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東京百物語  作者: 50まい
ゆり
1/6

一本目

「あなたあああああああ!そこのおおおお、あなたああああああああ!」




 冷たい風は容赦なく通行人の体温を奪っていく。




 アルコールがまわりきっていない仲間の何人かが寒そうに首を窄めて歩いている。




 大学2年生になったばかりのゆりも例外ではなく、冷える夜風を首に巻いたショールでやり過ごそうとしていた。飲み会といっても、次の日朝から授業もあるし、そうそうはめも外していられない。新宿のごちゃごちゃとした喧噪も、少し離れたところを歩く気になっている彼も、あまりの寒さに一瞬ゆりの思考から消えていた。




「お待ちなさいいいいそこのあなたあああ!」




「きゃー!いやっ!な、なに!なんですか!離してください!」




 ゆりは仰天した。骨と皮ばかりのしわくちゃな指がいきなりゆりの手首にぐっと絡みついたのだ。




 咄嗟とっさに振り解こうと見れば、それは小柄な老婆だった。ぎょろりとした大きな目がネオンを反射しててらてらと光るのが不気味で、ゆりは老婆を突き飛ばしてしまった。




「ゆりちゃん!」




「山下!」




 ゆりは駆け寄ってきた友達の山下にひしっと抱きついた。




 山下は大学で出会った女友達だ。危なっかしいともとれる素直な性格がゆりは気に入っていた。




「大丈夫ですか」




 転んだ老婆を優しく助け起こしているのは、これまた友達の青山である。




 この青山という好青年、実はゆりが密かに気になっている男であった。




 いつもさわやかに笑っている青山の渾名あだなは「王子」だ。顔面偏差値はトップレベル、ファンクラブも山のように存在し、噂では芸能界やモデルの話も数えるのがばからしくなるくらい押し寄せているがすべて断っているようで、実家は大金持ち、これで性格もいいとくれば文句のつけようのない「王子様」だ。




 老婆を突き飛ばしたことで、青山にがさつな印象を与えたかもしれないと少しゆりは青ざめたが、後悔してももうしてしまったものは仕方がない。




「あの、乱暴にしてしまってすみません。でも、いきなり人の腕をつかむのはどうかと思います!」




 ゆりは一応謝った。




 しかし老婆は聞いていない風で、青山の腕の中、ぶるぶると震える指でゆりを指さした。




「いけない、いけないものが、いていますよおおおおおおお」




「は?」




 それを聞いた大学仲間から、馬鹿にした笑い声と、訝しげな声が上がった。




「オバーチャン、壺はいくら?」




 そう老婆をおちょくってげらげらと笑うものもいる。




 けれど、ゆりだけはじっと考え込むように押し黙っていた。




「あなたにはあああああ、思い当たることがあるはずですよおおおおおおおお」




 老婆はぐいと身を乗り出すと、カッと目を見開いた。




「ゆりちゃん…」




 怖くなったのか、山下がゆりの腕をつんと引っ張った。




 しかしゆりは、はっきりとした口調でいった。




「ねぇ。ちょっとみんな先に帰ってて」




「ゆりちゃん!」




 山下が非難するようにゆりの名を呼んだ。




「いいから」




「ゆりちゃん、何言ってるの?絶対絶対、200パーセント怪しいよ!気にしないで帰ろうよー明日早いし、ね?」




「大丈夫、きっと。あのおばぁさん絶対に私より力ないからどうにかなるわけないし」




「…そうかも、だけど・・・。わかった!心配だからあたしも一緒にいる!それならいいでしょ?」




 ゆりは山下の申し出をありがたく受けた。どのみち、目の前の老婆一人なら女二人でも危ないことにはなろう筈もない。




「じゃあ僕も残ろうかな。やっぱり、こんな夜に女の子二人は残しておけないしね」




 にこにこと笑いながら、唐突に青山が言った。




 ゆりにとっては願ってもいない申し出だった。




「ねぇ、おばぁさん」




 大学のみんなを見送ってから、ゆりは老婆に神妙に声をかけた。老婆の言葉を戯言たわごとと流せない心当たりが、ゆりにはあった。




「いけないもの、って、なに」




「あれをおおおおお」




 老婆はさっとゆりの背後を指さした。三人は振り返るが、電柱がある以外はこれといったものもない。




「…電柱?」




「見えないのですかあああ感じないのですかああああいけない、いけませんぞおおおおあそこから、じっとこっちをみているものが、いるではないですかああああ憑かれているあなたには、少なからずわかるでしょうううううう」




 老婆はゆりの鼻先に指を突きつけた。ゆりは、背筋が寒くなった。




 もう一回、振り返る。




 新宿は夜でも明るい。色とりどりのネオンが煌々と夜の町を照らす。そのなかでも、確かに、老婆が指さした電柱のあたりは薄暗く、じっと見ていると、嫌な感じがお腹の底からじわじわとあがってくるようだった。




 あそこに立って、ゆりをじっと見ているものが、いるのだ。




「わたし、どうなるの…」




 その言葉はゆりが思っているより弱々しく響いた。




「死ぬ」




 老婆はにいぃと笑った。いびつに並んだ黄色い歯が唇からのぞいた。




「このままではなあああああ」




 老婆の声が夜に響き渡った。隣の山下が怖くなったのか、それとも慰めるつもりなのか、ゆりの手を握ってきた。




「う、嘘、いわないでください!そんな、お化けなんて、し、死ぬとか!」




 山下が声を上げる。




「嘘ではないぞおおお!」




「・・・わたし」




 ゆりが重く口を開いた。




「ここ一月ぐらい見られてる、って思うこと、何回かあって・・・でも気のせいかと思ってて・・・」




「ゆりちゃん・・・」




 山下が気遣わしげにゆりを見る。




「おばぁさん!」




 山下はゆりを守るようにキッと一歩前に出ると、言った。




「もし、もしも本当にゆりちゃんが取り憑かれていたとして、どうしたらいいんですか」




「それはああああああああ、除霊するしかないでしょうううううう」




「除霊・・・」




「しかし見たところ、どうやらとても強い霊のようなのでええええええ、わたしにも準備が必要ですううううううううう一週間後にまた来なさいいいいい」




「おばぁさん、そう言ってお金取ろうとする気じゃ・・・」




「あなたああああああ!命とお金どちらが大事なのですかぁああああああああ!」




「やっぱり!ゆりちゃんいこっ!せいもっ」




 山下は怒り、ゆりの手を引いた。青山も帰ることに別段異存がある訳でもないようで、山下に名を呼ばれていつもと変わらない優しい微笑みを浮かべたままついてくる。ゆりだけが、気遣わしげに後ろを振り返る。




「待ちなさいいいいいいい!」




「待ちますか。べーだ」




 山下は舌を出していたが、ゆりには老婆の言うこと全てを嘘だと思い切れなかった。




「このままでは、あなた、死にますよおおおおおおお!」




 追いかけてくるしわがれたその声が、ゆりの耳にいつまでも残った。

怖くないけど怖い話、はじめました。

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