1-4 従者と対面
「 では、マティアスよろしく頼む。」
「 かしこまりました。」
王が部屋を出たのを確認して、毛の長い見るからに高級な絨毯についていた膝をあげて立ち上がった。右前に立っていた父上と目が合う。しっかりやれよ、と語りかけてくる目に軽く頷き、重い扉を開けて部屋を出た。
今日のは本当に形だけのものだった。前々から王と父上と時折自分をいれて詳細なことは話し合っていたから。
【 マティアス・フォン・ウエストヴェルンをアリメルティ王国第三王子 エルメル・ルプランス・ド・アリメルティの第一従者に任命する 】
先ほど渡された分厚い紙を改めてみてみると金の文字でかかれた書かれた文字は重みがある。これが自分の一生を左右するかもしれないのだ。そう思うのも当然かもしれない。綺麗に丸めて水翠宮へ向かう。
水翠宮は幼き王子や姫がいらっしゃる離宮である。王の子供達はそこで育てられ、母君に引き取られて別の離宮へ移動したり、臣下へ下ったりするのだ。
門番に任命書を見せて巨大な門を開けさせる。出入り口はここのみ。ここは王子たちをお守りする要塞、といったところか。
色とりどりの花が咲き誇る庭園を抜け、建物の中にはいる。再び、入り口に立つ兵士に書類を見せ、エルメル様の部屋へ向かった。
しかし、いつまで歩いても目的地につかない。どうして王子の部屋が見つからないんだ!
今、マティアスの怒りは最高潮に達していた。ここは王子が幼少期を過ごすところ。つまり、一番大きい部屋に行けば必然的にたどり着くはずなのだ。
はじめに中心に向かって大きな部屋を見つけたが、それはセヴェリ王子の部屋であった。
「 ちょっといいか 」
これ以上歩き回っても時間の無駄だと判断し、近くを通り過ぎようとしたメイドに声をかける。
「 わっわたくしですかっ 」
持っていた布、洗濯物かもしれない、を落とすぐらい慌てている。貴族の最上位である身分の人間から声をかけられることなんてめったにないことだからだろう。
「 ききたいことがあるんだが… 」
「 えっえっあのっ 」
顔を真っ赤にしている。だからこの手段を使うのはやだったのだ。
「 王子のお部屋はどこか教えてくれ 」
「 その突き当たりをまっすぐ行った… 」
「 そちらはセヴェリ様のお部屋だろう。私が聞きたいのはエルメル様のお部屋だ 」
「 エ… エルメル様ですか…?どちらのお部屋なのかはちょっと… 本当に!本当に申し訳ありません! 」
「 わかった 」
そっけなく一言答えるとすぐにその場から離れる。後ろでなにか言っていたが、無視した。
王子の部屋がわからない? あのメイドはここにきたばかりなのか!?エルメル様と聞いて全く意味がわからないという顔をしていたのだ。
イライラがたまっただけでなんの助けにもならなかった。少し歩いて、違うメイドに声をかける。彼女からも場所を聞くことは出来なかった。その後何人に聞いても同じ。
10人目。10人目でようやくわかった。彼女はエルメル様つきの侍女らしい。確かに髪の色はさっきまでのメイドに比べて濃い。しかし、案内してくれる最中もちらちらこちらを見てくる彼女にあまり良い印象は受けなかった。
「 エルメル様の部屋はこちらです 」
中心から離れるようにかなり長い距離を歩いた後、そう言って立ち止まった彼女は扉を指し示した。
「 これが? 」
うそだろう。さっきの部屋よりもはるかに質素な扉がそこにはあった。
入って真実を確かめなければ。背を伸ばし、襟を正す。この日の出会いはこれからの僕の人生に大きな影響を与えることになるかもしれない。
「 失礼します 」
ノックをして部屋に入る。普通なら主人の許しなしで部屋に入るなんて絶対にあってはいけないことだが、まだ返事ができる歳ではないだろう、と判断した。
部屋に入り、深く礼をする。
「 恐れながら、このたびあなた様の第一従者をつとめさせていただくことになりました、ウエスト家次男 マティアス・フォン・ウエストヴェルン と申します 」
ゆっくりと顔を上げる。
まさか… 本当にこんな…
王から説明を受けたとおりだった。いや、想像してたよりもっとひどかった。
「 このたびお生まれになった王子は、呪われている 」半年前、宮中に広まった噂
「 エルメルは出来損ないなのだ 」王の言葉
王は生後間もない王子を一度見に行ったきり、一度もお会いになっていないらしい。
透き通ってしまうかのように白い肌に、色が全く入っていない銀髪。王家の子供ならば海を思い起こさせるような深い青の髪をもつはずなのに。
おかしいのはそれだけではない。彼の二つの目はどこも見てなかった。部屋に入ってきた自分をちらりとも見ることをしない。
普通の赤ん坊ではない、まるで…人形…のような…
嫌だと思った。
第一従者。それは常に主人のそばにいて、絶対の忠信を誓う従者。すべての王女と王子につき、主人からは絶対の信頼をおかれる者。
自分の一生を捧げる相手、力が絶対であるこの世界において自分も強い者に仕えたいと思っていた。心から尊敬できる相手。
水を操る王家アリメルティと火のウエストヴェルン家、水のノーステレス家、土のイーストカルティア家、風のサウスティーナ家。この四色家と呼ばれる4つの家からできるだけ平等に年齢が近いものが従者に選ばれる。常に勢力争いが繰り広げられている四色家ではできるだけ多くの従者を、なによりも王になる王子の第一従者に自分の家の者を送り込みたいと思っているのだ。
今回は年齢とバランスを考慮してウエストヴェルン家から自分が行くことになったが、はっきり言うと家の思惑には興味がなかった。そもそも家、つまり父上に思惑があるのかは疑わしい。気が弱い彼は、それでも思惑と陰謀が渦巻いた世界であの地位を保っていられるんだから本当は裏で何かやっているのかもしれない…と考えていた時期もあったが、単に運が良い星の下に生まれてきただけかもしれない。
自分は小さい頃から言い聞かされてきた王家の主人なるものにただ期待していた、そんな強い人に仕えられるなんてなんて名誉なことだろうと。
しかし、エルメル様が意志を全く表さない不気味な子供だという噂は本当だったのだ。さっきのメイドは魂をおいてきたような子供だと言ってた。
落胆しながら、エルメル様に本を差し出す。本の読み聞かせをしようとおもって持ってきたのだ。妹にやってあげたときはとても喜んでくれた。その後も何度もせがまれて困ってしまったほどだ。
どちらの本が良いか聞いてみるが、反応は…ない。しかたなく勝手に片方を選んで本を読む。本をいくら読んでも、エルメル様が笑ったり泣いたり、表情を変えることはなかった。
なんてことだ
主は呪われた王子…エルメル・ルプランス・ド・アリメルティ、自分は彼の第一従者。そして同時に王の密命を受けた見張り。
王子を殺すかどうかを見極めるためにつけられたスパイなのだ。
マティアスはこれから迷走します(笑
あたたかい目で見守ってください。