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第三王子エルメル  作者: せい
初等部編
44/49

5-4 街へ(1)

 


 一旦下駄箱にいったものの、忘れ物をしたことに気がつき、教室に戻る。

 燦燦と輝く太陽の光がさす教室はまだ騒ついている。帰りの会が終わってしばらく経っているが、今日はまだほとんどの生徒が残っていた。


 ここから少し離れた廊下よりの席ではレントやシュウなどクラスで仲良くしている男子たちが集まって、なにか話している。貴族といっても様々なタイプがいるらしく、クラスの中でも貴族とだけしか仲良くしない子もいれば、シュウのようにそんなこと気にせずに遊んでいる子もいる。


「 ……だから今日…… 」

 ただ、話している内容までは聞こえない。


「 エル、帰るのか?」

 教室の後ろの扉に向かって歩いていると、俺のことに気がついたレントに声をかけられた。

「うん。用事があるんだ。また明日 」

「じゃーな」

「うん」

 ヒラヒラと手をふるレントに手をふり返した。

 みんなは今から遊ぶのだろうか。少し羨ましいが、今日は本当に予定があるのでしょうがないと自分を納得させた。


「ばいばい」

 廊下で隣のクラスの女の子を見かけたので、挨拶をした。名前は知らないが、何回か飼育係で一緒に仕事をしたことがある。

「 えっ…… 」

 普通に声をかけたつもりだったが、俺を見たかと思うとその子はものすごく戸惑った顔をした。

「 さ…… さようなら 」

 女の子は俺を見た途端、不味いっ!と言ったような顔で俺から目を背けて戸惑ったように挨拶を返してくれた。

「 うん…… 」

 気まずい空気の中、前を通りすぎ、下駄箱に向かう。

 もしかして俺のこと知らなかったのかもしれない。照れている反応じゃなかったし、見たことない奴に話しかけられてびっくりしたのかな。もう何回も仕事してるのに、そんなに存在感がないのか……。それにしてもあの反応。彼女の周りにいた友達もギョッとしてた。

 軽く凹みながら靴を取り出し、履き替えた。


 校舎の入り口にあるガラスを覗くと、校舎の周りを囲むようにして作られた花壇と白っぽい子どもがうっすらと写っていた。赤、黄色の花が鮮やかに咲き乱れていた。

 そこでふと気がついた。

 俺、女の子と全然話せていない。


「顔が悪いのか?」

 俺は知っていた。クラスの女子ほとんどがマティアスが来た日には浮き足立ってたし、さっき俺の挨拶に引いていた子もキャーキャー言っていた子の一人だと。


「顔はそこまで悪くないと思ってたんだけど…… 」

 学園に通う前から薄々感づいていたが、マティアスは顔面偏差値が高い。自分のように子供っぽい容姿ではなく、どこからどう見ても完璧な男前なのだ。しかも、凄いのはそれだけじゃない。背も高く、強くて、半端なくお金持ちで、気も使える(はず)……。なんで、結婚していないのが不思議なくらい。


 普段は使わない街へと続く道を進む。学園にしか行けない道だからか、人通りはとても少ない。


 もう絶対にマティアスは学園立ち入り禁止にしよう。とりあえず会ったら一発殴らせてもらおう。

 普段とおり慣れてない道でそんなくだらない考え事で頭が一杯だったのが悪かったのだろう。


 階段があったのか。そう気がついたときにはもう遅かった。前に踏み出した足が宙をきる。勢いのついた俺の体はあっという間に宙に投げ出された。


 痛い。


 石の階段に何度も頭を打ち付けたのだ。特に後頭部が割れるように痛い。俺は転がった格好のままぼんやりと空を見ていた。


 ここは通行の邪魔になりそうだから、端っこに寄ろう。なぜか一番に思い浮かんだのはそんなことで、ヨロヨロと立ち上がった。少しふらつくが、骨はおれてないようだ。

 こんなとこから落ちたならもっと大怪我しそうなものだけれど。


「お兄ちゃん、へーき?生きてる? 怪我しちゃったの? 治してあげようか」

 芝生が生えている場所に腰を降ろそうとしていると、目の前に女の子が現れた。ニコニコと笑いながら俺の怪我を眺めている。


「トルカにまかせて。じっとしててね」

 その女の子はポシェットから何か取り出したかと思うと、擦りむいた膝を治療してくれ始めた。

「 いたい?」

「少しだけ……」

 小さい子なのにすごくしっかりしていて、包帯を巻く手つきも慣れたものだ。本当はすごく痛かったが、小さい女の子の前で弱音を吐くこともできずに強がってみた。

「 お兄ちゃんすごいね! あんなとこから落ちたら頭ぱーんって割れちゃうのに 」

「ぱーんって…… そうだね 」

 大きな目をまん丸にしていうトルカちゃんの言葉に笑う。自分でもよく生きてたなと思ったばかりだ。

 おかしいな、さっきからこの子にあったことがあるような気がする。


「 できた!」

「 ありがとう、トルカちゃん。……そうか。もしかして、前に裏通りで会ったことあるかな?」

「 うらどーり? あ! あの時のおにーちゃんだ 」

 そうだ。マティアスと学用品の買い物に行ったときに男に絡まれていた子だった。

「 あのあと、ちゃんとお家に帰れた?」

「 うん! あの時、びっくりして逃げちゃってごめんなさい 」

「 こっちも驚かせちゃってごめんね。あ……俺もう行かなきゃ 」

 せっかく会えたのだから、もう少し話していたかったが、あいにく今日は待ち合わせがある。

 俺はもう一度、治療のお礼を行って立ち上がった。


「 お兄ちゃん、トルカね、あの道通ったらいけない道なの。だから、秘密にしといてね 」

 お母さんに危ないから通っちゃだめよと言われていたのに近道を使ったらしい。俺は言わない代わりにもうあそこに行ったら駄目だよと念押しして別れた。

 ここに住んでいるらしいから、また会えるかもしれない。そんなことを思うながら、小さな友人に手を振りかえした。



「 エル様!」

「 お待たせ 」

 すでに待ち合わせ場所にはマティアスが立っていた。一応誰だかわからないように変装しているつもりらしいが、サングラスをかけた顔も真っ赤な髪も明らかに周りの目を集めている。

「 そのお怪我はどうされたのですか! 何が!」

「 ちょっと転んだだけ。くる途中の階段から落ちちゃったんだよ 」

「 そ……そんな! もしや学園に続くあの長い石階段ですか。あんな高いところから! わかりました。エル様の怪我の責任を取らせ、今すぐ破壊させます。そこに待機させている家のものに伝えますね。ウエストヴェルン家総出で原型をとどめないほどにハンマーで……いや、爆破します。欠片の一片たりとも許しません。それにエル様にお怪我をさせてしまった私にも責任があります。爆破の前に自分が王都内のすべての階段から落ちて…… 」

「 はいはい。マティアスは悪くないし、階段も爆破しないで。早く買い物行こう 」

 このまま放っておくといつまでも終わらないので、強引に話を切る。

「 そうでした。申し訳ありません。行きましょう 」

 俺のことを心配してくれるのはわかるんだけど、やっぱりマティアスは変だと思う。俺は本当にレントが言っていた人物と同一人物なのかと首を捻った。


「 ねぇ、本当にここ?」

「 間違いありません 」

 マティアスが案内してくれたお店はついにこじんまりとした一軒家だった。戸惑いつつも中に入ると、何処にも商品は置いていない。マティアスの家にあるような高級な家具が揃えられている。これがお店なら、前回よりも高級店なんじゃ……。

 マティアスは構うことなく案内された奥の個室に入って行き、俺もそれに続いた。


「 お待ちしておりました。エル様、マティアス様 」

「 ああ 」

 個室は濃い色の木材の家具で統一されていた。しっとりと濡れたように見えるのはワックスがたっぷり塗られているから。そんな部屋で男の人が俺たちを出迎えてくれた。


「 お初にお目にかかります、エル様。私はここエディンヌ商会をまとめております、エディンヌ家長男リーシャでございます。以後お見知りおきを 」

「 始めまして、エルです。よろしくお願いします 」

 どうもここのお店の跡継ぎらしい。マティアスとそんなに歳が変わらないように見える。服や立ち振る舞いも俺より全然洗練されていて、エディンヌ商店というお店のブランドを感じさせられた。

 でも、俺が今日買いたいものはこんな高級店じゃなくても買えるんだけどな。


「 では、さっそく品物を持って来させましょう。我が商会の威信をかけて作らせていただきました。我ながら最高の出来ですよ 」

「 楽しみですね 」

 リーシャさんの後ろから制服を来た女の人が恭しい手つきでお盆を両手に持って部屋に入ってきた。長方形のお盆には艶やかな赤いビロードのようなものをかけられ、膨らみから中に何か入っているのが分かる。布には当然のように、今となってはすっかり見慣れたウエストヴェルン家の家紋がしっかりと描かれている。


 なんかおかしい。この中に俺の頼んだものは本当に入っているんだろうか。マティアスに先になにが欲しいかを伝えたのは間違っていたかもしれない。


「 ご苦労。頼まれていたのはこちらです 」

 女の人から真っ白い手袋を受け取ったリーシャさんはすぐにそれを右手につけると、さっと布を取り払った。


「 これは…… 」

 そこに置かれていたものがわかった瞬間、俺はぐっと息を飲み込んだ。

 鮮やかな青色のナイフ。刃は研ぎ澄まされて、触れただけでなんの抵抗もなく物を切り裂きそうだ。何本か並んだナイフの横には用途がわからない道具数種類と布の入れ物が並び、それら全てに金色の紋章が入っていた。空に登る勇ましい胴の長い魚が金色に輝いている。


 ……全然違う。

 俺は確かに頼んだはずだ、“掃除道具が欲しい”と。


 ことの発端はソラの発言だった。

「お前の周り、掃除していいか?」

 いつものように二人で部屋で遊んでいるときに突然聞かれたのだ。いつもウエストヴェルン家の人たちは完璧な掃除をしてくれているけど、それでも汚く見えたらしい。ソラはよっぽど綺麗好きに違いない。俺はあまり気にならないタイプだから、ソラの好きにしていいと言ったのだ。

 今すぐ始めるのかと思ったが、じゃあ今度やるといって出て行ってしまった。ソラが遊びにくるのはいつも夜だから仕方ない。

 でも、人に掃除したいと思わせたのは申し訳ないし、綺麗好きならソラに掃除道具をあげようと考えた。


 だから、マティアスに掃除道具が欲しいと話した。すると何色がいいですかと聞かれた。ソラだからと青を頼んだ。確か好きなものも聞かれた。動物と答えたら、もっと具体的にと。まだ青色のイメージを引きずっていたので、思いついたのは清燗の姿だった。でも龍と言って伝わるのだろうか。多分無理だろうと判断し、「胴が長くて、大きくて、あの空を……」ともごもごいっていると、マティアスに分かりましたと頷かれた。

 こんな説明で分かってくれるのか、さすがに優秀な人は違うんだなと思ったことを覚えている。

 マティアスが手配してくれると言ってくれて今に至る。


 何がどうしたらこれが掃除道具になるんだ。

「 これは隣国の海沿いの街でしか取れない珍しい…… 」

 リーシャさんは使った石、ケースの布地、これを作った職人さんなど一つ一人丁寧に教えてくれた。


 こんなに手間暇かけて作り上げてもらったのにこれじゃないんですけどとは言えなかった。要はお礼なんだからこの際ナイフでもいいだろう。使い道はないだろうが、綺麗だから飾ったらいいと思う。俺は掃除道具ではなかったことについては黙って受け入れることに決めた。

 でも、もう一つ問題がある。今日の買い物は自分のお金で買う予定だったのだ。

 ポケットの中でお財布をぎゅっと握りしめた。俺の着せ替えでインスピレーションをもらったからという理由で、お金と一緒にルクシェルさんに前にもらったものだ。お財布というよりポーチみたいで、兎と猫の中間のような動物の顔の形をしている。全体的にふわふわして触り心地がいいのと、赤と青の透明な石の目が可愛くて、気に入っていた。


「 マティアス、これ高いよね? 」

 不安になって、リーシャさんに聞こえないようにこっそりとマティアスの耳元で伝えた。

「 心配いりません。他に欲しいものがおありですか?」

 違う。マティアスはお金持ちなので、既製品を買うという発想がそもそもないらしい。桁違いの金持ちの感覚に触れて、頭がクラクラした。


「 自分で買いたいんだ。でも、お金これしか持ってない 」

 自分の熱でじんわりと温かくなったポーチを見せて、マティアスに訴えかける。

「 エル様はそんなこと気になさる必要はないんです 」

「 だめ。自分で買わないといけないから 」


 暫く押し問答を続けていると、急にマティアスは思いついたように言った。

「 思い出しました。エル様の財産もきちんとあります 」

「 僕の?」

 全く心当たりのない話。生まれ変わってまともに働いたこともはないから、お金は稼いでない。稼いだとしても、こんなものをぽんと買えるほどには一生ならないと思うけど。


「 そうです。以前、エル様も思い出すのも心が痛むほどの目に合わせた男がおりましたでしょう。あの時の謝罪費用をエル様名義の財産としておきました 」

 それはきっと、経費使い込み男のことだとすぐにわかった。

「 それで払える?」

「 ええ。たっぷりとふんだくりましたから。お金では償いきれない罪でしたけれど、ゴミ以下の男の財産でも使えることはあるかと思いまして。それにしても、自分は許せません。今からでもエル様のお許しがあれば、命を…… 」

「 わかった、わかった。それを使って 」


「 ふふふ…… マティアスが……」

 突然部屋に響いたのはリーシャさんの笑い声だった。


「リーシャ!」

「ごっ、ごめん。ちょっと待って、笑いが……どうしよう。くくっ 」

 お腹を押さえて机に手をつくシーエンさんを見て、マティアスは眉を顰めた。その横で俺はさっきの気然とした様子とはまるで違う姿に戸惑っている。


「リーシャ、どうした 」

「マティアスがそんなに動揺しているのははじめて見たから、面白くって」


 俺のキョトンとした顔を見て、マティアスは俺に説明してくれた。

「 実は自分とリーシャは同級生なのです。黙っていたわけではなく、珍しく真面目に仕事をしていたので、自分もそれに合わせていただけで…… 」

「 そうなんだ 」

「 マティアスが最近全く音沙汰なかったのに、急に依頼がきたって報告受けてさぁ…… 担当にしてもらったんだ。面白いもの見れて、満足! 大満足!」

 リーシャさんはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


 しばらく三人でたわいのないことを話し、お店を出る時間になった。

「 何かお望みのものがあれば、エディンヌ商会にどうぞ 」

 リーシャさんは見送りのときに、最初のように気取って言った。俺もマティアスと話すところを見た後なので、その変貌ぶりにクスクスと笑って答えた。また来ます、と。




「 マティアス、ちょっと」

 さっきまでにこやかに笑っていたリーシャが急に真剣な顔に変わる、そして、エルに続こうとしていたマティアスの腕をぐっと引いた。

「なんだ」

 マティアスは怪訝そうな顔で問いかける。

「あれ……あれは本当にいいんだよな。おまえほどの奴がわかってないはずはないだろうけど、この青を使っていいのは王家の血を引く方だけだと決められている」

「前もって王から許可されている書類は渡してあるだろう。全く問題ない。あの書類は持って欲しい。また使うこともあるだろう」

「あの紋も…点いいのか」

「 そうだ。エル様はあれをお望みになった。ただ今まで選ばれなかったというだけのことだ。たとえ公になったとしても、エル様にはあの紋をお使いになられる器があるお方だ」

 マティアスは一片の疑いもなく言い切った。


「あの年齢。顔立ち。髪色は違うが、もしかしてあの子は太陽妃様の御子なのか?噂には誕生のときにはすでに亡くなっていたと聞いているが。 なぜ明かされていない? なぜ存在を抹消されているのだ」

「……信頼しているからお前のところに依頼したんだ」

 厳しい顔で答えたマティアスに、リーシャは肩を竦めた。これ以上深入りしない方がいい。

「わかったよ。書類は預かっておく。これ以上首を突っ込むのもやめよう。書類は俺が誰にも見られないように管理しとくよ 」

「助かる。エル様がすべて明かされる日がいずれくるだろう」


 リーシャは返事をせず、ただじっと久しぶりに会った友を見つめる。

「 なんだ?」

 マティアスは怪訝そうな顔をした。

「何でもない。すべて了解した。引き止めて悪かった。早くいかないとおまえの小さな主様が帰り道とは全く違う方向に歩いていったぞ。ほら」

「 エル様!? リーシャ、こっちにいるんなら暇な時に家に来てくれれば、歓迎する」

 別れの挨拶もそこそこに小さな背中を追いかけて行くマティアス。


「 よかったな。お前、昔より随分面白くなったよ」

 リーシャそう呟いて、くるりと背を向けた。




 帰り道、俺は街であるものに目を奪われていた。

「 これ、買おうかな…… 」

 花のモチーフがついた髪飾り。ラメがふってあるのか、太陽の光に当たるたび、キラキラと輝いていた。それを見た途端、シェンリルちゃんにぴったりだと思ったのだ。

 まだ一度も口も聞いてくれてないけど、街に行ったお土産にこれを渡したら仲良くなれるかもしれない。


 周りをみると、何人かの女の子が似たような髪飾りを手に取って見ている。

「すいません。これ、下さい 」

 男がこんなものを買っていると思われるのが恥ずかしく、可愛い店員さんにまるで姉妹にお使いを頼まれたんですよという雰囲気出しながら言った。


「 銀貨一枚と銅貨五枚です 」

 ポーチに入っていた数枚の硬貨のうちの一つを手に乗せ、精一杯背伸びをして差し出す。よく考えたらここのお金の数え方を知らなかったので、マティアスに聞くと、これで足りると言ってくれた。


 店員さんは硬貨を見て、慎重に受け取ると慌てたように奥に引っ込んでいった。出すお金を間違えたのかと内心焦る。


「 お待たせしまして申し訳ございません!」

 しばらく待ったあと、お釣りを持って出てきたのはさっきの可愛い店員さんではなく、おじさんだった。

 おじさんに愛想良くお釣りを手渡しされても嬉しくないんだけどな……


 そんなことを考えていると、差し出された俺の手には溢れんばかりの硬貨がのせられた。落ちないようにそっと受け取ると、おじさんがおろおろと困っている。

「残りは私が受け取ります」

 お釣りは俺が受け取ったのが全部ではなかったようで、マティアスがさっと引き取ってくれた。


「だめだ。これ以上ははいらない…… 」

 お店から離れた人通りの少ないところで、お釣りをポーチに詰めながらため息をついた。すでのポーチにはぎっしり硬貨が詰まっているにも関わらず、まだ横にいるマティアスの手にはたくさんの銅貨と銀貨が乗っている。

「それ以上入れたら、壊れてしまいそうですね。残りは屋敷の方でお渡ししましょう 」


「うん…… 」

 マティアスのいう通り、お財布はすでに限界を迎えていることは明らかだった。硬貨で形が変形し、可愛いかった動物の顔はゴツゴツしてしまっている。


「これを。もう帰る。馬車を回せ 」

「かしこまりました 」

 マティアスが指を鳴らすとどこからか男の人が現れた。マティアスから残りのお釣りを渡されると、さっとどこかへ行ってしまう。


 はじめのころと違い、いちいち驚いたりしない。もう十分身に染みているが、マティアスは正真正銘のお金持ちなのだ。

 街へただお買い物に行くにも、たくさんのお供の人がついてくる。さっきの買い物だってそうだ。ナイフを預かったのも別の人だった。


 お金持ちは買ったものを決して自分で持たないのか。

 流石だなとこっそり頷きながら、俺はプレゼントの髪飾りをこそこそと自分の鞄にしまった。こっちはつい最近までお年玉を切り崩して生きていたんだ。金銭感覚はそう簡単には変えられそうにはなかった。



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