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ルーンの見つめるもの

 彼女は歩道の横に萌えている草花を観察し、その景色、そこにある匂いを感じながら先に進んだ。木でさえぎられた狭い道は終わり開けた場所に出る。目の前には噴水があり川の流れのような音を立てて水を噴出している。その開けた場所を囲う木々はどれも広葉樹で、季節に関係なく葉を茂らせている。噴水の向こうにあるベンチに人が二人座っている。男と女だ。彼女はそれを横目で見ながら、例の場所へ向かった。その最中彼らの会話が少し耳に入った。

「ルーン=フィン=エルファース記念公園。ここに来るとやっぱり彼女の偉大さがよくわかるな」

「本当。私にもあの人ほどの知恵があれば・・・」


 少し奥には、あの樹がある。彼女は無言でその元へ向かった。木々で覆われていて少し暗めのその場所にそれはあった。エアの大樹。緑色の神の少女はそれを見上げ、近づき、幹に左手を当てた。髪の毛が吹いてきた風になびいた。

「エアの大樹。本当はこんなところにあっちゃいけない。何で私なんかのために無理やり」

「私に能力があろうがあるまいが自然に手を入れてそれを芸術だって主張することは許せない。ありのままでいいのに自分たちの都合のいいように加工することを必要以上に行ってしまう・・・」

 風はやんだ。彼女は手を放し、もう一度樹を見上げ、それに茂っている青々とした葉をよく見つめてから、公園を去った。噴水の前に鳥が1羽跳ねていた。


 ルーンは公園を抜けた先にある郵便局に向かった。ドアを開けて中にはいると受付と一緒に大量のハトが目に入る。受付の横にはライトがいた。バスケットの中身は空になっている。

「ライト、こんにちは」

ライトは振り向いた。

「その声はルーン。誰かに手紙でも送るんですか?」

「・・・まだ早い気もするし今やっておいたほうがいい気もするし・・・」

「ルーンさんが悩む姿ってカッコいいですよ」

「そんなにカッコよさげな理由で悩んでるんじゃないよ。ごめんね」

ライトを脇に押しやり彼女は受付に向かった。ルーンは受付に一礼するとなんの断りもなく受付を飛び越えた。だが誰もそれを止めはしなかった。彼女はハトの一羽一羽を観察すると再び戻ってきた。ライトはもうどこかに行ってしまっていた。

「どれくらいの時間ハトと遊んでたの?」

「表に出ればわかりますよ」

言われたとおり表に出ると、予想以上に時間が経っていたらしくそこには夕焼けが広がっていた。とはいってもいつの間にかの曇り空の所為であんまり美しい光景とはいえないのだが。彼女は再びルーン=フィン=エルファース記念公園に戻り、夕食をとるための食堂に向かった。向かう途中、見上げると屋上の天体観測小屋に誰か人影があった。彼女は食欲より興味がそそられることがあったので夕食を軽く済まし、天体観測小屋に向かった。屋内の階段を登り屋上に出るのが本来の道順だが彼女はそれを無視して天体観測部がよく使う直通のはしごに足をかけていた。しっかりと固定されていてまったくゆれたりしない。時々吹く夜の強風も彼女の髪や衣服を揺らすばかりだ。ルーンは安心して屋上までたどり着いた。夕焼けの頃の雲はどうなったのか、今はすっかり晴れていてあらゆる星を眺めることが出来た。観測所には予想外のことに他にも人がいた。

「星の運行のデータが欲しいのかい?」男のほうが言った。

「違います。ちょっと彼女・・・名前教えてもらっていいです?から感じる雰囲気に惹かれて・・・」

一番高い場所で夜空を眺めている女性は何も言おうとしなかった。

「アイツは少し変わったヤツでさ。雰囲気を感じるってのはわかるけど・・・」

「言い難いことって多いよね。それが自由であるってことでもあるんだけど。皮肉なことよ」

少しだけ空がまぶしくなったような気がした。

「あ、流れ星。天からヒースの方向に流れていった」

彼女が口を開いた。どこか幼さの残る可愛げのある声だ。それを聞いた男はすかさず紙に記録する。紙にはあらかじめ星図が書き込んであった。星明りでそれは浮き上がって見えるかのようだった。

「昼間は星図を書き込んでるんですか?」

「そうだよ。結構楽しいよ。これが楽しめないんじゃここで勉強は出来ないな」

「で、彼女はいったいなんなの?」

「ヴェンティ、こいつがお前に興味を持ったらしいぞ」

ヴェンティと呼ばれた女性はやっとこっちを振り向いた。観測に夢中でルーンがやってきたことに気づいていないかのようだった。

「ヴェンティっていうのね。最近変わった人によく会うのよ」

「私もその例に漏れないわ。私にはあなたは見えない。声しか聞こえない」

「え?さっきの流れ星ははっきりと見えてたじゃない」

ヴェンティは視線を夜空に傾けたまま彼女と会話を続けた。

「そう。星は見える。でもね近くにあるものが全く見えないの」

「今ここで記録作業をしてる人の顔も何も見たことがないの?」

「ない。でも星空が見えるから私はそれでいいと思う」

「魔法でも治せなかったの?ミリアでも無理だったの?」

「試してない。今のままで私は満足してるから」

彼女はすこし俯き加減で考えにふけった。そしてこう言った。

「見えなくても聞こえるのよね。ノートが今季の末に劇をやるわ。良かったらどう?」

「お誘いありがとう。公演は夜よね。曇だったら行くことにする」

ヴェンティは相変らず遥かか彼方を見つめたままだった。彼女は記録係の男に一礼するとまたはしごから降りていった。


 彼女は自室に戻り眠りについた。部屋に射し込む夜の暗闇は彼女を長い間眠らせた。暗闇は去り代わりに現れた明るさ、かすかだが確かに万物全てを照らし出すそれは彼女の閉じられた瞳も照らし、それによって彼女は目覚めた。ルーンは髪をいじりながら部屋を出た。研究室ではいつものように時には語り合い、時には無言で、作業が続いていた。彼女は次にすることが見当たらないので昼食を言い分けにして部屋を出た。

 食堂に行く途中の道を歩いていると路傍に座っている女性が大量のパンを持っているのを彼女は発見した。むしりとって草むらに投げると、そこに大量の鳥たちが舞い込んでくる。だがそんなことを繰り返していても消費しきれるような量ではなかった。

「ライトから貰ったんですか?」

ルーンはその人に話しかけた。

「残念、はずれよ。エルファース。食堂からくすねてきたの。人間が食べるより鳥が食べるほうがパンにとって幸せよ」

そう言いながらまた欠片を草むらに投げ飛ばした。

「あなたにはここにいる鳥が見えないの?」

彼女は両手を広げた。それを見て女は笑った。

「そんなことしてなんになるのよエルファース」

「何にもならないわ。だけどあなたの気分は変わるかもしれない」

「あなたは鳥じゃない。エルファースよ。それ以外の何?何だって言って欲しい?」

「好きなように呼んでくれていいわよ。決めた、私はあなたの持ってるパンを一つ盗んでいくわ。元々盗んだものなんでしょ。私とあなたは同罪ね」

笑いながら手を伸ばし、女性からパンを一つ奪うと、ルーンは走り去った。


 屋外の円形劇場では劇の練習をしていた。彼女はそれを観ながら先ほど入手した食料を食べていた。もう既にセーンに突入しているだけあって屋外はとても寒い。だが季節は移り変わるもの。やがてローヴへと変遷する。劇場では数名の人が踊っていた。その中の一人は白い服を着て、宝石の杖を持ち、多分魔法で髪を銀色に変えていた。踊りが終わるとその女性は杖を天に向け叫んだ。あの呪文の名を。

「リズリア-レヴィーク-ライア!」

真似事でも何でもよかった。クリーム=コーデリアが秘めていた感情はこうする事でしか伝わらないであろう。彼女は立ち上がった。その瞬間に今まで停止していた思考が再開した。エリーの「時代が本当に違ったら」と言う言葉。真似事の研究に意味はないと考えている自分。エルファースと呼ばれた自分。ノートという名の死が確定している男のこと。あらゆることがあらゆる基盤の上に成り立っていると彼女は悟った。その基盤が全ての前提であると。彼女は小声で「ありがとう」と言ってからその場を去った。行く先は研究室。再び書くことが見つかった。彼女は走った。


 ツヴァイク室長が部屋を閉めると言ってもルーンは思考し、ペンを走らせるのをやめようとしなかった。ついに怒り出したツヴァイクに向かってルーンは「魔法を使っても良いんですか?」と言い、それでも部屋を閉めようとするツヴァイクに対してとうとうルーンは魔法を使ってしまった。彼は倒れた。彼女は天井のルビーに魔力を籠め明かりをつけると作業を続けた。現実が存在しているという全ての大前提。それを破壊するという作業を。

「行き着く先は混沌かあるいはライラ=ミーンスか」

彼女はそう言いながら原稿にサインをした。夜が明けた。

 図書館に原稿を届けると急激な疲れが彼女を襲った。部屋に戻る余力さえない。彼女は図書館の裏手へと向かった。そこで男女がデートしていたが、彼女はそんなことには構わずその二人のあいだに突っ込み倒れた。ルーンは眠りについた。幸いにも目覚めるまで雨は降らなかった。


 ノートの部屋で練習風景を見たりしながら次に書くことを探したのだがいまいち見つからない。ノートは過酷な練習からかかなり疲れが出ているようだったがルーンは練習を止めようとはしなかった。するだけ無駄だというのもあったし、彼女はそんなことをするほど頭が悪い人でもなかった。

 雨の日や曇の日はヴェンティはどうしているのかと気になりそういう日に天体観測部に行ったが人はいなかった。彼女は晴天の夜にヴェンティ達の所を尋ね部屋を聞いた。そして天体観測部が活動していない夜に彼女はその部屋へと向かった。彼女は部屋の扉をノックした。ヴェンティの声がした。

「ルーンです。入ってもいいですか?」

「どうぞ。何も出せないけどね」

彼女は扉を開こうとした。だが何故か扉のほうが勝手に開いた。彼女は当然思い浮かぶ疑問を口にしようとしたがその前に更なる疑問にぶつかった。

「天体観測部でヴェンティと一緒にいたあなた・・・なんでこの部屋に・・・」

「当たり前だろ。限り無く遠くのものしか見えないんだ、盲目と同然なんだから部屋まで案内してやる必要があるだろ」

「腑に落ちないわね。何で部屋の中に入る必要があるの」

彼はヴェンティの方を一瞬振り向いてから、口を開こうとした。だがルーンがそれを止めた。

「大切にしなさいよ。彼女はとてもいい人だから」

ルーンは彼らの返事は聞かず、扉を閉めてその場を去った。


 『美しい時代から暗黒の時代へ』が上演される前日、彼女はノートに会いに行った、が、彼は部屋にはいなかった。ベッドの横の机にメモが残してあった。

「ここに来るのはお前しかいないだろうが、逆に言えば必ず来るということだ。僕は屋外円形劇場にいる。曇でも雨でも強風でも雪でもだ」

 彼女は螺旋状の階段を駆け下り、劇場へと向かった。屋外円形劇場の舞台上では、数人の人が誰かを囲んで話し込んでいた。その人は倒れていた。口から血が流れていた。

「彼に未来はない。だからこそ今を生きてるのね」

彼女は自分にしか聞こえないようにそう言い、ノートに近寄った。

「こんにちは」

返事など期待できないのに彼女は言った。彼女は倒れている男性と視線を合わせるために座り込んだ。

「練習の具合はどう?」

ルーンは彼の頬を突っついた。反応はなかった。

「時間がかかりそうね。目覚めるまで待つわよ」

これは彼に向けられた言葉でもあったしその周りの人に向けられた言葉でもあった。周りから人はいなくなった。彼女は待ち続けた。夜になってようやくノートは目を覚ました。彼女は彼に顔を向け頷き、魔法の明かりを出した。途上大陸でしか経験できないような明るさが辺りに現れた。

「ノート、多分別れの始まりになりそうね」

「結果が見えている人生よりシナリオが見えている劇の方が楽しめるさ」

「わかってる。でも多分素敵な結果を生み出せるわ」

「生み出してみせるさ。僕にはそれしか残せないからな」

仰向けになったまま彼は話した。

「私もそれはわかってる。私は何を残せるのかな」

「素敵な論文さ」

「そんなもの誰にでも残せる。でもあなたの最後の劇はあなたにしか残せない。最後の輝きを刻めるのはあなた自身なのよ」

「お前の最後の輝きか。その時にならないと分からないんじゃないか。いや、結果が見えているから努力するのと見えていないから努力するのとでは全然事情が違うな。知らないほうがいいんじゃないか」

ルーンは座ったままノートの顔を覗き込んだ。月のような輝きも彼の瞳には影しか生み出さなかった。

「そうかもね。あなたは知っているが故に努力できた。私は知らないから努力してる。さあ、劇は明日よ」

彼女は立ち上がって彼に背中を見せた。

「じゃあさようならね」


 その日の夜は曇だった。彼女は人で一杯の劇場を歩き回った。ヴェンティとその恋人の姿を見つけたので彼女は二人に微笑みかけた。

「さてと、私は特等席に座らないとね」

彼女は階段を下りていき舞台と同じくらいの高さの列で止まった。そこの真ん中の席にはライトが座っていた。

「ルーンさん、こんなところでも会えるんですね」

「どいて」

「今日のルーンさん、なんだか怖いですよ」

「怖くても何でもいい、どきなさい」

ライトは空っぽのバスケットを片手に「怖くてもルーンさんのことは嫌いになりませんよ」と言いながら別の場所に移動した。やがて劇は始まった。

 最初は聖なる森から始まった。そこから視点は徐々に移動し、ローヴ・エウス山脈の影が観え、最後に街明かりが見える。ここがカールソラーナだ。街の住人たちは今では考えられない服装をしていた。未来なのだから当然だ。ルーンは一連の流れを見ながら舞台上にノートの姿を探した。主人公なのに見つからない。町の人の愉快な昼間、楽しい夜が語られていく。そして彼女の探していた人物がようやく出てきた。キースという男として。彼は焦燥感に負われている風だった。その予感は当たった。聖なる森は隣の魔の森に侵食されて黒く染まり始めたのだ。やがて黒い森は街のすぐそばまでやってきた。街の人々から楽しげな表情は消え去った。森と戦おうとする人の代表である、キースの友人ディディ。絶望して何もしようとしない人もいた。その中にはキースも含まれている、いや、彼は何も出来ないと理解しているのだ。キースの友人の一人、ナは色々な移住先に思いを馳せていた。彼らと森との長い戦いが始まった。ナは開発の進んだツートラト大陸に行ってレイアー鉱山の宝石を売って生計を立てようかと計画した。だがそんなこと皆がやっているのだ。新参者が成功するはずがない。キースはなんとかして彼に諦めさせた。ディディは森を燃やし尽くすために炎を強める方法を考案した。だがそれをもってしても魔の森は消え去りはしない。あの呪われた土地は変わりようがないのだ。キースはその旨をディディに伝えようとしたがディディは全く理解しようとしなかった。彼に言わせれば世の中に絶対という言葉ほど信用できないものはないということだ。だがキースは歴史が絶対という言葉の証明に他ならないことを知っていた。知っているが故に彼にはどうしようもなかった。ナは次にルーテクスを提案した。だがそれはディディが止めた。この状況を解決することを先に考えるべきだと言って。キースは解決方法がないと伝えることが出来ない自分に失望した。ディディは木を切り倒していった。人海戦術でやや森の進行速度は遅くなったが、侵食してくることに違いはなかった。街が闇に覆われつつあった。夜よりも暗い闇がそこに迫っている。キースは背後を見た。その影こそが迫ってくる闇に他ならなかった。つまり魔の森の進行は人間が生み出したものだったのだ。キースは隠れ家にしている木の上で涙した。自分たちの所為でこんなくだらない事態になったのだ。そしてそのくだらない自分たちがくだらない解決法を模索しているのだ。どうしようもなかった。そのことに気づいたのは彼だけのようだった。もはや会話さえ失われた街では伝えようがなかった。森が人家を壊し始めた。解決策はなかった。街は壊れていった。人々は追い詰められていった。最後にキース、ノートは魔の森の侵食に飲み込まれた。

 劇の終了を知らせる明かりが燈った。彼女は立ち上がって舞台に向けてかけた。

 ノートの死をみとると、彼女は舞台から降り、主人公役の死という騒ぎは無視して自室へと戻った。グリーンの髪の女性は何も言わずにベッドに入った。その女性は酒は苦手だったし他人のためになく趣味もなかった。ベッドの中で彼女は独り言を重ねた。

「あのぶどう酒、彼のために開けるべきだったのかな」

「本当はプラナのために取っておくつもりだったものだけど使うべきだったのかな」

「病人に酒を飲ませる?何になるって言うのよ。馬鹿馬鹿しい」

「プラナよりノートを優先したっていう事実を残せた?だから何よ」

「私のあの親友は両親が行方知れずなのよ。その両親の帰還を一番願ってるプラナのためのものなのよ。プラナと一緒に祝うのよ」

「さ、ルーン。終わってしまったことはどうしようもないわ。明日からはローヴ、春の始まりね」


 彼女は飛び起きた。昨日の劇場で起こっていたある事態。それについて彼女は考え出し、太陽が一番高い場所からやや下がった頃になってようやく答えを出した。

「あの劇を観てるときは皆同じ方向を向いてた。何でなのか・・・これはとても恐ろしいことだわ」

 彼女自身この結論には恐怖を感じていた。これほどまでに恐ろしいことを思いついたことなど今までなかった。危険だから文章にするのをやめようかとも思った。だけど彼女はどうしてもやめることが出来なかった。この地に新たなものを誕生させることの恐怖を彼女は初めて体験した。

「今まで私は他人の概念を具体化したりそれに反論したりしてるだけだったんだ。自分の持っている本当の考えを示していたんじゃなかったんだ」彼女はそう言うと、震える身体を抑えながら、部屋を出た。扉を閉める音がいつもとは違って聞こえた。ルーンにとっての新しい日常の誕生だった。

 論文は一日では完成しなかった。書きかけの文章を放置して彼女はツヴァイク室長に一礼してから部屋を出た。廊下を通り部屋に向かう。部屋に入ったらすぐにベッドへ。これを発表するという決心は変わりはしない。でも念のためもう少し考えて見ることにした。そして更にその先を。答えは出た。もはやここで見ることの出来るものはすべて見てしまったのだ。だとすれば先に進むためには自分の足を動かすしかない。

「行くしかない。プラナ、あなたの力を貸してもらうわ」

寝返りをうち、そう言うとルーンは目を閉じた。昨日までとは一味違う眠りだった。

 研究室で論文を完成させた頃には昼になっていた。彼女は両手を伸ばし一息ついた。

それを待っていたかのようにエリーがやってきた。

「今度は何について書いたの?見せてくれない?」

「エリー、あなたは正しかったわ。時代が本当に違うわけじゃない。これは認識の仕方の問題じゃなくて完全に異なるなんてありえないってことよ。連続したものが突然まったく別のものに変貌するなんて少なくとも歴史においてはありえない」

言われたエリーは少し困った表情を浮かべた。がすぐにいつもの調子に戻った。

「そこまで考えたことはなかった。流石ね。寄稿されたものを読むことにするから早く図書館に向かって」

彼女は言われたとおりにしようとした、が論文を閉じ紐で纏めるのを忘れていた。緑色の髪の女性は慌てて紙を束ねると、あわただしく部屋を出て行った。


 春の昼の優しい日差しの中、ルーンは自室に篭り友人宛に手紙を書いていた。やがて手紙は完成し彼女はそれを封筒にいれ部屋を出た。目指す先は郵便局だ。自分を記念する公園を通り抜けて郵便局へと足を運ぶ。ハトの声が五月蝿い場所でルーンは封筒を係員に渡した。宛先はレヴァーディア家と指定した。彼女は自分がここを本格的に離れることになると思うと少し興奮した。まずはレーラ山の大樹海だ。近い場所から順番に様々な場所を巡るのだ。そしてそのためには絶対にあの冒険好きの友の力が必要だった。

例え彼女が失意のどん底にいたとしても一緒に来てもらわなければいけなかった。

「もしも途上大陸に行くことになったらプラナには悲しい結果になるかもしれない。でも私は行くしかないし私が行く以上プラナにもついて来てもらう。時が来たのよ」


 彼女は研究室の仲間たちにしばらくルーテクスを出るということを前日になってやっと伝えた。仲間たちは止めなかった。そして彼女が帰還したときに見られるであろう、ルーン=フィン=エルファースの生涯をかけた論文にそれぞれが期待の念を抱いた。その日も彼女は最後まで研究室に残った。ツヴァイク室長がいつものように「部屋を閉めるぞ」と言う。彼女はそれに反応しようとした、だが身体が言うことを聞かなかった。手が勝手に動きメモ用紙に走り書きをした。

「あるものはありないものはない」

彼女は呪縛から解放されて、慌てて部屋を出て行った。旅の支度は整っていた。明日から友との再会と新たな始まりが待っている。彼女はそんな明日にたどり着くために眠りについた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

この後ちょっと違う話になります

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