(6)
一人は自分でも驚くような言葉を口にしていた。運転席の男もちらりとルームミラーを覗き見る。
リーナの微笑が消える。
「会ってどうするの?」
「確かめたいんだ…」
「何を確かめたいと言うの?」
一人は黙った。
「修英は、あなたが何を訊いてもイエスとは言わないわ」
「それはどう言う意味?」
「意味などないわ。言った通りよ。だって、あなたがどんな問いを彼にぶつけたがっているかわかっているもの。あなたの考えている事が正しくても、あるいは間違っていても、修英がそれに対してイエスと答えると思うの?無駄な事よ」
リーナの言いたい事はわかっている。一人は胸のうちで呟く。自分でもわかっている。
「それでも――」
一人は食い下がる。
「僕はあの人に会いたい」
リーナは溜息を吐いた。
運転手が激しくクラクションを鳴らす。避難民たちの波に飲まれて、なかなか前に進めないのだ。
リーナは、騒然とする北四川路を車窓ごしに眺める。つい先日まで、ここは虹口のメインスト リートとして多くの中国人や日本人たちで賑わっていた。だが、今や、嵐の前に無力な人々はここから逃げ出す他に術はない。
生きるか死ぬかの大規模な嵐になるだろう。逃げられる者は逃げればいい。だが、自分たちにはこの街の他に往くあてなど無い。
物言わぬ街並が、耐え難い程の緊張感を孕んで、過ぎて行く。
「いいわ――」
「小姐!」
リーナの答えを、運転席の男が咎める。
「構わないわよ。どうせ、修英にはもう逃げ隠れする場所なんて無いのだから」