第二話
おばさんに相談することになった僕と浅子。果たして、上手く説得できるのか? 不安に苛まれる僕だった。
おばさんが晩ごはんの用意ができたことを知らせて来たので、僕たちはさっそくそれが用意されているところへ行った。そこには、テーブルに座っているおばさんがいる。僕たちの姿を認めた彼女は早くテーブルに着くよう頼んだ。
そのテーブルには、ぐつぐつ煮えたぎっている鍋が置いてあり、中には牛肉や豆腐、野菜といった具が入っていた。どうやら今夜の桃井家の夕食は鍋物のようだ。
浅子が空いていたおばさんの向かい側の席に座った。僕は浅子の隣かおばさんの隣に座るか迷ったけど、二人から浅子の隣に行くように勧められたので、浅子の隣に座ることにした。浅子とおばさんがいただきますの挨拶をして、食べ始めた。。僕も続いてそれをしてたべることにする。
おばさんの美味しい手作り料理を味わいつつ、僕たちは雑談に興じた。自分の家族と喋りながらの食事の楽しいが、よその家庭で行う食事もまた違った趣がある。
「おばさん、ちょっといいですか?」
しばらく楽しんでいたお喋りが、区切りの良いところで止まったので、僕は今日来た目的を果たすために、おばさんに呼び掛ける。彼女が何? と返事をしたので、僕は確認する。そう、高校の内容を教えられるかを。おばさんは不可思議そうな表情をしつつも学校の筆記試験でいい点を取れる程度なら大丈夫よと言った。大学受験レベルは無理みたいだけど。
僕は悩んだ。山口さんがどこまでを想定しているのか、分からなかったからだ。あらかじめ聞いておくべきことだったのに・・・。どうしよう。
そんな僕に気づいていないおばさんさんが、何でそんなことを尋ねてくるのと質問をしてきた。できれば突っ込んで欲しくなかったが、ここではぐらかしてしまうと、再び問いにくくなってしまう。
僕が困っている理由が理解できないのか、隣にいる浅子が困惑しながら、心配していた。彼女をフォローするかは、置いておく。うーん、とりあえずおばさんに話しておこう。それから、山口さんの意図をチェックすればいいだろう。
そういうわけで、僕は家庭教師の件をおばさんに説明した。それを聞いたおばさんは難しい顔をして、黙ってしまった。うーん、都合か好き嫌いのどちらかが良くないのかな。心が不安と緊張でドキドキする。それが永遠に続いてしまうのでないかと思ってしまうくらいおばさんの沈黙は長かった。おばさんは難しい顔をしたまま、口を開いた。
「その子って浅子や堅太君の友達なの?」 提案の是非ではなく、交友の疑問だった。是非を欲していたのだが、意味のない論点ずらしはあまりしない人なので、僕は素直に知り合いと答えた。おばさんは目であなたもそうなの? と浅子に問いかける。これに気づかない鈍い浅子ではないので、彼女もコクリと首を縦に振った。おばさんが、そう、と軽く頷いた。
表情や雰囲気が全然変わっていないから、おばさんの考えを予想することができない。不安と緊張が再度起こり、早く答えて欲しいと願ってしまう。
「悪いんだけど、お断りしてもいい?」
そんな僕の願いを叶えるようなタイミングでおばさんが回答した。否定のほうを。当然僕は理由を問うた。いや、絶対に引き受けろといった勝手極まりないことは言わないけど、やっぱり訳を聞かないと納得しにくいのだ。横で聞いている浅子も同意見のようで、うんうん、と頷いていた。最初高校の内容を覚えてないと予想していなかったっけ? まあ、浅子なりの考えがあるんだろうから、追及するのは野暮だね。おばさんはため息を吐いてから、断る理由を語る。
「だって、あなたたちその子と仲良くないってことでしょ? 友達でない子までおしえるのはねえ」
なるほど。どうやら好き嫌いが断る理由みたいだ。おばさんの言葉は冷たいように感じてしまう可能性もあるが、正論だ。さて、ここで引くか? 諦めずに説得し続けるか? 個人的には、後者を選択したい。なぜなら、山口さんにそこまでの義理はないからだ。可哀想ではあるけどね。
「ねえ、お母さん。山口さんがあたしか堅太の友達になったら、彼女に教えてくれる?」
浅子がおねだりするような声色でおばさんに尋ねる。浅子は前者の考えを持っているようだ。僕には理由が分からなかったので、機会があれば、後で浅子に質問しようと思った。
おばさんはきょとんとした表情でわが娘を見ていたが、浅子の行動に感心したような顔をした。
「そうね、それなら構わないわ。時間に余裕もあるし」
僕はおばさんの時間の都合も問題ないことが分かって、安堵した。後で問うつもりだったので、手間が省けて良かった。そういうわけで、僕は山口さんと浅子が友達になる方法を試行錯誤しなければならなくなった。僕自身が友人になった方が早いと思うけど、僕は山口さんにそれほど固執はしていないからね。いや、なりたいかなりたくないかと聞かれれば、なりたいんだけどね。
それから、僕は夕食を頂いてから、桃井家を出るのであった。
「お兄ちゃん、浅子さん家のご飯はどうだった?」
自分の家に帰るなり、妹に感想を尋ねられる。半強制的に納得させたのだけど、妹の機嫌は良かった。それはいいんだけど、親にこの件について伝えてくれたのかな? まあ、大丈夫だとは思うが、一応聞いてみた。妹はちゃんと報告したと言った。よし、さすがは友子だ。内心で彼女を褒めていると、妹が頭をなでて欲しそうなオーラを出し始めた。僕は高校生の妹の頭を撫でることをあまり好んでいないのだが、やらなければ、妹の機嫌が悪くなってしまうのだ。それに、実は僕自身もそこまで嫌悪感はなかったりする。
だから、僕は苦笑しながらも、妹の頭に手を伸ばし、よしよしと撫でてあげた。彼女は心地よさそうに目を細めて、されるがままにされている。あたかも小動物のようであったので、僕の心が癒されたのだった。
翌日に家庭教師のことを早速山口さんに話した。友達云々のことは伏せたけど。彼女は残念そうに肩を落としたが、僕がすべてを話していないのを無意識に悟って、僕に詰問をした。
「嘘言ってない?」
彼女の咎める視線に僕の背中から冷や汗が流れる。嘘は言ってないから堂々とすればいいのに、僕はできなかった。伏せている事実を隠しているから後ろめたい。彼女の視線は和らがなかった。その目は、正直に言え、と述べているようだった。
「なにやってるの?」
横から浅子が声をかけてくる。助かった。ありがとう、浅子! 君は救世主だよ! 心のうちで讃えつつ、僕はこれまでのやり取りを話して聞かせる。それを聞いた浅子は首をかしげながら、全部話さない理由を問うた。
「どういうことかしら?」
トーンの落ちた音吐で山口さんが問い詰めてきた。浅子、さっきのは取り消すね。むしろ、僕を貶める悪魔だよ・・・。しかし、こんなことを喋れば浅子が沈み込むのが、目に見えているので、声にださないけど。大体隠す僕が悪いしね。
だから、僕は仕方なく友達の件を山口さんに話した。彼女は最初唇を尖らせ、不愉快そうに耳にいれていたが、話が終了した時には、悩ましげな顔をして、考え込んでいた。しばらく彼女は黙然と思考していた。そして、ちょっと考えさせてくれるよう頼んできた。僕も浅子も反対する気がなかったので、了承した。そのまま、自分の席に戻る山口さんを眺めながら、浅子はどうしたのかを僕に聞く。僕は山口さんではないから、分からない。だから、さあ、と短く告げるだけにした。
昼休みになった。それ自体はいつものことだから、何とも思わない。だが、山口さんが一人でお弁当を食べていたのだ。これは普段の光景ではない。彼女はいつも数人のグループでお昼を食べているからだ。家庭教師の件を引きずっているのかもしれない。ならば、僕にも責任の一端があるね。 そういうわけで、いつも一緒に食べている男子達に断りを入れる。男子生徒の一人が了解の返事をすると、彼らはそのまま教室を出ていった。まあ、知り合いのよしみで一緒に食べているだけだから、この反応は別に不思議ではない。僕は山口さんの席に行き、彼女に話しかけた。彼女は、何? と反応するだけだった。やっぱり少し元気がなくなっているね。
「山口さん、一緒にお昼を食べない?」
彼女はなぜ誘って来たのかを聞いてくる。あまりいい反応ではない。嫌がってないからマシなのだが。僕は山口さんを食べてみたいと彼女の疑義に答えた。これも僕の本心だ。責任云々を抜きにしても、彼女のことをあんまり知らないのだ。だから、この機会で彼女のことを知れたらいいな。もっと欲を言うならば、友達になれるといいんだけど。
山口さんは乗り気ではなかったが、僕の誘いにはのってくれた。次は場所だね。まあ、屋上で決まりかな。だって、男女二人で教室で昼食を摂るのは恥ずかしいからね。一応彼女にも尋ねてみたのだが、やっぱり教室は嫌とのこと。屋上はどうかと聞いてみると、了承した。
そういうわけで、僕は山口さんと共に、屋上に向かうのであった。
綺麗な青空。澄んだ空気。快い風。やはり屋上に来ると、気分が良くなる。教室や学食で食べるのもいいけど、解放感のある屋上でご飯を食べるのも、また異なった趣向があってよい。山口さんの方を横目で見てみたら、少し元気を取り戻しているようだ。あくまで僕の主観だから、本当のところはどうか分からないけどね。
僕と山口さんはなるべく汚れない場所を選んで、地べたに座りこむ。ビニールシートを持ってくるべきだったか、と内心で自問していたが、あんまり屋上に来ないから仕方がないかな、と思い直す。言い訳をすべきじゃないかもしれないけど、こんなことでグダグダと頭を悩ますのも時間を浪費している。
僕と山口さんは黙々と弁当をとりだしてから、お箸も取り出す。当たり前だけど、ピッタリ同時にはやっておらず、時間差はあった。そして、彼女が先に食べ出した。僕も食べることにする。淡々と食べ続ける僕たち。山口さんを元気づけてあげたい。でも、どう切り出せば良いか分からない。心の中でウンウンと唸っていたら、山口さんが話しかけてきた。
「何か聞きたいのよね?」
ぽつりとそう言った。予想はついていたようだ。ちなみになんでわかったのかを聞いてみると、あなたが私を誘うなんて、何か訳ありだと思った、だそうだ。鋭い。山口さんはどうやら馬鹿ではないらしい。いや、見下していたわけじゃないよ? ただ、特段に頭が良いという評判も耳に入らないんだよ。僕が知らなかっただけかもしれないけど。
閑話休題、僕は頷いた。
「何か悩んでいるよね。ひょっとして、僕のせいかな?」
そして、ズバリと率直に質問した。それに対して、彼女はぶるぶると首を横に振った。後者は違うという旨を告げてから、前者を肯定した。とりあえず、僕に責任がないことにホッとしてから、何に悩んでいるのかを僕は優しく聞いた。彼女は少しためらったが、話すことにしたようで、表情を真剣なものにして、慎重に口を開くのだった。