26 無くて七癖 後編
「なんか、ディルって時々変な顔するわよね」
シンは授業の合間に、俺に次の講義の復習をせがみつつ言った。こいつは、歯に衣着せぬ物言いを常にする。
「は?なんだ変な顔って?」
人から言わせれば、俺も似たようなもんらしいが。
「なんて言うか……こう、時々クラスメイトとかじっと見ながら、ニターって笑う。変な笑い声なんかも小さいけど聞こえて。ちょっとあれ、気持ち悪いよ」
「……多分、考え事だよ」
まぁ、俺がクラスメイトを眺めているという時は99%くらい女子を眺めている時である。特に今は夏で薄着だし。やはり、表情筋を殺しておくべきだったのか。ていうか、笑い声が漏れているまでは気が付かなかった。
シンは「まぁ、いいけど」みたいな感じに、特にそれ以降気にせず復習を続けた。次の講義が終わった後、午後は実技訓練の時間だ。
実技訓練では、実戦で使う戦闘用ロボを使用する。人型で全長二十メートル程度。敵のザイトルは全長三十メートルはあるため、こちらの方が小振りだ。
操縦は基本的にレバー操作で行う。俺的にはアナログゲームみたいで、これがとても面白いのだ。
実は、実戦演習では接近戦の訓練が多い。なぜかと言うと、敵からの先制攻撃に押されていた人間勢は、敵達に膨大な人数の人質を取られている為である。
今の装備を持ち、人口増加を理由に宇宙開拓をしていた全人類総出で戦えば、ハッキリ言って敵には圧勝であった。しかし、戦闘用ロボの開発がままならない時代にかなりの人口を連れ去られている。そして、シャンの精神乗っ取り能力により、労働力としてザイクに知能として取り込まれた状態で戦地の捨て駒にされているのだ。
敵を倒しつつ、人間を安全に奪還する。その為に派手なレーザー兵器や爆発物とかは無闇に使わないのだ。一緒に人間も巻き添えだからな。
更に奴らは移動の足として彗星なんかを使って星にやって来る。地上戦はやはりこういったロボの方が何かと便利だ。
って、設定は実は俺が考えて仕向けたんだが。
だって、そんな風にしないと人型ロボで動き回れないじゃん。デッカい戦艦造って、集中砲火出来るならそっちの方が遥かに簡単で敵を殲滅できる。人間としては自分達の惑星以外が壊れても、そんなに困らないだろうし。
まぁ、解説パートはこれくらいにして、ゲーム感覚で俺は楽しく操縦をしているのである。実践で戦地に出向いても死ぬ心配もねぇしな。
今日はチームでの連携動作を行う訓練だ。ザイクの姿や行動を模した訓練用の敵に対して五人で攻撃を行い、巨大な植物で出来ている奴らの体に絡め取られた人質人形を傷付けずに救助する。という内容だ。
もう模擬戦闘は開始され、打ち合わせ通りの動きを皆がやっている。どう敵に対処するかの作戦も自分達で練り、実践していく事も訓練だ。
ロボの操作は俺に次いでヘレンが上手い。俺達二人で敵を引き付け、主なアタッカーとして動く。隙が出来た所で潤一が敵の足元を攻撃や捕獲機で封じ込め、シンが人質を傷付けないよう絡め取られている部位を切り落とす。一番操縦の苦手なアルマは人質の回収と避難を主に行う。流れとしては大体こんなもんだ。
結構簡単に敵が倒せてしまって少々面白みが足りない。とか実は思っている。やはり、ピンチになって、
「動け……!動けよ!!!!」
とか言ってコックピット殴ったり、操縦レバーをガシガシ動かしたりして、再起動したロボで逆転勝利!!なんて定番だが一度くらい妄想して憧れてしまうよなぁ。
あと、ピンチに叫ぶとロボと心が通じて、謎の能力強化や覚醒をする。なんてのもあるが、あれは分かっているけどフィクションである。起きはしない。叫びつつ自分でプログラムいじって能力強化っていうのは、なんか寂しい。
「潤一さん今です!」
なんて考えていると、ヘレンの掛け声がスピーカーから聞こえて我にかえる。俺とヘレンがザイクの頭部に攻撃を与え、動きを悪くしたところだった。
潤一の乗っている機体は俺達の後方、岩場の影に隠れて敵に近づいていた。ヘレンの合図と共に狙いを定めていた捕獲機を作動させる。粘着質な網の様な物が敵の足に覆いかぶさり封じた。
ザイクの不快な鳴き声に似せた音声が辺りを響かせる。本物ならば、その異形の不気味な声に気をしっかりもたない奴は聞いただけでやられる。強い不安感や恐怖に襲われパニック状態になったりするようになっている。
あまりこの声を聞き続ける訳にもいかない。空中から攻撃を続ける俺は、動きが取れなくなったところで喉の辺りに一発攻撃を加える。同じく、それに気を取られている時、シンが鋭い刃で人形が今回取り付けられている腕を切り落とした。シンの後ろに付いて来ているアルマが落ちてくる腕を受け止めた。
これで今回の実技訓練は目的達成である。結構俺の班は優秀なんだぜ?
そんな風に勉学や実技の訓練と多忙な毎日の俺だが、神様業も学生業と兼業なんで世界の観察には余念が無い。
今日も授業と窓から見える紅葉を横目に、目の前に広がるディスプレイを眺めてこの世界の動きを観察した。歴史介入は今しない予定なんで、あまり干渉はしていない。
「なぁ。ディルってよく、授業中とか指を動かしてるけど。あれなんだい?」
休み時間に潤一がそう言って俺の席にやって来た。
「あと、そういう時のディルは……何も無い所を見つめてる………と言うか……」
なんだかんだ皆集まって来て、アルマには変な顔をされている。
データの収集やプログラム修正でのタイピングの事だ。干渉ディスプレイも他人に見えないんで……まぁ、そう見えるよなぁ。
他の二人も気になる!みたいな顔をしているし……なんて言い訳しよう。
「考え事をする時の癖だよ。中々治らなくてさ」
「指を動かしていると落ち着くんですか?」
むむむ……少し苦しい言い訳だったか。でも、他に何なんて?
「あ。でも前に頭と指の体操って言ってたわよね!」
良かった。随分前に俺が言った事、シンが覚えていてくれてたようだった。
「そうそう!始めは体操のつもりだったんだけど、習慣になったら抜けなくてさ」
「ふーん。そうなの」
なんとなく、納得いくようないかないような…ちょっと怪しい程度じゃバレないからセーフ!セーフ!!
ところで、前に魔法少女世界を創った時は最高のベッド(後に牢獄)を堪能してたので、元の世界での睡眠を疎かにしていた。しかし、こちらでの就寝時間は寮の一人部屋。俺は本来の体を休めるために今はログアウトをしている。生命活動のプログラムは作動させているので、依り代は意識が無く眠っている状態だ。
さくっと経過報告を作り家に帰ったり、自分の研究スペースである個室で寝てたりする。日中はロボ世界の時間の進み具合を早めているので、実際の時間より短縮されている。夜だけは俺の休憩時間として時間の進み具合を変えて、のんびり休んだり、疲労が無ければさっさと朝にしているのだ。
「はーー。今日は帰って家で寝るかな」
体をストレッチでほぐしつつ、部屋をそのままに俺は家に帰った。
翌朝、研究所に出て来た俺はコーヒーを飲みながらダイブに取り掛かった。向こうの時間は朝の七時前だ。時計を確認してダイブを開始する。
目を開けると、そこには薄明るい天井が一面に広がっているのが見え驚く。見覚えのない雰囲気だった。俺の寮の自室じゃない。
「??部屋で寝てたんじゃ……?」
起き上がってみると、見知らぬベッドの周りはカーテンで覆われている。体には厚めの毛布が上にかけられており、寒くはない。
なんで移動してんだよ。つーか、ここどこだっけ?
現在地表示を出すために、空中をタップ。出てきたディスプレイには、緊急用避難シェルターの救護室にマークが付いていたのだった。
あれ、夜中何かあったのか??
俺が昨晩の世界について調べようと記録をたどり始めたら、部屋の扉が開く音と共に、いつもの四人のひそひそ声が聞こえて来た。
「ディル、どこに居るんだっけ?」
シンの声
「確か……手前から三つ目のベッドらしいです……」
ヘレンの声
「全く、世話が焼けますね」
アルマの声
「まぁ、皆無事だし。良かったよ」
潤一の声
カーテンから顔を覗かせると、皆が一斉に近寄って怒りの形相をして睨みつける。
「あなた、馬鹿なんですか!?」「図太いのも呆れちゃうよ!」「本当、心配したんですからね!!」「ここまで運ぶの大変だったんだぞ!」
色々一度に言われて俺は困った。
「えっと……なんか、ごめんな。な、何あったんだ??」
「本当に何も覚えてないの!?逆に尊敬しちゃう!」
言葉と裏腹に酷く呆れた表情のシン。他の皆も似たようなもんで、潤一が困り顔で事情を聞かせてくれた。
「昨日の夜中。二時過ぎかな?それくらいに、ザイクの乗った彗星がこの学園に降って来たんだよ。一斉避難が出たのに、ディルの姿が見えないんで部屋に行ったら、君ずっと寝てたんだよ?しかも、いくら起こしても起きなくてさ。仕方ないから僕が担いで運んであげたんだ」
「あ……あーーー。それはごめん……ありがとう」
うん。ばっちりログアウトして家で寝てた。確かハイボールとか何か呑んだ後で。
そんな事情を話す事は出来ないんで「なんか、病気?らしいよ?睡眠の……眠りが深くて、昔から一定時間は起きないんだ」とかそれっぽい解説をはさんで誤魔化した。それはそれで心配されてしまったが。
あーー。えっと。これは………ログアウト用に通知アラームでも設定して、用意しておくかなぁ。
「ぬははは〜。どうしよっかな〜!どれも捨てがたいな〜♪」
とある寒い日だ。俺は本日ウキウキで放課後の学園内を散歩していた。
今日はバレンタインデーという行事の日である。女子が男子にチョコレートを渡して告白するのだ。
俺の元には三つのチョコが来た。勿論、アルマ、ヘレン、シンの三人からだ。かなり気合い入ってる可愛らしくラッピングされたチョコで、各々ツンデレや笑顔、ちょっとぶっきらぼう。なんて態度を取りながら、俺に渡して来たのだ。これはフラグ立ちまくり!
全部回収したいところだが、どうするべきか。三角関係にもつれ込むのも困るし、一人を取って他と気まずくなるのは…………これは……前回失敗したハーレムエンドか!!!この流れなら定番なオチだよな!!!!!!
よし!いける!いけるぞ俺!!
なんてガッツポーズをしつつ、どう三人の想いに応えるか考えていた。
俺の取り合いとか生まれるのか?それは嬉しいけど、三人まとめてあれこれ将来的にはしたい。うん、絶対。これは男のロマンだから譲れない。
みんな個性豊かなんで、三人一度にとか幸せに決まっている。うーん。本日の気分はアルマの太ももだな!!
安産型なアルマはお尻から太ももへかけてのラインがたまらない。生はそりゃ良いだろうし、時々履いているストッキングも乙である。その太ももに挟まれたい。撫で回してその後もしたい。暖かいし柔らかいしスベスベだし。寒い時期は人肌の温もりが特に良いものである。
俺は幸せな気分で鼻歌なぞ歌いながら、寮への帰り道を歩いていた。そこに声がかかる。
「ディル!!」
振り返ると潤一である。自室でチョコを開けて楽しみたいのに、水をさされた気分だな。
「………なんか用か?」
「あぁ……ちょっと相談に乗って貰いたい事があるんだ」
潤一は何やら真剣な面持ちで俺を見た。面倒だが、チームメンバーなんで蔑ろにし過ぎてもいけない。仕方ないが話しを聞いてやる事にしよう。
話しづらそうな様子なんで、人気の少ない適当な所に来たのだが………キョロキョロと辺りを見回して潤一は話しを始めた。
「今日、バレンタインデーじゃないか」
「そうだな」
「実は三人から……アルマやシンやヘレンから、チョコを貰ったんだ……」
チョコを貰っておきながら、なにやら深刻そうな顔をしている。
「はぁ?それがどうしたんだ?義理でも何でも嬉しいだろ?」
俺の疑問に、潤一は一つ大きな深呼吸をして語り始めた。
「まず、アルマが登校途中に後ろから追いかけて来て、チョコをくれたんだ。そんで『潤一は今日一番にあげる人ですよ』って言ったんだ。だから普通に『ありがとう』って返したら『い、一番は……一番なんですからね!!』って顔を真っ赤にしながら言ってきてさ。『それって、えっと……』って僕が言い終わる前に、『いいですか!秘密ですからね!秘密ですよ!潤一が好きだって、私が言うのなんて、本当に、本当に……!!』って喋っているうちにどんどん真っ赤に震えだしてさ、全部言い終わる前に走り去られたんだよ」
爆破しろ
「そ、それで?それって、やっぱあれだよな。アルマも典型的だよなぁ。狙ってんのか?って思うくらい。で、返事どうするんだ?」
「うん。それを教室で悩んでいたら、シンが宿題見せてくれ。ってやって来てさ。解けない問題を教えてたらシンからもチョコを貰ってね。そしたら『私、潤一の事が大好き。潤一は?』って言って来た。アルマの事を思い出して、困ったからその場しのぎだけど『僕達、親友だもんね』って言ってみたんだ。それを聞いて『そうじゃないよ。愛してる。って事!まぁ、返事はいつでもいいよー』って言って僕のノートを持って席に帰った」
ば……爆破しろ……
「うわ、モテモテじゃん。お前一生の幸運今日で使い切ったんじゃね?」
俺は平常心を装った。
「かもね……最後にヘレンがチョコをくれた時は、放課後すぐ。先生に頼まれて資料を資料室に運んでる時だったんだ。資料室には誰も居なくてさ。ヘレンは少しもじもじしながらチョコを出して『初めて会った時から、潤一さんの事素敵だと思っていました。お……お付き合いして下さい!!!』って言うんだよ。困り果てて『今は勉強で手一杯で、ヘレンに時間を割けないかも……』とか言った。そうすると『それでも大丈夫です!!』って力一杯言うんだよ。もう、どうして良いか分からなくて『でも、大切に出来ないのは嫌だから、ちょっと考えさせて』なんて逃げてきたんだ……」
お……
俺の夢を返せ!!!!!!
と全力で叫びたかった。
爆破しろ。爆死しろ。
「本当に、男らしくないとか、優柔不断とか……言われても仕方ないけど……どうすれば良いんだろう……」
とか言いなが、潤一は頭を抱えて下を向いた。
そういや、こいつ日本人系だったな。何これ?日本人の地味め冴えない系って、エロゲーの中だけじゃなくて本当にハーレム補正かかるの?俺、そんな設定創った事ないんだけど。
「あー。まぁ、嬉しい悩みだろ」
と、全然気持ちのこもらない言葉をかけた。動いた拍子に、片手にある紙袋に入ったチョコ三つが倒れた。どれも裏側シールの製造販売元の欄に、近所のコンビニ名が明記されていた。潤一の鞄から覗く箱は明らかに格が違った。手作り感のある物も見えた。決定打で俺の心は崩壊寸前である。
潤一のため息が聞こえるが、さっさと切り上げて寮に帰りたい。俺は適当に話しを終わらせる言葉を探していた。
「だって……だって……三人が来たって……」
なんかブツブツ言っている。これ以上惚気話しも、嬉し悩み苦しむ男の言葉も聞きたくないし、疲れたから帰ろう。
潤一の方に視線を向けると、奴は顔を上げて視線を合わせた。そして
「だって僕、ディルの事が好きなんだ!!!!!!」
は?
潤一は勢い良く立ち上がり、呆然とする俺の両手を強く握りしめた。
「本当にディルの事大好きなんだ!!三人には悪いけど、この気持………
俺は無意識にログアウトしていた。そして、無駄の無い動きで依り代の生命活動プログラムを強制終了させた。干渉ディスプレイも全部閉じた。
最悪な悪夢を見た朝の様だった。
主人公的にはこんなオチだし、潤一は告白した途端に最愛の人が目の前で突然死するし、女子3人は後日、葬儀なんかで潤一が主人公が好きだと知るだろうし、誰も救われない全くもって酷い話でした。
みんな、頑張れ。
次回更新は5月9日(土)深夜0時頃
本編 最終回




