番外2 姉貴の決心 前編
過去とは希望に続くものだと思う
今日も私は弟の泣き声で目が覚めた。
時間は夜中の二時四十六分。お父さんは仕事で疲れているのだろう。大きなイビキをかいてまだ寝てる。四歳になった弟はパジャマの袖をぐしゃぐしゃに濡らしながら泣くのをやめない。
まずい。このまま続くと、あいつ吐く。
とばっちりを受けるのが嫌な私は、眠い目を擦って弟の方に近寄った。そばに寄ると弟は私に抱きついて来た。胸元がべちょっと湿った感じがする。頭を撫でたり、抱きしめたりを十分はやったのか。息が落ち着いてきて、嗚咽も止まった。
弟は私の胸から顔を離した。弟の顔と、私のパジャマはびちゃびちゃになってる。鼻水が糸を引くおまけつき。でも、弟の顔は泣き顔から大分マシになっていた。
私はそのまま弟の手を引いて着替えをさせた。勿論私も着替えた。そして、暖かいホットミルクを作ってやるのだ。
一緒にそれを飲んでると、弟は笑顔になってくる。特に何か喋るでもなく、遊ぶでもなく、とりあえずこれで弟は笑顔になる。
静かな夜の一時間が、毎週三日くらい行われる私の日常だった。
学校が終わって、弟を幼稚園まで迎えに行く。顔を見ると大体四割が今にも泣きそうな顔をしていて、二割が泣いていて、一割は大泣きしている。ちなみにご機嫌な笑顔は一割無い。
弟は友達作りが下手くそだ。幼稚園は社交性や社会を学ぶ最初の場だと思う。
しかし、寂しがりやの弟は凄く友達が欲しい反面、怖がりで嫌われたり断られるのがとても苦手だ。だから自分から声がかけられない。でも寂しいのは積もる一方だ。社交的な子に誘われて一緒に遊ぶが、やっぱり嫌われたり仲間外れが怖くて自分の意見を言えない。なんでもYesと言ってしまう。意地の悪い奴に当たると都合良く使われてしまう。不満が溜まり喧嘩になる。しかし弱いので仲裁が無いと大抵返り討ちにあう。そして、怖くて話しかけられない。
そういう悪循環に既にハマっている。
今日も目元が潤んでいるので、さっさと幼稚園を出た。弟の好きな公園施設の生物コーナーに来る。自然が少ないこの都市で、ペット以外の動物を間近で見れるのは近所だとここくらいだ。
弟の機嫌が直るまで、そこで私は明日の授業の予習を終わらせた。
お父さんが仕事から帰って来るのは大体夜の九時くらい。夕飯食べて、ちょっと話したり遊んだりすると、すぐにお風呂入って寝る時間になる。そして、朝の八時前には仕事に出る。お休みは週に一日。その日は沢山遊んでくれる。
時間がある時には弟に父親っぽい言葉もかけてるけど、あんまり効果が無いと思う。だって、こいつの事を一番見て知ってるのは私だし。
学校で学ぶのは、まぁまぁ楽しい。苦しくなく出来る。
友達も楽しい奴も居れば、気に入らないのも居る。仲良くやりましょう。なんて言いつつ、守れてない奴ばっかりだ。それが普通だと思う。
でも、弟はそれに耐えられない気がする。
家の家事はアンドロイドが全部やってくれるから、私には結構時間がある。あと二年くらいある。
だから決めたのだ。私が弟を幸せにしてあげるのだと。
遺伝子操作での受精、人工出産等はこの時代では当たり前なのだが、彼らの母親は古典思想が強かった人である。
世間では母胎にリスクが大きい出産を人工に切り替えるのは、最早至極普通の事で、自然な出産なんてとうに廃れていた。
やっぱり、十ヶ月もお腹を痛めた子どもは人工出産なんかより愛おしく感じるわ。だから、お母さんは今回も頑張るの。
そう言って母親は姉の頭を撫で、大きなお腹をさすった。
姉は母親のお腹を触りながら、早く大きくなって産まれて欲しい。と楽しみにしていたのだ。
しかし弟が産まれた日、母親は死んでしまった。医療が進んだこの時代、滅多に起きないそれだった。
姉は母親の代わりに、産まれたての弟をずっと抱きしめていた。




