ひとりでに歩きだすハローキティ
私が、麗子さんに連れられてやってきたのはいわゆる閑静な住宅街というところだった。依頼人の自宅は瀟洒な洋風建築で、いかにもプチブルといった感じの家だった。玄関の花壇近くにハローキティの人形が落ちていた。小さい子供がいるのかもしれない。
「あっ、こちらへ。どうぞ」
依頼人というのはこの家の奥さんで、三十歳ぐらいの若くて美しい女性だった。
「何かお飲みになりますか?」
「いえ、結構です……」私は遠慮した。
「紅茶をお願い」
「あっ、はい……」
依頼人に対しても、上から目線で話すようでは、先が思いやられる……麗子は紅茶を一口だけ飲むと、ひどく不味そうな顔して、カップをテーブルに置いた。
「ところで、依頼のことなんだけど」麗子は瞬きした。
「ああ、はい。実は……ストーカー被害に遭っているみたいなんです……」
「はあ……ストーカーですか……それは大変」悩ましげにうつむく、依頼人の奥さんを見ると私の騎士道精神が目覚めて、何とかしてあげたいと思った。
「ちょっと黙ってて」
麗子が私を黙らせたので、私は口をつぐんだ。
「ストーカー被害って、言ってるけど……被害妄想じゃないの?」
「……ちょっとそんなわけないだろ……」
「だから黙ってなさいよ」
麗子もおかしなことをいう。こんなに真剣に悩んでいる依頼人に失礼じゃないか。何馬鹿なことを言ってるんだ。
「警察の人にもそう言われて……」
「辛かったでしょうね?奥さん」
「はい……」
「だから、あんたは黙ってて!」
「すまん……」
依頼人の心に寄り添うことの何が悪いんだ?
「し、証拠だって……あるんですけど」
「ふうん……見せてみなさい」
「あっ、どうぞ……」
しかしよくもこんな傲慢な態度で依頼人を見つけられたものだ。そこは感心する。
奥さんはスマホを取り出した。
送信者:your lover
日時:2015年3月11日 20:45
宛先:yukari narashima
件名:愛してるよ
今日の君も可愛かったよ……だけど、かわいそう……君は旦那さんに借金があって、無理やり結婚させられて、性奴隷にされて……オッパイを触られてるんだよね……君のオッパイ、オッパイは僕だけのものなのに……だけど、大丈夫だよ……すぐに旦那さんを消して、僕の奥さんにしてあげるからね……www
このメールを読んだ、麗子は吐きそうなほど気持ち悪そうな顔をしていた。
「だ、大丈夫か?」
「気色悪いわ……」
「他にもこういう気持ち悪いメールがたくさん来るんです……」
「ふうん……管理人さん、後でこれ全部見ておいて」
「私が?」
「だって、こんな気色悪いメール、あたし読めないもの」麗子は紅茶を一口飲んだ。「ところで、このメールに心当たりは?」
「いえ……ただ……スーパーの帰りとか、誰かにつけられているような感じが……」
「管理人さん。そういうことだから」
「え?」
「だ、か、ら…、今日から奥さんのガードマンやりなさいよ」
「いや……私、店がありますし……」
「いいじゃない。どうせ客なんて来ないんだし。それとも何?一億弁償する?」
「やらせていただきます!」
「最初から、そう言いなさい」
「あっ、それと……」
「何?」
「これも嫌がらせかと思うんですけど……」
奥さんは茶封筒を手渡した。麗子は恐る恐る受け取ると、すぐ私によこした。
「管理人さん。チェックして」
「……なぜ?」
「変なものが入ってたら、大変でしょ」
私も恐る恐る封筒を覗いた。
「これは……」
私はおもむろに封筒の中のものを取り出した。
「ハローキティ?」
中にはハローキティの人形が何体も入っていた。
「なぜかわからないのですけど、最近玄関にハローキティが置かれるようになったんです。ストーカーの嫌がらせかなと思ったので、防犯カメラをつけたんですが……なぜか何も映らなくて、それで翌朝にはハローキティだけがあるんです……」
「ふうん……妙ね。それは。それにキモいし」
「なので最近は、ハローキティを取らないことにしたんです。また置きに来ると思うと怖くて……」
依頼人の家を出た麗子と私は、近くの公園の自販機で飲み物を買った。お嬢様は自販機で何を買うのか、気になったが、普通にコーラだったので、少しがっかりした。
「ねえ管理人さん」
「なんでしょう」
「どうやってストーカーはハローキティを玄関に置いてるんだと思う?」
「……さあ?さっぱり、ですね……あっ……」
「何?」
「いや、もしかしたら、防犯カメラに映らないところから投げたんじゃないですかね!」
「馬鹿ね。そんなわけないじゃない。この家を囲むありとあらゆるところの防犯カメラにそんな人影もないし、聞き込みもしたけど、そんなハローキティを真夜中に投げる怪しい人物を目撃した人はいないわ。第一、こんな広い庭の外から、あの玄関まで投げられたら、メダリストになれるわよ」
「ああ……そうですか。じゃあ犯人はメダリストなんじゃないんですか……」
「あんた死にたいの?」
「……いえ」
「うーん……もしかしたら……ハローキティが自分で歩いてきたのかもね。もしくはヘリで防犯カメラに映らない空から侵入したとか、空気砲みたいなやつで、遠くのビルからハローキティをここまで撃ち込んだとか……」
「いや、それはないでしょう」
「なんで?そう言い切れるの?」
私は驚いて、麗子を見た。麗子は真剣そうな顔をしていた。
私はこの新米探偵の捜査能力に不安を抱くしかなかった。ハローキティが歩く?ナンセンス!ここは日本だ、魔法の国じゃないぞ……
……ということで私はしばらく店を閉めて、奥さんの護衛をすることになった。奥さんがスーパーに行き帰りするときなどに連絡を受けて駆けつける。表立った護衛は近所の噂になりかねないから、隠れて尾行するように。連絡がないときは麗子の指示で、奥さんのご主人を尾行した。ご主人もストーカーに狙われているからだ。NTTの系列企業に勤めるご主人は、真面目で会社と家を往復するだけだったから、尾行は楽だった。しばらくは何もなかったが、一週間後、ふとおかしなことに気づいた。




