1-9 歩行と葛藤
今回は二人の視点で
今日はいい天気だ。
俺、たぶん2歳半過ぎ。なんでたぶんかっていうと日にちを記録していたベッドの枠がなくなったから。今までは魔法で作った氷でがりがり木を傷つけて記録してた。なんか無人島に漂流した人みたいだけど。
そしたら、今日ベッドを交換されたんだよ。赤ちゃん用のベッドじゃちっちゃくなってきたからだろう。すでに隣の部屋にベッドが用意されてていたらしく、寝ているうちに運ばれてた。朝起きたら、イケメンの顔+知らないベッドだった俺の胸中を察して欲しい。
ちなみに新しいベッドは大人用でふかふかだ。しかもでかい。
というわけで、ベッドを撤去された俺はもともとベッドのあった窓際におかれたソファのような椅子のようなものの上に座っている。一日ベッドの上にいたらベッドメイキングできないだろうし。
この歳なら普通に歩いてもおかしくないだろうと思って、歩いて移動した。
でも、子供って何歳から話すのか全然思い出せない。思い出したところで
突然流暢にしゃべり出したら怖いだろうし、しゃべるとボロが出そうで怖い。だから、もっと大きくなるまで無口キャラで押し切る予定だ。
実は、あれから一度も外に出てない。完全に引きこもりへの道を歩んでいる。しかし、魔法に未だ心奪われている俺は、外に出たい欲求まで行き着いてないのだ。
あともうひとつ。お手伝いさんの数は二人になった。
蛇さん以外の二人がやめて、ショートカットの元気そうな女の人になったのだ。前の二人は契約期間が過ぎたのかある日姿を見せなくなった。今は青年が前よりも俺の世話をしてくれる。バイトなのに仕事増やしちゃって悪いなぁ…といつも申し訳なく思ってる。残業代とか出てないよね。
そういえば青年の名前がわかったんだった。
…マル…… マル……
マティアス!そうだ!辞めちゃった二人がマティアスさんがいかにかっこいいか、美しいかについてよく語っていたのでわかった。二人しかいないと名前必要ないんだよね。
マティアスさんはお金持ちでしかも強いらしい。お金持ちなのになんでバイトしてるのかわからないけど、そこはきっと社会勉強だろうと納得した。ごめんね、俺社会について何も教えてあげられなくて。
例のマティアスさんが部屋から出て行った。なんか今日はいつもより見られてた気がする。
ああ…ついにこのバイトをやめた方がいいんじゃないかと考え始めちゃったのかもしれない。ほんとごめん。
今日はコップの中の水を凍らせることはしない。実はもうこの部屋の中のものなら凍らせられるようになったのだ。魔力の量も順調に増えている。めざせ24時間営業!を合言葉に毎日がんばってるからな…
今日は前々から温めてきた計画を実行する。
喫茶店の営業が不調になったとき、なにか切り札が欲しいと思って考えたもの。
「 我は欲すーー大気に満ちる水よ、集え、凍れ! ヴェイパー! 」
左手を前へ突き出し、呪文と共に拳を握りしめた。
コツン コツン
「 いてっ! 」
頭になにかぶつかり、肩をすくめる。
頭を触ると、何粒かの小さな氷の粒が乗っていた。
これは成功なのか…?
微妙だ。とにかく、この方法でうまくいくことはわかった。やっぱり魔法はおもしろい。
俺ももっと魔力が強くていろんな魔法を使えたらなぁ…と思うこともあったが、自分の凍らせるという魔法だけを駆使するのも意外と楽しい。
今のは呪文の通り、空中の水蒸気を集めて凍らせる魔法だ。呪文に名前を入れようとした時に、ようやく今の名前がわからないことに気がついた…。そもそも親も一度も会いにこないのにちゃんと名前あるのかわからない。
どうも俺は液体は操れないけど、氷の粒子にしてしまえば操れるらしい。操れるってことは、自由に空中を移動させることができるっていうこと。これも最初は使ったあとの疲労感が半ぱなかったけど、今は暇さえあればこれをやって遊んでる。集めて空中で好きな形にするのって工作みたいなんだよ。
俺は芸術の授業は工芸選択だったからな。こういうの結構好きなんだ。( 音楽も好きだけど、歌歌うのは嫌いだから音楽選択はやめた )
ちなみにもっと疲れるけど、粒子じゃなくって氷の塊にしてしまってからでも操れる。
この世界には本を読んでても車はないみたいだった。排気ガスがないきれいな空気だからこそ、この魔法をやってみようと思ったんだけど。何もないところから氷の彫像な現れるとかマジックみたい。
練習して氷の龍とか作って、動かして子供達を喜ばしてあげるんだ。ほんとは病院でよく一緒に遊んだ子達に見せてやりたい。俺は入院するまで、あんな小さな子たちが病気と戦って頑張っているなんて知らなかった。でも、みんながなついてくれて俺は嬉しかった。もう会えないんだな…
そんなことを考えながら、また呪文を唱える。
俺の魔法の可能性が知りたいんだ、もっと、もっと
♢♢♢♢♢
「 フェルー!フェルー!フェルナンド!! 」
様々な人で賑わう王宮の中心部。何者かが異常なスピードで駆けてくる音がした。
執務室の大きな机に向かって大量の書類を処理していたリクハルドは思わず立ち上がって身構える。
「 フェルナンドー!あれ?なんだリクハルドか… 」
ノックされることもなく扉が開いて、鮮やかな赤い髪を持つ男が執務室に入ってくる。
「 なんだとはなんだ。これでも王子… 」
「 まぁリクハルドでもいいです 」
この国の第一王子、リクハルドの反論はスルーされた。ショックを受けた王子は使い込まれた大きな机の下に入って小さくうずくまる。いじけているのだ。心なしかどんよりとした黒い空気が机と絨毯の下から漏れだしているように見える。
「 おお!マティじゃん!ってリクどうしたんだ!? 」
入り口から入って右手奥の隣の部屋から、重そうな書類の束を抱えた茶髪の男がやってきた。この男こそフェルナンド・フォン・イーストカルティア。マティアスに探し求められていた人物だ。土魔法を得意とするイーストカルティア家の長男であり、珍しく年上の王子の第一従者をつとめる男であった。
大柄な体と大人っぽい性格のせいでそんな風には見えないが。
「 いや、なんにもしてない 」
マティアスが首を振る。王子と大貴族の息子二人。身分は違う三人だが、臣下であると同時に学院で友情を培った仲であり、三人しかいないときは非常にフランクな関係であった。
「 フェル… もう僕ダメかもしれない… 王子できない 」
「 またマティにからかわれたのか… 大丈夫だ!リクはちゃんと王子やってるよ。いつかは宰相になるんだろ!? 」
「 うん… 頑張る 」
のそのそとリクハルドが出てきた。
普通はいつか立派な王様になるんだろ?と励ますところだが、あいにく普通ではなかった。
リクハルド・ルプランス・ド・アリメルティ・カサリエル、父をアリメルティ王国国王、母を元カサリエル国王女に持つセヴェリ王子と同じ腹の兄でもある、正真正銘王子だ。現在父の補佐として働いているが、彼は政務に興味を持ち、王としてではない政治への関わりを希望していた。
「 で、どうしたんだ? 」
マティアスは執務室までの門番を含めた兵士全員をぶっ飛ばしてここまできたはずだ。じゃないと面倒な手続きを踏まなければならない。自分達に会いにくるなら夜の方が断然楽だ。彼をそこまでさせるなんて、いったい何があったんだろうか。
「 エルメル様が… エルメル様が動いたんだよ!! 」
「 は? 」
リクハルドの間抜けな声が響いた。
「 エルメル様が歩いたんだって! 」
「 いやぁ… そりゃあ歩くだろうよ… 人間なんだし… 」
フェルナンドが困ったように髪をかき上げる。
「 はじめてなんだ!動いたの! 」
今度はリクハルドが持っていた筆記用具をぽろりと落とした。確か母親の違う二人目の弟は三歳に近い歳のはずだった。動いたのが…… 初めてだと!?
生まれた弟に会いに行きたいと何度か父王に申し上げたが、その度に却下され、そのために弟とは一度も会ったことはない。一切感情を持たないプリンス・ドールと揶揄され、国から忘れ去られていく王子。父王は彼の話題を一切しないし、マティアスにも会っていなかったから、本当の彼のことは何も知らなかった。
自分もフェルもきっと噂が大きくなっただけだと思っていたのだ。おとなしい子供という事実がゆがめられただけだと。
「 じゃあ、今までは…? 」
「 いっつもどこか空中をみてて…ずっとベットの上にいた。 今日も感情は見られなかったけど、初めて歩いたんだ! 」
初めて歩いたことはもうわかった。外では冷静沈着、親しい友人の間でもあまり騒がしいとは言えないマティアスがここまで興奮しているのは初めて見たかもしれない…とフェルナンデスは思う。
大貴族と言うだけではなく、頭脳明晰、ウエストヴェルン家では勿論、王族をしのぐほどの強さを誇っている男がこんなにも取り乱すのか。
「 よかったなぁ… 」
「 僕も弟に会いたいなぁ… 」
「 ああ… 」
マティアスは返事をした後、表情を少し曇らせた。
よかったのか…?確かに人形のような主人が人間であることを確かめられたのは嬉しい。
でも、もし爆発が起こらなくて彼の暗殺命令が出たら…?自分は躊躇なく殺すことが出来るのだろうか。
わからない。
でも、素直に嬉しいと思う気持ち。
いったい、自分はどうしたらいい?
やっぱり話のテンポが遅いですね……
どうしても自分が書くとそうなってしまうみたいです。難しい!