(3)
未だ朝の気配の残る里堂に悲鳴が上がったのは、すぐ後だった。
切り裂くような女の悲鳴。次に続く、複数の男のものらしい怒号。人の争う物音。
月陵は、はじかれるように窓を開き、身を乗り出した。
「従兄さん!」
窓のすぐ下に出ている茶水を売る露天がめちゃくちゃにされていた。近隣の住人たちが驚いて飛び出て来た。彼らに取り囲まれるようにして、里堂の狭い道路の上に、修英が体を折って喘いでいる。
月陵は慌てて部屋を飛び出し、階段を降りた。
畜生! やられた!
月陵は叫ぶ。
駆け寄って修英の体を引き起こすと、月陵の白い短衫が血で染まった。腹部を刃物で刺されたようだった。
「従兄さん! 従兄さん! 従兄さん!」
月陵は叫ぶ。
修英が、赤く染まった手を伸ばす。月陵の白い頬に触れる。その滑らかな頬もまた赤く染まる。
修英がにやりと笑う。
「裏切ったのはお前じゃないだろうな――」
月陵の表情が凍りつく。
「こんな時に、馬鹿な事を……」
「これが、上海か――」
修英は呟くと、月陵の腕の中で声を立てて笑った。笑い声がその喉から絞り出される度に、腹部から血が溢れる。だが、修英はやめなかった。
「やめろっ!」
月陵は叫んで、修英の体をきつく抱き締めた。
それでも、修英は笑い続けた。
里堂の住人たちは驚愕と戸惑いを隠し切れない目で、二人を呆然と眺めていた。