な日常を取り戻す。



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