19 認識には誤差がある
大分夜も更けてきた時間帯、二人の男は仕事帰りに酒を飲み交わしていた。
落ち着いた雰囲気のバーカウンターで語らう中、背の高い男が時計に目をやると、視線を泳がせつつ話題を切り替えてきた。
「えぇっと。そんでさ…………今日はどうしたんだ?お前から呑みに行こうなんて珍しくじゃないか………何か、本題があるんだろ?」
それを聞くと、もう一人の男はグラスを持つ自分の手を見つめてゆっくり口を開いた。その目が沈んだ様子なのは、誰の目から見ても明らかだった。
「あぁ……そうなんだ……実は相談があって………………俺、この前アレになったみたいで……」
それを聞くと、背の高い男は少し驚いた顔をして聞き返した。
「アレって……今流行りのアレか……症状は重たいのか……?」
「医者からは軽度だろう。とは言われてる……ビックリして、すぐに病院行ったんで……」
もう一人の男の表情は固かった。緊張にか、グラスを何度も傾け口に含む。
「そうか……それは大変な目にあったな……でも大丈夫だ。実は俺も一年前になってな、ちゃんと完治したから心配すんな!」
背の高い男は力強い笑顔を向ける。それを見た男は安心したような顔をして、表情が緩んでいく。
「そうだったのか……!!全然気が付かなかったよ。言ってくれれば良かったのに……」
「あの頃はまだよく知られて無かったからなぁ……偏見ある奴も居たりで、中々言い出せなくてさ……それより、本当に死ぬような病気じゃない。最初はビックリするだろうけど、少し疲れているだけなんだ。なるべくゆっくり過ごしていれば、段々治まるさ」
そんな言葉を聞くと、さらにホッとした明るい表情に変わっていった。
「良かった……新聞やニュースなんかで少し見た程度の知識だったから、心配だったんだ。それを聞いて安心したよ」
「そうそう、気にし過ぎると参っちまうからな。体に障らない程度に趣味や家族と出かけたり、気分転換して忘れていれば、気付いた時には無くなっている」
男の緊張はすっかりほぐれていた。二人は酒のお代わりを貰いつつ、その後は楽しい話題に花を咲かせるている様だ。バーの一角は、オレンジ色の照明が明る気な声を照らしていた。
『……それでは、次のニュースです。昨晩の午後十時過ぎに……』
女性は頬杖をつきながら夕方のニュースと娘の宿題を見ていた。
「最近、増えたわねぇ……。もし、こういう事があったらすぐにママに言うのよ」
「はーい……………あ、算数終わったよー。丸つけて〜!」
娘はドリルをグイグイ母親の腕に押し付けてくる。
「昨日より早く終わったわね。凄い凄い!じゃぁ、一緒に見ましょうか」
気を取り直して赤ペンを出し、回答ページを娘と一緒に広げて読み上げていく。
なんでも、子どもからお年寄りまで幅広い症例が出ているって言ってたわ。我が家も気を付けなくっちゃ。
高校生くらいだろうか、椅子に座る少女の手は膝の辺りをギュッと掴んで離さない。うつむいたままの顔は、肩まで伸びた黒い髪がかかり表情は見えないが、緊張に硬まったものだとはすぐ分かる。
「そうですね、症状を聞く限りこの病気だと考えられます。……心配しないで下さい。大丈夫です。命の心配はありません。今は辛いでしょうが、必ず良くなっていく病気です。一緒にゆっくり治していきましょう」
医師からの言葉を聞くと、少女は突然ぽろぽろと涙をこぼした。
「は……はい……ありがとうございます……………お父さんもお母さんも、こんな病気あるはずない。って言ってて……誰に相談すればいいか分からなくて……でもネットとかに書いてある症状とあっていて、週に何度も症状があって……今日、来て良かったです……」
医師は静かに少女の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。私も完治するまで全力で治療に当たります。身近にお話しできる人が居なかったら、病気を持った方のコミュニティもありますよ。待合室にチラシがありますから、良かったら見てください。今日はまず、気持ちが落ち着くお薬を少量出しておきますね。ゆっくり寝て、一週間後に様子を見せて下さい」
少女は頷いて診察室を出た。
俺は本日先輩と上司のおっさんと一緒に、仕事帰りに呑みに来ていた。
上司はビール党でさっきら水の様にビールをグビグビと呑んでいる。多分、腹が出ているのはこれと、揚げ物ばかり頼むせいだろう。
先輩は本来、果実酒とか甘いカクテルとか凄く女子っぽい物を好むのだが、本日は上司に合わせてビールを呑んでいる。が、あまり美味そうな顔はしていない。
俺はというと、やっぱり合わせてビールにしている。酒は味とか度数とか関係なく何でも呑める。だがお気に入りは特に無くて、どれを呑んでも同じくらいしか美味しさを感じない。人と食べ物の話しをすると話が噛み合わない事もあるんで、常々味覚音痴なのかなと自分で思う。
「いや〜。仕事の後は何度呑んでも美味しいねぇ」
幸せそうな笑顔で上司はグラスを置いた。
「相変わらず強いですね。程々にしないとまた奥様に怒られますよ」
「はははっ。見てない所で何をしても今は怒られないさ。帰ってからの言い訳は、帰り道にでも考えるとするよ」
呑気に言いながら上司は先輩からの忠告を受け流しつつ、つまみの揚げ物を口に入れている。
「ところで、最近仕事の方はどうかね?」
今度は俺の方を見て言ってきた。ビールのお代わりを頼むのも忘れてはいない。
「今回は唯一絶対神になれたかー?」
先輩もケラケラ笑いながら話しかけて来る。
「そうそう、君面白いよねぇ。そんな風に考えてくる子、今まで居なかったから…………ん?どうかしたのかい?」
俺は下を向きながら肩をプルプルさせている。そう、今回の世界はさぁ……
「いや……なんて言うか、今回は失敗ですかね……」
「そんな落ち込んだ声出して、宗教戦争で負けたのか?」
「いえ……ちょっと事件が、まぁ……」
俺はつい口ごもってしまった。
「え?事件?お前が困るくらいだから、世界規模の経済破綻??あ、パンデミックが起きて人口激減?」
先輩があれか?それともこれか?と話しかけて来る。なんて説明すればいいのか、思い出すと悔しさと憤りとでいっぱいになってきて、堪らず理由を言い出してしまう。
「あ、うーん……病気。ですかね…………………実は……布教させようと天から声をかけたり、夢に出たんですけど……あいつら………………俺…………げ、幻覚扱いされたんすよおおおおおっ!!」
拳を握ってテーブルをドンッ!!と叩いた。
こともあろうか、今回の人間達は俺が現れても全く神として讃えないばかりか、精神的疲労による幻覚症状だと全く相手にしないのだ。ちくしょぉぉぉぉっ!!!!
最近では俺が出ると「まさか、自分も病気に!?」なんて言い出して俺の話なんて聞きやしねぇし、恐れて逃げたり、忘れようとしたり、泣き喚いたりする。どいつもこいつも全く会話にならない。
……この前、物凄く可愛い女子高生の夢に頻繁に出てみたら、完全にノイローゼ的な状態になってしまった……悪い事をしたとは思うが、そこまで嫌われる俺も凄く悲しい…………。
「ブッ!………何お前?そんなに色んな人の夢に出てたの……?」
先輩が笑いを堪えようと震えながら喋るが、最初に吹き出してるじゃねぇか。くそっ。
「はっはっはっはっ!!いやー面白いね〜。今度その世界で夢に現れるところ見せて欲しいなぁ〜」
上司の方は抑えもせずに爆笑している。しかも、俺の散々なところを見たいとのたまいやがる。
屈辱に震えながらビールを一気にあおり、憂さ晴らし代わりにした。
じゃぁ、今日はヤケ酒に付き合うか〜!と二人に笑いながら言われ、肩をバシバシ叩かれる俺の眉間は酷くシワが寄っていた。
こんな話書いていながら「俺は神だ!」って主人公が空から降りてきたら、自分は確実に自分の頭を疑います。
次回20話更新は
4月11日(土)深夜0時頃を予定しています。
次はエロくて下ネタ。
そろそろ、ガッツリ煩悩始まります。




