07 神の休日 1
麗らかな日差しが俺の顔に降り注ぐある日。どこからか入る冷たい風が顔を撫でると、その心地よさに俺は深い眠りから微睡みまで浮き上がってきた。
実に平和を感じる心地よさである。このまま、天地創造なんてしてないでふわふわと漂っていたい。自然と俺の顔は微笑みをたたえていく。
すると、どこかで聞き覚えのある声がしてくる。なんと言っているのか分からないが、少しづつ大きくなっているような気がする。
そして次の瞬間、俺の腹部に重たい鈍痛が走った。
「ぐふっ……」
痛みに目を開けると、そこにはとても見覚えのある女が一人。
「ほら、愚弟。いつまで寝てんのよ。さっさと起きなさい」
そう言って、姉貴は俺の腹を足で踏みながら起床の催促をしてくる。
「……起きるから、足はどかせよ……」
呻きながら、俺はのそのそベッドから起き上がった。
「急に来てなんの用だよ……わざわざ来るなんてさ」
「それがねー。ちょっとうちが客で立て込んでて、相手すんの面倒いから久し振りに会いに来たのよー。お姉ちゃんが来て嬉しいでしょ?」
姉貴はどうだ嬉しいだろう。と言わんばかりに笑顔で頭上から覗き込んでくる。胸元まで伸びる髪が揺れて、ベッドの上であぐらをかいて座る俺の顔にかかった。
「え……今日一日いるわけ……?」
「そうね。たまには愚弟と夕食でも取って帰ろうかしら」
冗談じゃない。貴重な休日を潰されるのはごめんだし、何より姉貴と一日一緒なんてとんでもない。
「今日……今日は用事あるんだ。だから、また今度来てくれないかな……」
やんわりと嘘をついて断っておこう。
「あんた本当に嘘着くの下手くそね。その顔、小さい時から沢山見てきたわ。私に嘘を言う時は少し強張るの。更に何でもお見通しのお姉様は、あんたに休日を使って愛を囁く可愛い恋人すら居ないって事も知っている」
姉貴の細く長い指が俺の頬を撫でた。笑顔の顔は、見つめる目は優しげに形を変える。背筋に悪寒が走る。
「だから今日は家族サービスとして、このお姉様と一緒にいるわけ。良いわね?」
優しい笑顔はその言葉と同時に、全く笑っていな目となっていた。これはサービス等ではない。命令だ。
こうなってくると俺には……もぅ無理だ。この眼を見続けている。それは俺が蛇に睨まれた蛙になった事。
冷や汗が背中を伝う。頭の上から何かが下がってくる感覚がして、手足が冷たくなっていく。
「分かったよ……好きなだけ居ればいい……」
絞り出すように返事を返すと、姉貴はパァッとご機嫌な本来の笑顔に瞬時に変わった。
「流石愚弟ね。家族想いでお姉ちゃんは幸せ。ありがとう」
嬉しそうな顔をしながら俺の頭を撫でる。言葉としては褒められて、頭を撫でられる。なんてむず痒い事をされているが、経緯に全く喜べない。兎に角、姉貴がご機嫌になってホッとした。
どうにも姉貴には逆らえない…………あの眼で見られると、なにかこう、小さい頃の何かを思い出しそうな気分になる。
そしてその辛さを我慢して逆らったり、逆に記憶を思い出そうとすると、段々と手足が痺れるような感覚が起き、呼吸が苦しくなり、身体が硬直し、酷い時には倒れたりする。
長年の経験から、無理にこじ開けてはいけない扉だと学んだ。
そして神々の話では、家族間の喧嘩は定番ものだが、姉貴は容赦無く俺を叩き潰す。そんな確信もいつだったか生まれていた。
「そうそう、今日はもう一人、大事なお客さんも連れて来てるのよ」
「客?」
「入って来て良いわよ〜」
姉貴が声をかけると、小さな人影が部屋の入口から顔を出した。四歳だか五歳だかになる、俺の姪っ子である。
「お兄ちゃーん」
姪っ子はテコテコと歩いて来て、座っている俺にしがみついてきた。なぜだか、俺は姪っ子から凄く好かれている。姉貴の小さい頃がこんな風に可愛いとは思えない。それくらい似てないと俺は思う。
「あんた、うちの娘には手を出さないでよね」
「んな事するかよ!!」
「だって、あと十年もすれば完全に守備範囲ど真中でしょ……家族にロリコンが居るのは恐ろしいわね」
「お兄ちゃんロリコンってお名前だった??」
「ち、違うよー。お兄ちゃんはそんな名前じゃないよー。………何教えてんだよ姉貴……」
俺が睨むと、姉貴は「本当のことじゃないー」みたいな悪びれない顔で返事をした。
とりあえず俺は二人を寝室から出して、寝起きで乱れている服を整えた。隣の部屋から姉貴が声をかけてくる。
「あんた、お昼ご飯まだでしょ?何か用意するわよ」
確かに腹も減ってきていたので、お言葉に甘える事とするか。
「それにしても、相変わらず散らかった部屋ね……一緒に住んでいた時より悪化してない??」
俺は寝室から出て姉貴達の方へ向かう。
「そりゃ自分のスペースが増えれば、範囲も広がるさ。俺はなんも変わってねぇよ」
寝起きの水を飲んだ。渇いた喉が潤い心地よい。目の前の姉貴はなにやら料理でもしてくれるのか。家の中のものを物色している。
「うわー、この家何も無い!!なにあんた、霞食べて生きれるくらい、高尚な神様にもうなれたわけ?」
「まだ見習いだよ。早くそこまで達したいもんだな」
この前、見習いとして神様になったばっかりである。作り上げた世界はまだ一つ。先輩は勿論、姉貴から見てもまだまだひよっこなんて言われる見習い期間だ。
「でも、あんたなら心配無いわ」
姉貴はさらりと。だが、しっかりした声で俺を褒めた。
この人は酷く恐ろしい顔をしたかと思うと、瞬時に心からの笑顔に変わるし、おちょくっているのか。と思えば内容は的を得てたり真面目だったりする。そして、こうやって正直に人を褒める。
俺はなんだか気持ちがもぞもぞした。何もしていないのに、ばつの悪さを感じて姪っ子の方へと足を運んでしまう。
姪っ子は部屋の一角を見ていた。そこは、俺が家でも天地創造の観察が出来るよう、準備をしていた場所だった。
「お兄ちゃんのお家楽しいー。お兄ちゃん動物さん好きなの?」
姪っ子は俺が放置していた動植物の資料を手に取っていた。どんな動物をどんな地域に住まわせるか。色々と考えつつやる神様ってのは意外と大変なものだ。
姪っ子の言う通り、俺は生き物が好きである。植物でも動物でも人間でも、生きている物を見たり触るのが昔っから好きだった。
神として天地創造をするのも、結構な割合で趣味を兼ねているなと思う。
「うん。そうだよ。何か好きな動物いたかい?」
姪っ子に促すと、姪っ子は資料を指差しながら、これと、これと、これと……なんて端から上げていった。
「そっかそっか。その動物さんが居る世界を今、創ってるんだよ。見てみるかい?」
「見るー!!」
姪っ子は、はしゃいで俺の周りをパタパタ跳ねて走り回った。
今は神になって二回目の天地創造をしている。生態系の練習として、植物、草食動物、肉食動物の三種をいかにバランス良く保てるか。なんて事をテーマとしたものだ。
主に姪っ子が上げていた、草食動物の群れが居そうな地域を覗く。森の木々をよく見てみると、素早く走り回るリスが見える。
「ほら、居たよ。リスさんだ」
「どれ??どれ??……本当だ!早い!!あーー居なくなっちゃった!」
俺は巣を見つけてやり、中を覗かせてやった。子供が親と一緒に丸くなって寝ている。
「可愛い〜!ねぇねぇ、他には?他にはどんな子いるの??」
こんな調子で俺は姪っ子にせっつかれて、この後ずっと動物ワールドツアーをする羽目となってしまうっていう。姉貴の側に居るよりマシだが、これはこれで疲れるもんである。
けれどこうやって誰かと一緒に動物を見ているのは、なんだか懐かしい気持ちがしてくるような。
俺はなぜだか、小さい頃の記憶がぼんやりしている。特に必要とは感じないが、昔の思い出話なんて話題を誰かに振られると、少し困る程度だ。
そこには姉貴も居たのだろうか?聞いたら何か教えてくれるだろうか。
なんて事を思ったが、とても気持ちが温かかったのでそのままにして、姉貴の用意してくれた食事を口に運んだ。不味くはない。
この物語最強キャラ姉貴様登場でした。
姉貴様はなんでもお見通しです。
主人公の恋人の有無も、ストーキングとかではなく、主人公を熟知している為に生活や態度を見るだけで大体把握できます。恐い。