(9)
修英が、リーナの言葉に笑う。
「白状しろよ。修英を愛してるんだろう?」
「何を今更。私の正体なんかとっくにわかっているくせに」
冷たい目で、リーナは馬羽を見据える。
「愛してると言ってみろよ」
「馬鹿馬鹿しい」
「言うんだ!」
馬羽は叫ぶと立ち上がった。リーナも遅れてはいなかった。馬羽が修英に銃口を突きつけると同時に、リーナの右手に握られたベレッタが馬羽の額を狙っていた。
一人は自分の目の前の光景を、呆然と見詰める。
テーブルを挟んで、馬羽とリーナが睨み合う。
修英は、ゆっくりと煙を吐いた。
「騒がしい晩餐だな―」
そう言って、口の端を歪めた。
「黙って。こいつは本気であなたを殺るつもりよ」
「あんたが素直に愛していると言えば、あんたの前で撃つのだけは止そうと思っていたのに」
馬羽はあざ笑う。
「その引き金を引いたら、あなたの命も無いわ」
「護身用のベレッタで大の男を撃ち殺す気かい?」
「この至近距離なら充分よ。私が銃の扱いも知らない女だとでも思っているの?」
「まさか。だが、一発で僕を仕留められなきゃ、僕の銃はあんたとそこに居る坊やを撃つ事になるよ。それでもいいのかな」
「一人は関係無いわ――」
「僕も彼を巻き込みたくはないんだけどね。でも、仕方がない」
「一人、逃げて」
リーナが銃口を馬羽に向けたまま言うが、一人は縛り付けられたように動けない。
「可哀想に。こんな事に彼を巻き込んだのは、あんただよ」
馬羽の言葉に、リーナは唇を噛む。
一人は彼女のそんな表情を見て、呟くように口を開いた。
「僕が… 来たいと言ったんだ……」
上手く声が出なかった。
「何だって?」
馬羽が一人の方に視線だけを滑らせる。
「黙ってて、一人」
注意を一人に向けた馬羽に、リーナは銃を突き出す。
「僕が来たいと言ったんだ。リーナのせいなんかじゃない」
一人は真っ直ぐに馬羽を見詰めた。声が震えていたが、もう後には引けない。
「何で、あなたがこんな事……」
「一人、黙りなさい」
「あの日から、僕はずっとあなたの事が気になっていたんだ。『桃源』に連れて行ってくれると、リーナの歌を聴かせてくれるとあなたが言ったのに、僕はさよならも言わずに部屋を出てしまった。あなたもリーナも僕には優しくしてくれた。なのに、僕は僕自身の事で、叔父の事で頭が一杯で、ありがとうと一度も言わなかった。あんな状況だったけど、僕はあなたやリーナと一緒に居る時― 楽しかったよ。一緒に居たのはほんの短い間だったけど、あなたもリーナも好きだった。だけど僕は何も言わずに部屋を出て、申し訳なくて、だから、もう一度会おう、日本に帰る前にあなたに会ってちゃんとありがとうって言おうと思ってた。ほんとにそう思ってたんだ。なのに、どうしてこんな……」
馬羽は、黙って一人を見詰めた。
その表情から厳しさが消える。口の端を歪めたかと思うと、不意に彼は微笑んだ。一人は、それまでそんな哀しそうな微笑を見た事がなかった。