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幕間 女神と呼ばれた少女

8話で書ききれなかったシーンです。

残念ながら、結末はご存知の通り。

ご注意下さい。

 今日の目覚めはばっちり爽快だった。


 んーっと両手を大きく上に広げて、まだ朝日が登ったばかりの空を見る。晴天になりそうな今日は絶好の戦争日和と言える。

 野営は少し背中が痛くなるから、ちょっと苦手。でも今日勝って生き残れば、またベッドで寝れる。


 なにしろ私には神の加護があるんだもん。負けるわけがない。早速昨晩の夢で受けた言葉を思い返す。

 今日の戦、敵の伏兵が背後から来る。騎兵隊の特攻と歩兵が本陣に攻める。

 夢で神と会うせいか細かい事を忘れている事が多い。でも、一番大事なのは覚えてるから、今回も大丈夫。

 

 本当は指揮官や参謀に話せたら楽なんだろうけど、残念な事に神は敵の密偵とか用意してくれない。と言うか神は密偵も知らない極秘な作戦なども知っていて、その辺の密偵に拷問しても何にも出て来ない。証拠が無い情報を私が言い触れれば、私の方が敵の内通者に思われかねない。

 功績を挙げる女兵というだけで十分風当たりが強いので、進言は結局いつも出来ないままなんだよね。



「おはようございます。隊長!戦の日はいつも朝が早いですね!」

「うん、おはよう!今日も頑張ろうね」

 起きてきた仲間に挨拶をして、朝食の準備を手伝った。たっぷり食べて戦いに備える。


 戦に勝って帰れば、明日のご飯はもう少し柔らかいパンが食べれるかな。私の部隊の皆と一緒だと尚嬉しい。


 食事をすませ、馬の手入れをして出発した。


 しばらく進むと今日の戦地になる場に出てきた。平原の少し高台になっている辺りに、敵軍の陣営はひかれていた。

 私達の方は右後ろに山、背後に森が見える。森から私達がやって来たから、多分伏兵は山越えをして、右後ろから狙って来るのかもしれない。

 目の前の敵陣はざっと一万。予定では一万半ば程度のはずだから、残りの五千程度は背後の伏兵の可能性がある。

 私の隊は千人。正面から戦って勝つのはかなり難しい。ここは早めに指揮官の元に向い、安全地帯に避難させた方が良い。幸い、成果を挙げさせたくない奴らのお陰で私の隊は後方にある。本陣からも遠くなく、すぐに向かう事が出来る。


 敵軍には特徴的な紋章の旗が見える。なんて形って言えばいいか分からないけど、この国で強い支持を受けている教会の紋章だ。

 国の中でも王都に次ぐ強い領主が教会と手を組み、現王国に反乱を翻した。神の教えを取り組まない政治を変えるため。という大義だそう。教会は他国にも浸透していて、その財力や権力は凄いらしい。

 でも、そんな事は関係ない。私には本物の神様が付いているんだから。


 昼前、戦いの合図が鳴り私は気を引き締めた。





 敵の戦いは堅実というか、逃げ腰の戦いだった。多分、軍を敵陣側に引き付け、本陣付近の兵力が薄くなったところで伏兵を出すのだろう。

 神の教えはやっぱり正しい。私は本陣背後の手薄さを指摘し、私の隊だけでも本陣へ転進するよう上官を説得した。


 本陣に駆けつけた頃には日も真上に上がり、そして山側から騎兵隊の足音が聞こえてき始めた。

 狼狽えつつ、待ち構えて打つよう命じる指揮官を無理やり馬に乗せ、一番兵が集中している中間地点辺りまで全速で連れて行く。信頼のおける上官に指揮官を任せ、伏兵を一掃しに後方へ急ぐ。

 挟み撃ちが成功してはいけない。指揮官もあの場で指示を出し続ければ、前線部隊も士気を落とさず戦い続けるだろう。

 なんとしても、背後を死守せねば。



 本陣付近は騎兵隊によって大分掻き回されている。列の乱れた歩兵の間を馬で駆け抜け、私の部隊の元へ向かった。後の歩兵も到着してしまうと、更に手強くなる。

「お待たせ!敵将の首を貰うよ!」

 部隊の歩兵達に声をかけると、彼らの顔に活力が増したような気がした。私も馬上で剣を振るい、敵を蹴散らしていく。


 私にはとても軽いこの剣は、軽いはずなのに凄く重たい一撃が繰り出される。木の棒でも振り回す感覚で、私は周辺の兵を薙ぎ払った。大抵は胴体が分かれ、その場で息絶える。かすめるだけでも、カマイタチの様に強い風が走り、深手を負う。神様の髪みたいに真っ赤な血しぶきが辺りに散らばる。

 周辺で見ている敵兵は恐れをなして、逃げ腰になり始めてきた。



 そこに馬に乗った騎士が一人私の前にゆっくりと向かってきた。兵の態度からしても、こいつが伏兵を率いている様に見える。

「貴女が噂の才女ですか……お初にお目にかかれて光栄です。ぜひ、お手合わせ願いたい」

 返事を聞く間も無く男は私に切りかかった。上体を捻り、攻撃をかわす。


 馬の扱いがあまり上手くない私は、すぐに馬から降りた。下から男の動きを見つめる。馬上での剣裁きというのは腰から下が動かせないので、細かな動作がしにくいし、スキも生まれやすい。男の斬撃をかわしながら、動きを眺める。右手で持った剣は大ぶりで、利き手は右手。上から左下へ振り下ろして首周りを狙う動きが多い。振り下ろしたら、胴を狙った横向きの動きが絶対入る。突きはあまりしないで、剣で相手を払ったり、倒れさせるような感じ。大体は分かってきたから、次で決める。


 男の大きな振りかぶりを一歩踏み込んで避け、隙間の空いている脇腹に剣を突き刺した。そのまま、両手で力いっぱい切り上げる。抜けた剣に引っかかって内臓が溢れ出し、男は落馬して地面に叩きつけられた。すぐさま首を斬り落として馬に戻り、高らかに掲げて声をはりあげた。


「敵将の首、打ち取った!!残りの敵兵も全て蹴散らせ!!」

 私が叫ぶと味方の歓声や雄叫びが上がり、敵の士気を下げていくようだった。私も止まらず馬を走らせ、鎧が真っ赤に染まるまで剣を振るった。


 全てが終わった頃には橙色の太陽が沈み始めていた。

 撤収に移動する中、私の部隊の兵が真っ赤に照らされて横たわっているのを見つけた。血なまぐさい戦場に暖かく注ぐ光もそろそろ終わる時刻。山の端は夜が顔を出していた。

 馬から降りて、私はその兵の目をそっと閉じて声をかけた。「おやすみなさい」と言って神様を思い出す。眠った時に会える、あの神様にあなたも会えるようにってお願いをした。





 その晩、勝利を収めた私達は近くの要塞で休息をとりに帰ることが出来た。伏兵からの被害を抑え、勝利に大きく貢献した私は大いに褒めて貰えて階級も上がるみたいだ。

 堅い話しも終わり、ご飯も食べて、私は寝る時間になる。そう、夢が見れる夜なんだ。


 早く寝付きたいのにわくわくしてしまう。戦の前日と戦の後は神が夢に現れてくれるからだ。

 十二歳の時からずっと、辛い時も苦しい時も、私の事を見ていてくれた神の言葉は大切なものだった。もしかしたら、村の両親より今の私を知っているかもしれない。

「ふふふっ早く寝ますね」

 誰に呟くでもなく、一人部屋のベッドに丸くなった。




「今回の戦、しかと見届けたぞ。我の助言に従いよく戦ってくれた」

 神はいつもの偉そうに腕を組み、ふんぞり返ったようなポーズで私を褒める。

「えへへへ〜」

「こら!神の御前だぞ!その緩みきった顔を止めろ!!」

 偉そうなポーズはすぐ崩れて、またいつものしかめっ面みたいな表情にすぐ変わった。


「なら神が砕けて喋ればいいんだよー。その方が話しやすいでしょ?」

 神はぷんぷん怒ってお説教を始めた。こんなに人間臭い神様見たこと無い。でも、そういうところが好き。

 神にハグをすると、不服そうに顔をしかめながら私に抱きつかれる。なぜか抱き返してはくれない。神の威厳に関わるそうだ。棒立ちで、されるがままの神様に威厳があるかは分からないけどね。



「そう言えば、私の評判聞いてる?味方軍や民から女神って言われてるらしいよ」

「全く遺憾だがな」

 ぶすっとした顔で答える私の神様。

「神より先に人気者になっちゃたね」

 神は少し悔しそうな顔をして、何か言いたげに口をへの字にする。でも、すぐに気を取り直したようだ。

「我について広め伝えるのも貴女の役目、これからは戦いばかりではないぞ」

「うん!分かってるよ!神は素晴らしいもん!」

 そうだ。私を女神にしてくれるくらい凄い。


 その後は今後どのように布教を行うか考えた。戦いの無い時は週に一回くらい夢に来てくれて、私は凄く嬉しかった。




 それから私は神の存在を兵や民たちに広げていった。神はやっぱり凄くて、姿は夢みたいに現せないけど、天から民に声をかけたり、天候を思うがままにしたり。やっぱり天地創造の神なんだと改めて驚く事ばっかりだった。


 戦争では負けてはいなかった。だけど戦争の為に財政は厳しく、味方の領地同士でかき集めてもお金は貯まらなかったらしい。

 負担は民へも課せられた。勝利の神と女神がついて勝っているにもかかわらず、生活が厳しくなる一方。治安も悪く、領地が広がったからと言って荒れた街や戦地はすぐに豊かにならない。


  敵は戦いでは負けているものの、教会のバックアップは想像以上のもので、民の生活は安定している。他国との貿易も教会の繋がりでとても活発らしい。他国の援助や物資が向こうには多いそうで、民の反乱に煽られ恐れ、敵に寝返る領主も後をたたなかった。

 そして、教会の範囲はどんどん広がっていった。奴らは勝つのが目的ではない。どこの領地が潰れて統合しようが、自分達の勢力を広げたいだけだった。私の住む場所にも、その勢力は力を増していった。


 私の方は領地での信者を増やしていたけど、圧倒的に数では負けている。戦争と神、その両方に関わる私は、奴らの格好の標的となってしまったのだ。






 状況が悪くなる一方で、俺は悩んでいた。さっき、彼女が敵側の教会から、異端審問で捕らえられた。


 教会の奴らを脅かす為に天から神の声を降らせたり、自然現象を操ったりしたが、彼女に都合のいい現象を起こす度に、彼女に魔女だとか、悪魔の使いだとかの汚名を増やすばかりだった。

 異端審問の奴らが来ることも教えたが、彼女は逃げなかった。「だって、本当の神は貴方なんだから。大丈夫」と言った。


 教会の奴らは自身の神の為、何より金の為に動いていた。神なんて奴らはどうでもいい。敵側への天啓ですら、魔女の企みとして彼女の罪へとなった。

 奴らは布教に邪魔な彼女を何が何でも殺したいらしい。早々に公開処刑をするだろう。早く動かなくてはいけない。

 



 その夜、獄中の彼女に牢の鍵を渡す為、俺は夢に現れた。夢で知らせてすぐ彼女を起こせば、牢獄の中に出現させた鍵を見張りに見つかる前に隠し持つ事ができる。それで迅速に逃げればいい。


 だが、彼女はそれを受け取ってはくれなかったのだ。


「何やってんだよ!!早く受け取って逃げろよ!!!!」

 怒鳴る俺に、彼女は寂しそうな顔をする。

「ごめんね。それは受け取れないの。私が死ななかったら、他の信者達が代わりに殺される」

 俺は言葉が出なかった。そんなのいいよ、早く逃げろよ。

「じゃ、じゃぁ……嵐でも呼んで……火刑を出来なくして……」

 彼女は静かに首を横に振った。彼女の綺麗な金髪が小さく揺れる。俺だって分かってる。彼女に逃げる意思が無ければ、いたずらに死刑のその日を延ばすだけだと。

 

 しばらくお互い無言になった。

 「ごめん……」と俺が呟くと、彼女はまた首を振って近づいて来た。




「生まれ変わったら……夢の中で良いので、またハグさせてください。神様」

  そう言った彼女は笑いながら涙を流していた。その日俺は、最後まで彼女を抱きしめていた。







 翌日の昼頃、彼女の処刑が開始された。手や足に枷をはめられた彼女は、処刑人に押されながら静々自らの処刑台へと歩いた。

 処刑台は大きな木の板で、教会の紋章の様に形作られている。周りには大勢の観衆が居る。ザワザワと野次馬は口々に何かを言う。そこに信者がいたかなんて、俺は数えていられなかった。ただ、彼女を助けようと声をあげる人間なんて居ない。わざわざ自殺を申し出る奴なんていない。興味と噂話と日々の鬱憤を処刑台へ向けるそれらに向かって、彼女の罪証を教会の人間は大声で叫び、神聖なる神の名の元、刑を実行すると言った。


 その間、彼女はブツブツと同じ言葉を繰り返していた。

「我は常に貴女と共にある……我は常に貴女と共にある……我は……常に貴女と共にある……」

 初めて会った時に俺が言った言葉だった。


 彼女は抵抗せず処刑台に縛り付けられた。足元には大量の薪木が彼女を囲んでいる。細く白い手足は痛々しく締め上げられ赤い。処刑人が火の用意をする中、彼女は空を見つめていた。縋るような、諦めていないような、複雑な表情だった。

「……神様……神様……神様……私の……神様……」


 ずっと俺の名を呼んでいた。これ以上苦しむ彼女を見ていられなかった。

 俺は彼女の意識と脳に干渉した。愛してるよ。と彼女に呟いて、強制的に感覚と意識を失わせた。

 彼女は安心した、とても幸せそうな表情で眠った。


 薪に火が灯り、炎が彼女の体を包んでいく。幸せそうな笑顔の彼女がぐずぐずとただれ、溶け落ち、焦げつき、面影が無くなる程に、真っ黒に染まっていった。




 刑が終わった後も、俺はその場を見ていた。遅らせておいた雨雲が雨を降らせ、見世物になった彼女を冷やす。


 俺は遥か遠くの神の座から見ていただけなのに、雨に打たれたかのように、顔は濡れていた。

お疲れ様でした。


次回9話、10話は今回の彼女へのショックに主人公がおかしな方向に走りつつ、立ち直る話になります。

11話から、元の調子に戻ってきます。

12話にて物語のターニングポイントをむかえます。それ以降はコメディ要素がどんどん増えて、主人公が好き勝手してくので、気軽さが増えていくかと。


次回9話の更新は3月6日深夜0時頃を予定しています。

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