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第三王子エルメル  作者: せい
初等部編
45/49

5-5 街へ(2)

 

「急に思ったんだけどさ、エルって謎が多いと思わない?」

 誰かがそう近くの席の子に声をかけたのはある日の放課後だった。


「確かにな」

 話しかけられた男子は少し考えたあとに帰りの支度をしていた手を止め、そう答える。

「どこに住んでいて、何者なのかも分からないよね」

 さっきまで黙っていたシュウが急に会話に加わってきた。他にも数名会話に興味を持って、集まってきている。


「考えれば考えるほどエルは不思議だなぁって思うよ……」

 立ち話じゃ終わらないだろうと無造作に近くの椅子を引いて腰掛けて、シュウは同意した。貴族という立場であるためか、シュウは周りの子供よりも大人っぽい物言いをする。面倒見も良くしっかりしていて、周りからの信頼も厚かった。


「偽名かな?」

「どういうこと?」

 意味がわからないという顔をした子にレントが説明を始めた。

「家名がないって言ってたから、貴族じゃないだろ? でもさ、エルが俺と同じとは思えないんだよな。かと言って嘘を言ったようにも見えなかったんだけどな」

「まあそう言われると、エルってなんか近寄り難いオーラを持ってるかも。最初話しかけるの戸惑ったし。雰囲気かな?」

 納得したのか、自分で話しながらうんうんと頷いている。レントもそれを聞いて、そう思ってたのは自分だけじゃなかったのかと思った。


「立ち振る舞いもあれ、かなり上流階級のものを習っていると思うよ。普通に暮らしてたら、ああはならない。この前エルの鞄の中がちらっと見えたんだけど、持ち物も全部結構な値段のものじゃないかな 」

 シュウの言ったことはもっともだった。


 エルの持ち物はすべてマティアスが用意したものである、生粋のお金持ちであるマティアスが中途半端なものを持たせるはずがない。母親にファッションについて再教育された後、鞄から小物一つまで一週間悩み通して選んだのだ。

 エル自身は対してなにも考えずに持ち歩いているが、普段からいいものに囲まれて過ごしていたシュウはそれを敏感に感じ取っていた。


「 お弁当もすごいの持ってきてるし 」

「すごいのって?」

「なんて言うか……豪華?あれ母親が作っているんなら、相当気合い入ってるよ。 でも、エルは全然食べないから量は少ないけど」

 その後も、エルの不可解な点についての話は弾む。


 そうこうしているうちに帰ったはずの張本人が教室に戻ってきた。

 せっかくなので、本当のことを問い詰めようと声をかけるが、今日は用事があるらしい。ばいばいと言って帰ってしまった。

 エルが出て行ったあと、一名の男子生徒が決意したように立ち上がって言った。


「エルを尾行しようよ!」

「 は?」

「 前にどこに住んでいるのか聞いたとき、エルわかんないって言ったんだ。でも、そんなわけないだろ? 絶対なんか秘密があるはずだって。だからこっそりついて行って確かめる 」

 クラスが静まり返る。授業が終わってしばらくしたこの時間帯は普段ならだいぶ空席が見られるが、今日は面白い話をしていたので、残っている生徒は多かった。直接会話に入ってなくても、みんなの話を聞いている子もいたのだ。


「確かに誰もエルの家知らないなんて変だね 」

 今度はシュウが言う言葉に皆思い思いに頷いた。


 この学園の生徒はみんな王都に住んでいる。実際、入学前から知り合いだというケースも珍しくない。それならば、最近エルが引っ越してきたとしても、誰かが家を知っていてもいいはずなのだ。

 それにあれだけ頭が良くてしっかりしているエルが自分の家の住所を知らないはずがないとシュウは考えていた。きっと何か隠しているんだ。エルを見た時から一番疑っていたのはシュウだった。

 貴族の子で、あんなに綺麗な顔立ちをしていたら噂にならないはずがない。少なくともシュウは今まで見たことも聞いたこともなかった。本当に家名がないなら、ちらほらと聞く落胤というやつかもしれない。シュウの父親にはいなかったが、使用人の噂話などで知った言葉だ。

 それなら少し納得が行く。療養をさせ、学園に行かせて、持ち物に惜しみなくお金を使うなら相当高い身分の父親を持っているということになる。


 そして、最も気になること。白い髪……。全体からすれば魔法を使えるのはほんの一握りで、ほとんどの人の髪は様々な色が混じり合って灰色や茶色などに落ちついている。しかし、銀色の髪の毛は見たことがなかった。髪色は魔力の量をみる一種のバロメーターである。おそらくエルの魔力は少ない、あるいは魔法は使えないのかもしれなかった。古い歴史を持つ家系では魔力がないことは致命的だ。エルが本当は貴族の出だったら。それはシュウの考える最悪のパターンだった。稀に生まれる魔力が弱い貴族の子の扱いはひどいものだからだ。両親の魔力の強さが影響するので、そんなことは滅多にないのだが。


 幸い、このクラスにはそのような偏見を持った貴族が少なく、誰もエルの髪について陰口を言っているのは聞いたことがない。

 クラスメイトの純粋な好奇心とは異なる気持ちで、シュウはエルの秘密を探って見ることにした。


「こっちは街にでる道だな 」

 数人の男女がエルの後をこっそりとつけていけていた。

 王都において高位貴族の居住区は一般市民立ち入り禁止にしてあり、きちんと分けられている。街へおりる道を歩いている時点でエルは高位貴族ではないはずだった。



「 さっきからなんかいい匂いがしない?」

 同じクラスの女の子が首をかしげる。さっきから時折、ふわりふわりといい香りが風に乗って、みんなの鼻をかすめていた。


「 エルのだよ 」

「 これが?」

「 気づかなかったのか? エルの持ち物とか服とかだと思うけど、全部同じ匂いがするんだよ 」

「 俺も気づいてた 」

 エルの近くの席の数人も同意した。


 シュウはもう一度空気を吸い込んでみる。一瞬脳内を満たす甘い液体で満たされ、そしてそれは幻であったかのようにすっと消えた。残ったのは爽やかな香りのみ。

「本当だ…… 」

 思わず声が漏れる。


「やっぱりエル様ね!」

「なんだよ、エル様って?」

 きゃあきゃあと騒いでる女子にうるさいとぼやきながら、レントが尋ねた。尾行だというのに緊張感がないのは許せないらしい。


「うちのクラスの男共とはレベルが違うからね。様付けすることにしたの 」

「へーへー」

 興味なさそうな様子で返事をするレントのことを気にすることなく、女子同士は盛り上がっている。


「あいつらは放っておいて早くエル追いかけよう。このままじゃ見失うよ」

 シュウの言うとおり、エルの姿はだいぶ小さくなっていて、角を曲がる直前だった。街の入り口までは一本道なのでどこにいくかわからなくなることはないだろうが、目を離さないにこしたことはない。



 前にいるクラスメイトを追いかけようと、レントとシュウが足をはやめた瞬間だった。

 二人の間を割ってはいるように前からさっと何か黒い影が通り抜けた。先ほどまでこの道にはエルを尾行する仲間しかいなかったはずなのに。


「尾行はもうやめておけ。これ以上首を突っ込むな。これは警告だ」

「えっ…… 」

 すれ違う一瞬で、耳もとで囁かれた声にはっと息をのんだ。

 後ろを振り向いても、どこにも人影はない。両脇を緑に囲まれた道が佇んでいるだけだった。それでも、確かに自分たちに向かって囁かれた低い声はまだ二人の耳に残っていた。


「なんだ、今の?」

 レントは恐怖で震える声で、まるで自分に言い聞かせるように言った。


「わかんない…… エルのことを調べるなって…… 」

 いつも冷静に物事を観察しているタイプのシュウも無意識に握り締めた自分の手が汗で濡れていることに気がつく。それだけ先程の出来事に緊張し、恐怖を感じたのだ。

 何も考えられないほど混乱していた頭を整理し始める。なぜ真横を通り過ぎるまで全く気がつかなかったのか、あいつは何者なのか考えることは尽きず、お互いに言葉を発することはなかった。クラスメイトが大きく手を振って、こちらへ走ってくるまでは。


「エルー、シュウ! 大変! エルがいなくなった」

「どういうこと?」

 立ち止まった二人より先を歩いていたなら、見失うはずがない。


「階段のところにいるはずなのに、俺が角曲がったらいなくなってたんだ!」

「嘘だろっ」

 言葉と同時に走り出す。さっきの恐怖から逃れるように石階段を走り抜けて街に入っても、どこにもエルの姿は見えなかった。


「おかしいよな。エルが階段から走ったって、ここまで探せば必ず見つかるはずだもん」

「そうだよ! 急に消えるわけないよ」

 結局いつまでたってもエルは見つからず、探すのは諦めることになった。広場のベンチに腰掛けて、集まった全員で話し合いをする。


「やっぱりさ…… 」

 ガヤガヤと思い思いに話しが進む中、ずっと考え込んでいたシュウが口を開いた。

 これ以上エルのことを探るのはやめよう。きっと言えない事情とかよくわからないこととかあるんだよ、とみんなを説得する。二人だけにされた警告の話は口にしなかった。


「別にエルの家のこととか知らなくても、友達はできるしな 」

 レントが頭の後ろで腕を組んで、ゴロンと後ろの芝生に横になる。白い光に照らされて、その表情はうかがいしかがいしれなかった。


「そっかー。エルが嫌がるんならやめよっか」

 最初にそう言ったのは飼育係でエルに誤って水を掛けてしまった子だった。

「そうだよね 」

 その気持ちは他の子供にも伝染していく。今までだって何も知らなくても、エルはクラスに馴染んでいた。所々価値観がおかしく、表情が乏しいという問題点はあるが、面倒見のよいエルはみんなから頼られるようになっている。納得したメンバーは解散することにした。




 それぞれが各自の家路に着いたであろう頃、レントとシュウは未だ広場から立ち去っていなかった。

 まだ話が、一番大切な話が終わっていない。


「 ……忘れてたよ。エル、あの怪鳥をいとも簡単に手なずけたんだ。何もないわけない。でも、それは何だか分かりそうにないね。あの声…… 」

 ポツリポツリとシュウがはなしはじめた。今まで胸にモヤモヤと溜まっていたものの正体を探すかのように。


「俺は寒気がした。あれはやばい。みんなに言わなくて正解だったと思うぜ」

 レントも何時の間にかシュウの横に座っている。さっきの発言もレントの本心だったが、みんなの意識をそらしたいと考えたのも本当だった。


「だよ……ね……」

 みんなに打ち明けるには重すぎるし、わからないことが多すぎる。正体不明の人物からの警告は二人だけの心の内に秘めておいたほうがよいと思った。これ以上探ろうなどとは思えなかったのだ。

「エルって一見気も弱そうだし、喧嘩も弱そうだよね。確かに優しいけど、見た目に騙されたら痛い目みる。あーあ、エルが内側に隠してるもの、いつかわかるかな」

 無表情だと思ってたけど、別に冷たいわけじゃない。時々予測をつかない行動するから、一緒にいて楽しいんだけどねと付け足すシュウの声はどこかスッキリしていた。


「まだ中等部も高等部もあるからわかるさ。それに隠しているのだって何か事情があるかもしれないんだし」

 レントはシュウが中等部への進学を希望していることを知っていた。初等部を卒業すれば、寮生活が待っているのだ。



 エルが編入してからの僅かな期間の間に見られた普通ではない行動に話は移る。

「 最初にクラスの度胸試しをしたとき、エルのことを心配していたよね。危ないと思ったんでしょ 」

 からかうようなシュウに何も答えない。それは肯定の沈黙だった。


 学校の裏庭にいる怪鳥。とても危険で凶暴、素早いので下手な魔法の使い手では太刀打ちできない。

 飼い主にとっては厄介なペットだが、非常に珍しく、始まりの世代の生き物だとも言われているため、学園で保護しなければいけないのだ。

 先生がいない時に近づくと呼び出しをくらうのにもかかわらず、誰が言い出したのか分からないが、少し前レント達のクラスではどこまで怪鳥に近づけるかという遊びが流行っていた。近づければ近づけるほど勇気はあるとみなされる。


 だから、男子が編入してきて、そいつにもやらせようという話になったのは自然な流れだった。そんな中、現れたのは小さくて細くて、とてもじゃないけど怪鳥に立ち向かう姿なんて想像できないエル。むしろ逃げ遅れて怪鳥に食われてしまいそうだった。

 そんなエルに一人で度胸試しをやらせるのを迷った結果、全員でやり直すことにした。


「 まさか、怪鳥を手懐けるとは誰も思わなかったからね。暴れ出した瞬間に全員逃げたのに、一人で行ってしまったときは心臓が止まるかと思ったよ 」

「 今考えると、走る前から自信があったってことだよな 」

 端を走った方がいいんじゃないかという忠告を無視したのもエルが怪鳥に勝てる自信があったからだったのだとレントは思った。


「 エルは手懐けるだけじゃなくて使役できるとか、規格外すぎ……。あれで魔法が苦手だとか冗談だろ 」

 動物は本能的に自分より強いと認めた個体にしか従わない。始まりの世代、太古から存在したとされる種族、生物、植物は今はほとんど存在しない。それらは総じて今を生きるものの理解の範疇を超えると言われているが、レントはエルから感じ取った強さから怪鳥が従っているのだと考えていた。


 レントはその目で見たのだ。カール・ヴァラシナに怪鳥を使って威嚇したところを。その前の会話は聞こえなかったが、内容は用意に想像できた。大方エルに対して、暴言を吐いたのだろう。

 怒ったカールがエルをそのままにしておくとは考えづらい。今まで通りなら、そろそろ経済的にエルの家に異変があるはずだった。


 レントは心配して、それとなく何回か探りをいれていた。エルはしばらく考え、家に花火を撒き散らかしてあったと報告してきた日もあれば、家のあちこちで火事がおこるとか、帰ると台所が爆発していたとか言う日もあった。それも真顔で、当たり前のことのように。エルの家では火事は日常茶飯事らしい。


「 意味わかんないよ…… 」

 深く追及できなかったので、それがエルの冗談だったのかはわからない。きっと理解できないんだろうとあきらめにも似た気持ちでため息をついた。

 でも、それはエルに対する興味を引き立てる。二人がもっとエルと一緒にいたいと思った瞬間だった。



  ♢♢♢♢♢



 街には貴族街へと続く、通称貴族通りと呼ばれる通りがある。馬車が余裕を持って数台すれ違えるほど幅が広く、舗装もされているのだ。そこを通って家に帰るシュウと別れて、レントは広場から家に向かって歩いていた。


「レント! 学園、終わったの?」

 騒がしい商店街をぶらぶらしていると、道に沿って立ち並ぶ店の中から女性の声がした。


「姉ちゃん! そうだよ。今帰り」

 小さい頃よく一緒に遊んでもらっていた近所のお姉さんが手を振っている。レントは親しみを込めて、姉ちゃんと呼んでいた。


 久しぶりに話そうと走り寄る。しかし、通りのここら辺だけ妙に混んでいて、途中レントは何度か肩をぶつけてしまった。


「お疲れ様」

「さんきゅ。今日、なんでこここんなに混んでるの?」

 特に商店街のイベントはなかったはずだ。レントは台に手をつき、身を乗り出して聞いた。


「 それはね…… 」

 姉ちゃんと呼ばれた女性が声を潜めたかと思うと、誰かを探すように通りを見渡した。


「 もういらっしゃらないみたいね。残念。さっき、うちの店にすごい子が来たのよ 」

 レントは自分が手をついた台に乗った商品に目を落とした。女性ものの装飾品が置いてある。店内では日用品を売っているはずだが、最近外で売り出したピンやらゴムやらが人気らしい。


「 すごいってどんな?」

 どれもデザインは違うと以前に姉ちゃんに力説されたことがあるが、レントには全部同じに見える。それでも、クラスの女子も持っているのを見たことがあるので、売れているのは間違いないらしい。


「レントより小さな子だったと思うんだけどね…… 支払いに中金貨を出してきたの! 私、受け取る時手ぇ震えちゃったわよ。お父ちゃんが家中の硬貨集めて、お釣り出して、そりゃあもう大変だったんだから!」

 頬をほんのりと赤く染めて、いつもより饒舌に話すことで、それだけ興奮していることが伝わってくる。


「 金貨! すげぇ、そんなので買い物するやつ見たことないよ。俺も見たい 」

「 残念。父ちゃんが預けに行っちゃったからもうここにはありませーん 」

「 ちぇ、なんだよ 」

 レントはくやしそうに舌打ちをした。


「でも、なんであんなお坊ちゃんがうちみたいなお店にお買い物をしにいらっしゃったのかしら。お付きの人も顔は見えなかったんだけど…… どこかの国の王子様だったりして」

「まさか、王子様はこんな市井にこないから」

 ないない、と呆れた顔でレントは手を振った。

「そうよね」


 現在存命しているこの国の王族は王、他国に嫁がれた第一王女アマリア様。第一王子リクハルド様、学園に通っていらっしゃる第二王子セヴェリ様、第三王子ティモ様だ。どの方も高い能力を持ち、一目見たいと誰もが願う雲の上の存在だった。レントは騎士団に入りたいと思っている。王族に対しての憧れはもちろん強かった。


「そういえば、トルカちゃん迎えに行かなくていいの?」

「もうそんな時間?」

 いつもより遊びすぎてしまったらしい。走ってこけないでねという姉ちゃんの言葉を背中に聞きながらリュックを背負い直して、目的地へ駆け出した。


 レントが立ち止まったのは街に溶け込むようにひっそりと建つ、教会の前だった。

「しつれいしまーす」

 見慣れた門をくぐり、誰もいないエントランスで一応挨拶をする。


「レント兄!」

「 おっ…… おー」

 腹部に小さな塊が勢いよくぶつかってきた衝撃で思わず呻き声が漏れた。


「おそいよー」

「悪い、悪い」

 レントは抱きついたままの妹を片手で引き剥がす。はがすときにべりべりと音が聞こえてきそうなほど兄の体にしがみついていた。さらに怒っていることを最大限表現しようと、ぷくっと赤い頬を膨らませていじけている。


「あら、レントくんきたのね」

「シスター。すいません、今日もありがとうございました。もう家に帰ります」

「はいはい。じゃあね、トルカちゃん」

「また来ますー!」

 ばいばーいと大きくシスターに手を振っている妹と手を繋ぎ、レントも頭を下げた。シスターも笑顔で送り出してくれる。



「今日ねー」

 妹は自分に今日あったことを一つ一つ教えてくれるつもりらしい。

 家に帰ってもまだ母親、父親の姿はない。仕事で帰りが遅い両親に代わってレントはいつも学校帰りにこうやって妹の迎えにきていた。幼い妹を家で一人にしておくわけにはいかないので、昼間は家の近くの教会で預かってもらっている。


「それでね、怪我してる子を見つけたからちりょーしてあげたの!」

「怪我……? どこで会ったんだ?」

「えっと……坂のとちゅ……」

 坂の途中で見つけたんだよと言いかけたトルカは、急に困った顔をして両手で口を塞いだ。


 トルカを預かるといっても、教会は教会の仕事がある。トルカの面倒を見てもらうというよりは敷地内で遊ばせてもらっていると言った方が正しい。手が空いたシスターもかまってくれているようだが、シスターも暇ではない。


「もしかしてまた、抜け出したのか!」

 問いかけるレントにトルカはふるふると首を横に振る。その頭をつかまえ、しゃがみこんだ自分と無理矢理目を合わせた。しかし、トルカは目を泳がせるばかりだ。

 トルカは嘘をつくとき必ず目をそらす。それを知っているレントはトルカが教会を抜け出して怪我をしていたという子に会ったことを確信した。


 王都でも、教会の周りは比較的治安がいい。自分たちは昔から住んでいるから、トルカのことを知ってくれている住民も多い。それでも、フラフラと何処かへ行ってしまったら危険な目にもあう。レントは忙しい母親の代わりに、何度もトルカに注意していた。


「ごめんなさい! もうぜったいしないから」

 怖い顔をしたレントを前にして、トルカはしゅんとした。

 よっぽど退屈なんだろう。トルカの気持ちもわかる。

 本当なら自分が面倒を見ているはずだった。初等部に通わせてもらっているせいで、幼い妹が一人で遊ばなければならないことに責任を感じているのも事実だ。


「絶対しないって約束できるか?」

「うんっ」

「じゃあ、今日は許してやる。それで? その子の怪我は大丈夫だったのか?」

「足から血がでてたから、しょーどくして……」

「今どき、こけて怪我するやつなんているんだな」

 どんだけ鈍臭いんだとレントは笑った。聞けば、トルカより大きい子だという。学園に通っていてもおかしくない年齢だ。


 同時に世の中には色々なタイプがいるってことかと実感する。年相応のクラスメイト、シュウのようにしっかりして計算高いタイプもいれば、カールのように自分の思い通りにならないことが受け入れられないやつ。

 エルはどうだろう。大人びて頭はいいけど、どこか抜けている。何にも興味がないような顔して、実はそんなことはない。ぼーっとしていることが多いが、意外と話を聞いてくれているし…… 一緒にいると楽しくて……



「なぁ、トルカ。俺さ、中等部に行こうかな。それとも軍の学校に入ろうかな」

 トルカと呼びかけたのも関わらず、レントは自分に問いかけるように話した。


 母親が王宮勤めの薬師、父親が武官という家庭に育った兄妹は将来の夢がはっきりしていた。兄レントは父親のような騎士に、妹トルカは母親のような薬師に。

 武官になるためには学園の高等部を卒業するか、軍の学校に入るという二つの選択肢がある。親にはどちらでも好きな方に行きなさいと言われていたレント。


 どちらの寮に入らなければいけないが、軍学校の寮は王都内にあり、休みに帰ってこれる。中等部に進めば、今より妹を寂しい思いをさせてしまうだろう。ずっと悩んでいたのだ。


「兄ちゃんがいないと、嫌か?」

 トルカに引きとめられたらやっぱり軍に入ろう。進学したい。でも、自分は成績もわるいし、軍の方が合ってるのではないかとも思う。


「ぜーんぜん! レント兄いない方がお菓子もたくさん食べれるし、ぜんぜんへーきだもん!」

「ひでーなー」

 握っていた手を離して、前に周りこむと、トルカの頬っぺたをむにーと横に伸ばした。仕返しとばかりにやってみただけだが、子供の頬は面白いほどによく伸びる。


 トルカはレントの腕を叩いて、離してもらおうと暴れた。


「いたいよ!」

 転げるように二人でじゃれあってから、トルカを解放した。ヒリヒリと痛む頬を摩る妹に睨まれる。


 いつもの光景だった。夜になれば母さんも帰ってくる。父さんは王都から離れた勤務だが、みんなで今日あったことを報告して、ご飯を食べて…… この日常を捨てるなんてやっぱり…… 自分は、


「だから、ちゅうとうぶに行ったらいいよ。レント兄、一緒にいたいおともだちができたんでしょ? 最近楽しそうだもんね」

「そう……かな…… 」

 的を得た妹の発言にレントは目を丸くした。家では全く変わりないように過ごしていたつもりだったのだが、妹は敏感に感じ取っていたらしい。


「そうだよ。にやにやして帰ってくるし。いっつも学校の話してるし」

「そっか……。よし!決めた」

 レントの心は決まった。もともと悩むような性格じゃない。答えなんて出てたじゃないか。


「中等部に行こう」

 あと二年、妹と家族と大切に過ごそう。言葉に出せば、悩んでいたのも嘘のように初めからそうだったような気がした。


「ん。じゃあ、勉強しないとね」

「勉強は明日から!」

 満足気に頷く妹の手を取る。


「今日は母さんが帰ってくるまで、遊ぶか」

 嬉しそうにした妹を引っ張るように走り出す。王都の道に二つの長い影が並んだ。


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