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第三王子エルメル  作者: せい
入学試験・準備編
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4-5 従者と歓喜

 

 ウエストヴェルン家王都邸の一室。

 マティアスはこれで何度めになるか分からないため息をついた。

 もういつもならば眠っている時間だ。


 しかし、一度自分の主人のことを考え始めたら眠くなくなってしまったのだ。

 無理に寝ることを諦めたマティアスは立ち上がり、部屋に置いてあるミネラルウォーターをグラスにつぐ。


 自分の主人が何を考えているのか分からない。他の従者もこんなことを考えているのだろうか。

 ……少なくとも俺の知り合いではそんな従者はいないな。

 フェルナンドはもちろん、リチャードは誰かの従者という訳ではないが、家の者のことを誰よりも把握している。


 今まで努力さえすれば、大抵のことはできた。他人よりは能力を持っていると思っていたし、またそれ相応の周りの期待にも応えられていたんじゃないかと思う。

 でも、今はどうだ。エル様に一挙一動に驚いてばかりじゃないか。


 暗殺の一件で驚いたものの、本邸で過ごしていたエル様は少し大人びた子どもといった様子で、毎日楽しそうに過ごしておられた。

 それゆえ、忘れかけていたのだ。エル様の本当の姿を。いや、知らなかったと言った方が正しい。

 王都へ向かうこととなり、馬車に乗り込もうとした時に見たエル様の表情。


 マティアスは一気にグラスの中身を喉に流し込んだ。


「 楽しみだな 」

 誰にともなく呟いていた。聞こえたのは一番そばにいた自分だけだろう。他所を向いていたが、振り返った。

 エル様の今まで見たことがないような残忍な笑みを浮かべ、目には狂気の焔が揺れていた。


 見てはいけなかったのかもしれないと気づいた時には遅かった。初めて見たエル様から目を離せなくなっていたのだ。


「 ……あげないよ 」

 はっと正気を取り戻したときにはエル様が自分に気がついて、話しかけてくださっていた。

 何とおっしゃったのだろう。気になったが、どうしても問うことは出来なかった。あの表情がすべてを物語っていたから。

 エル様はやはり王族なのだ。生まれ持った支配者としての力。全てのものの上に立ち、身内を守る優しさと目的のためになら手段を選ばない残忍さを兼ね備えている。その一端を垣間見たのかもしれなかった。


 そして、あの店での出来事。確かにあの日、自分は街にいつもより多くの影を配置していた。勿論、売り子や通行人としていたもの、存在感を完全に消させたものもいたはずだ。それにエル様はすぐに気がつかれたのだ。あのとき店内を歩き回っていたのはやはり一人一人の影を確認されていたと考えるのが自然だろう。

 それだけではない。自分の息がかかっていないものは素通りしていたはずのエル様が一人だけ一般人の売り子に長い時間立ち止まって見ていたのが気になり、あとから調べさせたらそれは他国の間者であった。

 すべての影の気配がわかるなど、鬱陶しいに違いない。エル様の命が危険に晒されるまでは黙って見ているよう指示を出したが、あれで良かったのだろうか。


「マティアス様、宜しいでしょうか 」

 ノックと共に家のメイドの声がした。

「入れ 」

「失礼いたします。先ほど賊が何匹か入り込みましたが、いかがいたしましょうか 」

「 普段のとおりに 」

「畏まりました 」

 短い言葉を交わしただけで自分の意図することを理解し、優秀なメイドは静かに去って行った。


 ここ、王都邸では本邸と比べ、襲撃者の数が格段に多い。正確に言うと実際のところは分からない。ただ、自分たちや宝物を狙って実際に建物の中に入ってくる数が多いのは事実だった。


 そのときはどうするか。賊ならば、メイドか執事が倒す。暗殺者ならば狙われた人が倒す。取り敢えず、居合わせたものが自分で何とかしろというルールがあるのだ。

 それもそれを可能にするだけの実力があるものが妹を含め揃っているから出来るのだが。そういえば、家にいるはずなのにほとんどあの子に会わないな。

 それは今度部屋を訪ねてみるか。


 賊ならば、外を出歩かない限り会うことはないだろう。

 だから…… 大丈……夫?

 そこで、マティアスは先ほどまで頭の中を占めていた主のことを思い出した。


「 エル様!」

 勢いよく立ち上がった拍子に倒したグラスに構うことなく、マティアスは部屋を出た。


 その間、賊に会うことは一度もなかった。エル様が被害に遭われている可能性がそれほど高いわけではない。それにエル様だって魔法を使えるのだ。頭ではわかっているのに早足が何時の間にか駆け足になって行く。今ほどこの無駄に広い屋敷にイラついたことはない。


「 これは…… 」

 エル様の前に辿り着いたマティアスは言葉を失った。


 男が何人も重ねられている。

 急いで男のうちの一人をみると、先日エル様が暴漢から女性を救ったとおっしゃった時と同じやられ方だということがわかった。ただ気絶させられているだけ。しかし、どの男の顔もなにか恐ろしいものを見たかのように恐怖でゆがみ、一撃で気を失ったようだ。

 間違いなくエル様がやられたのだ。


 マティアスは静かに主の部屋に続くドアを開けた。明かりが消され、規則正しい寝息が聞こえる。


 主の無事を確かめ、マティアスは男を放って廊下を歩き始めた。


 メイドが賊の侵入を知らせにきてから時間はそんなにたっていない。それは驚くべき速さで戦闘が終えられたことを示していた。


 ……エル様が無事でなによりなのに。

 オレンジ色の光がぼんやりと照らす廊下を歩きながらも、心はなぜか晴れなかった。



「 またですか…… 」

 しばらく歩いたところでマティアスはため息をついた。

 彼の足元には無数の薔薇の花びらが散っている。真っ赤な色を残しているのもあれば、完全に燃え尽きて灰となっているのもあった。


「 それとも兄様なら、これで済んで良かったと思うべきでしょうか 」

 本来廊下とはドアで仕切られているはずの左右の部屋が丸見えになっているのを見ながら考え込む。ドアと壁は綺麗に抉られてしまっていた。この被害にあったものたちはメイドの手によってすでに片付けられているようだった。

 ウエストヴェルン家次期当主の名は伊達ではないのだ。気分屋の兄様は外で力を使う機会が少なかったせいか、強いと言われることが少ないように思う。大方、今日の賊もそんなところだったんだろう。


 強さでは自分が家族一だとしても、残虐さは不機嫌なときの兄様が一番だ。基準はよくわからないが、美しくないものに対する扱いは特に酷い。

 しかし、こうやって周りのものを破壊するのはやめて欲しいものだ。


 こうやってうちの執事たちの修理スキルがあがっていくんだな、と実感したマティアスは寝ることを諦めて、仕事をするために部屋に戻るのだった。



  ♢♢♢♢♢


「 おはようございます 」

「 おはよ 」

 結局一睡もすることなく、朝を迎えた。部屋の前の賊も片付けられ、すっかりいつもと変わらない様子であった。


「 エル様、お洋服が変わっておられますが……?」

 昨日自分が選んだ寝巻きと違うものをエル様が着ている。自分の選ぶものを気に入ってくださっているのか、服に興味がないのかはわからないが、そんなことは今までになかった。

「 あれから汚れちゃったんだよ 」

 あれから……昨日の賊のことだ。怪我を負ったご様子もないことは昨日の時点で分かっている。あのようなものたちに触れられて穢れたという意味か。


「 昨晩はお疲れ様でございました 」

「 ああ。マティアスはなんでもお見通しなんだね 」

 エル様はそう仰られながら、キャラキャラとお笑いになっている。昨日の賊をあのような姿にした方だと知っている自分にはその無邪気な笑顔が若干恐ろしくも感じられた。


「 そんなことはありませんよ、エル様 」

 エル様はお強いのだから別に自分がいなくても大丈夫なのだ。



「 そういえば、先ほど学園の入学許可がおりました 」

 合格しない訳がなかったが、一応お伝えしておかなければ。

「 本当!?」

「 ええ、勿論です 」

「 よかった!ありがとう、マティアス 」

「 自分は何も 」

 すべてはエル様が自分でなされたことだ。


「 違う。合格のことも協力してくれたからだし、いつもマティアスが色々なことをやってくれているからすごく助かってる。マティアスには本当に感謝しているんだ。ありがとう 」

 やはり自分は従者失格だ。主のちょっとした行動にに一喜一憂して。

 エル様の一言がこんなに嬉しいなんて。


「 自分は一生エル様についていきます 」

 ずっと優秀だと期待され、恵まれていたはずの生活の中にはなかった喜び。


 そこでマティアスはずっと引っかかっていた一つのことを思い出した。

 エル様がなぜ料理をなさっていたのかは分からないが、将来何処かへ旅でもなさるつもりなさるのか、独り立ちになさりたいのかいずれにせよ足でまといにはなりたくない。


 そうだ。自分も料理をしてみよう。従者たるもの主の常に一歩先を歩いて、準備しないといけないのだ。




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