1-7 嘲笑と報告
第一従者として働き始めて少しの時が流れた。
今日も朝日が出るのと同時に起き、身支度を整える。従者に指名されて始まったのは一人暮らし。第一従者たるもの主人の助けとなるために常にそばにいなければならない。そのため、水翠宮には必ず従者の部屋が用意してある。色々と不安はあったが、一人暮らしに関して特に困っていることはなかった。
よし、今日も時間通り。父上から先日いただいた懐中時計で時間を確認し、エルメル様のお部屋へと続く扉をノックしてから開ける。
そこには精巧に作られた人形のような主人が目を閉じて横たわっていた。
「 おはようございます…… 」
起床時間を知らせるため、王子に近寄って手を伸ばそうとすると、長いまつげに縁取られた目だけがぱちりと開いた。はじめの時は最初から起きてたのではないのかと疑ったほどに子供らしくない起床だ。
今日一日の予定を述べながら、様々な支度をする。主人がもう少し大きくなったら、朝の着替えのお手伝いをしなければならないが、まだ早いだろう。
気が晴れるようにベッドの上の近くにあるカーテンを全開にする。そこから見える景色は私がここへくる時に見た中央の庭園とは比べ物にならない寂しいものだった。普通ならば一年中花咲き乱れるように手入れされているはずのそこには植物が葉を、花を散らす光景しか広がっていない。誰がここが大国、アリメルティ王国王子の私室だと信じるだろうか!
…やはりカーテンを開けない方が良かったかもしれない。
ちらりとエルメル様をみるがその表情からは何も感じ取れない。今更カーテンを閉じるのも不自然なので、そのままにする。
「 本日は私用がありまして…… 」
王子のお呼びがかかってもすぐに駆けつけられない旨を話す。今まで一度たりともお呼びがかかったことはないが。
メイドにエルメル様をよろしく頼むと言って、一度私室に戻る。
クローゼットを開け、現在着ている服より上等なものに着替え始める。
「 イェデン 」
何もない空間に向かって1、という名を持つものを呼ぶ。
「 お呼びですか 」
すぐに返事が帰ってきた。もちろん姿は見えない。
「 今日は王に謁見してくる。王子の方を頼む 」
「 御意 」
いつもこちらの期待以上に働きをしてくれるイェデンは優秀だ。さすが影のリーダーといったところか。影とはすなわち個人が雇っているスパイ。彼を含め、自分の影は失敗をしたという報告はほとんどしてこない。
どこの貴族も影を持っているのだろうが、彼らをどう扱っているかは知らない。自分は出会った順番に数字で読んでいた。名前をつけようと思っていたのだが、本人が数字で呼んでくれと言ったのだ。それが陰としての立場からなのか、自分のネーミングセンスがないと思っているからかはわからない。感情を一切見せず、主人の命令を死んでも守り抜く影… 彼らはそういった風に教育されている。彼らの生き方に対する感情はともかく、確かに自分は影を信頼していた。
……やはり訂正する。影に一人、問題児がいたのを忘れていた。今は他国の王家に行かせているから静かだが…。イェデンがどこからか拾ってきた子供。言動に問題があるが、イェデン曰く恐ろしく腕がいいらしい。別に気にしてないが、あいつは本当に影らしくないやつだ。
支度が整ったので、水翠宮の出口へ向かう。
10分ほど歩いたところで見覚えのある顔が目に入ってきた。
オレンジ色の髪の毛。サウスティーナ家の長男のクレトだ。
「 マティアス……なぜこんなところにいる 」
「 エルメル様がこちらにいらっしゃいますから 」
よく考えれば同じところで生活していて、今まで顔を合わせることがなかったのが不思議なくらいだ。
「 誰……?」
決して友好的とは言えない空気の中、クレトの影から子どもが顔を出した。
セヴェリ・ルプランス・ド・アリメルティ・カサリエル、水翠宮に住む第2王子。何度か自分も拝見している、エルメル様のお兄様に当たる方だ。
爆発の規模も大きく、王も今後に期待を寄せているとか。
「 マティアスか 」
セヴェリ様は自分のことを覚えていてくれたらしい。
「 そうです。セヴェリ様、早くお部屋に戻りましょう 」
クレトは遮るように立って、すぐ目の前の私室へとセヴェリ様の手を引いた。
立ち尽くす自分の横を通るとき、誰にも聞こえないようにそっと囁かれた。
「 プリンス・ドールとのおままごと…… 失礼。王子のお世話でも精々頑張ってください 」
クレトが薄ら笑いを浮かべていたのは、見なくてもわかった。
王子の発言はともかく、クレト・フォン・サウスティーナの露骨な嫌味にイライラしながら王宮の中央へ向かう。
クレトは四色家の子供の中で一番年齢が近いからか何かにつけて自分に突っかかってきた。決闘で一度も勝ったことがないことを気にしていたのか、王子の従者に選ばれた時はしつこく自慢してきて、迷惑をこうむった。
きっと俺が出来損ないと言われる王子の従者になったことで、さぞかし気分がいいんだろう。
扉を叩いた。
「 マティアスです 」
「 入れ 」
ノックした扉の奥から低い声がする。
「 失礼します 」
一礼して部屋にはいると、すでに王は椅子に座って待っていた。
「 お待たせしてしまいましたか? 」
「 かまわん。報告を聞こうか 」
前置きもなく、
さっそく本題にはいる。
エルメル様について
笑わない、泣かない、しゃべらない。こちらの行動に対して全く無反応なこと。
食事は口元持っていけば、口をあけて食べること。
一通りの報告を受けた王は黙り込んでしまった。
自分もなにもしゃべらずに王の判断を待つ。
「 ……爆発もまだ起こらんのか 」
「 はい 」
爆発、物騒な言葉だが確かに危険である。魔力が高い子供は体内の魔力が一定量になると爆発するように体外に放出するのだ。コントロールがきかないため、近くにいて巻き込まれると危険である。
王家の子供は間違いなく起こす。それだけの魔力を持っているからだ。
それを体験すれば、王子の感情のたがも外れるのではないかと王は思っているのだろう。爆発を起こす年齢は人によって違う。エルメル様はまだその年齢の範囲内にいる。しかし、魔力が全くないのではないかと危惧されているエルメル様は爆発を起こすのだろうか。
「 6歳だ。それまでに爆発を起こさなかったら処分する 」
王がそう述べた。
あと約5年。短いのか長いのかわからない。しかし、それが我が主のタイムリミット。それだけは間違いがなかった。
8.22 本文、訂正しました。