(1)
修英が戻ったのは、二日目の朝だった。
未だ目覚めぬ月陵の耳元に戸を叩く音が聞こえ、疲れた体を引き上げて出てみると、戸口に修英が立っていた。
「よぉ」
それだけ言って、月陵の部屋に入って来た。コートを脱ぎ捨て、どさり、と先ほどまで月陵が眠っていたベッドの上に体を投げ出す。
月陵はサイドテーブルにそっと白湯を注いだ茶杯を置いた。
乱れた髪。無精髭。ネクタイも外されている。
「趙が走り回ってくれましたよ」
「ああ――」
「いざとなると居留守を使ったりする御仁も居たようですが、工部局の丁部長にやっと連絡がついて。これが最後だと言っては来ましたが」
修英が目頭を押さえているのを見て、月陵はそれ以上は口をつぐんだ。
洗面器に湯を張って、修英の靴を脱がし、足を浸けてやる。
「すまんな」
修英の呟きに、月陵は少し驚く。
サイドテーブルの引き出しから煙草を取り出し手渡すと、修英は起き上がり、煙草に火を点けた。
「クラブの方はどうだ」
「『星星』の方は何とか。『桃源』はリーナが切り盛りしてるようです」
「あれはあれで役に立つ女だ」
「わかってます」
修英は疲れた視線を月陵の横顔に向ける。
「リーナを探っていただろ」
月陵は答えず、灰皿を修英の方に寄せた。
「確かに素性の怪しい女だが、あれは別の筋だ。放っておけ」
「別の筋?」
「ああ。俺たちには関係ない。お前も余計な事に首を突っ込まない事だ。お前まで足元を掬われるぞ」
修英はそう言い、少し笑った。今まで見たことの無い、自嘲的な笑みだった。
月陵は「知道了」と答え、修英に茶杯を渡す。
「呂先生の事は、本当ですか?」
白湯をすする修英に、月陵は尋ねる。
「彼を覚えているか?」
修英の問いに、月陵は小さく頷く。
「このアパートに二人で住んでる頃だったな。懐かしいよ。あの頃は呂先生も熱心な夜学の教員だった――」
そして修英は口ずさむ。