1-3 恐怖と魔法
最近毎日が充実してる。本読んで、寝て。でも、少しだけ変化が。
お手伝いさん同士が仲良くなったのか、俺の世話をしながら会話をしているのだ。これは正直助かった。文字は自分で学べても会話の方は人がしゃべっているのを聞かないとどうしようもない。今は簡単なフレーズならわかる程度かな。
お手伝いさん3人いるが、一人は待機か休みなのかいつも2人でやってくる。俺の観察によると蛇のお手伝いさんはあまり他の人とは馴染んでないようだった。
さて今日も読書にいそしもう、とベッドの下に隠しておいた本を引っ張り出す。
半分ほど読んだ時だった。
突然胸が刺されたような痛みがはしった。激痛に声も出すこともできず、少しでも楽になろうと必死に背中を丸めて胸を抑える。
この痛みはやばい。入院生活後半に味わった生と死の境目をさまよう時の痛みだ。
思い出す。
泣き崩れる母さん、呆然とする父さん、ゆがんだ涼の顔、一生懸命治療してくれた先生に、ずっと退屈な俺の話し相手になってくれた看護師さんの表情
息が荒くなっていく。
いやだ……! 助けてくれ。だれか……誰でもいい……!
再び訪れた痛みの波に耐えきれず、助けを呼ぼうとベッドから身を乗り出して手を伸ばす。つきだした手が大きくぶれた。
手の甲になにかあたった。
それは飲み水がはいったコップだった。抵抗もなくあっさりとひっくり返り、中身の水が左手にかかる。
ああ……! こぼれてしまう。
その瞬間、バキバキッと音がして胸がすっと軽くなった。
「え……?」
空中に投げ出されたコップが空中で止まっていた。中身の水がきれいに全部凍ってコップを支えているのだ。
うそだろ!慌ててコップを引きはがす。飛び散った形に凍った水だけが残った。
すごい!もしや魔法というものだろうか。びっくりだ。何度かつついてみるが水は確かに凍っていた。しばらく見ていて、途中で気がついた。これって普通の赤ん坊の範囲内?この髪の色からいってこんなのは些細なことかもしれない。
しかし、他の赤ん坊を見たわけでもないし、なかったことにしておきたい。今までの赤ん坊演技は無駄にしたくなかった。
そういえば、胸の痛みも消えている。魔法使うたびにこんな目にあうわけじゃないよな?
そんなことを考えながら、氷をこすって水にしてコップにためていく。
やはりこれは紛れもなく氷だ。ひんやりとした感覚が手のひらに伝わっている。
俺の中でもっと魔法について知りたいという欲求はむくむくと湧き上がってきた。
時間をかけてコップの中に水を戻し終わった。少し減ってる気がするが…… これは蒸発だ、蒸発。水蒸気が水に戻る速さが水が水蒸気になる速さが上回っただけ。
俺はコップをいそいそと足の間に挟んでベッドの上に座り直す。魔法の実験を始めようと思ったのだ。
人差し指をコップにつけて、顔の前に持ってくる。
「 凍れ! 」
外に聞こえないように小声で言ってみる。
しかし、何も起こらない。
なんでだろう。俺のイメージでは勢いよくパリッと指先が凍るんだけど……?
そう考えてると、ピキピキという音をたてて本当に指先が凍った!
関節でうまく指が曲がらない。今度は力を込めて動かすと、氷がパキパキと割れて指が自由にうごくようになった。
ただ「 凍れ 」と言ったとき、はっきりとイメージした時、イメージして「 凍れ 」と言った時
この3つを繰り返し、明確なイメージが必要条件ということはわかった。言葉をつけるとより速い速度で凍るみたいだ。
「凍れ」「凍れ」「凍れ!」
それから、俺はアホみたいに凍れと繰り返し、小さな氷を作って遊んだ。
しばらくたつと、動いてもいないのに息があがってきた。なぜだろう。不思議に思いながら窓に目をやると、太陽が沈み、すっかり暗くなってきた。夕飯のために人がくる時間が近づいていることに気づき、コップと本を片付けて横たわる。
この身体にたまった疲労感は魔法がこれ以上使えないという意味なのではなのだろうか。
もっと調べてみる価値がありそうだな。これからはもっと練習してみよう。
明日からなにをするか考えているうちに瞼が下がってきた。
俺の魔法は最弱かもしれない。一体他の人達はどんなに恐ろしい魔法を使うのだろう。一瞬で血をふきださせたり、殺してしまったり?
こんな氷をつくる魔法とは比べものにならないだろう。
しかし、悩んでいても仕方がない。
これさえ使えれば、ジュースからアイスが作り放題だからいいとしようか。
そう考えて、俺は自分を慰めることにした。
♢♢♢♢♢
その日から魔法の研究と練習が始まった。
だれも教えてくれないから、全部自分で調べなきゃいけないのだ。
手のひらにすくった水を凍らしてみるところから始まり、
半年たった今では3メートル離れた位置にあるコップを呪文を唱えずに凍らせることができるまでに成長したのだ。時間はかかるが。
水に触れずに凍らせるところに大きな壁があった。毎日魔力がからになるまで(魔力という言い方が正しいのかはさっぱりわからない)魔法を使い続け、なんとかできるようになった。
今はすこーしずつ距離を離して練習してる。
疲れたら本を読んで…そんな毎日を繰り返していた時だった、ついに新たな男がこの部屋にやってきたのだ。
幸い、俺はベッドの上でコップを見つめている時だった。中身も凍ってない。端からみればただの赤ん坊にしか見えない。見えないよな?
内心汗ダラダラな俺はコップから目を離せず、この状況をどうフォローするかを必死に考えていた。
だいたいなんで突然入ってくるんだよ。半年も放置していたくせに!心臓止まるかと思ったぞ!ばかやろー!
微動だにしないままぐるぐると考えていると、男が本を持って目の前に立っていた。思考に気をとられていてさっぱり気がつかなかった。男はそのうちの一冊を机の上におくと、その本を読み始める。
俺のために本をよんでくれるらしい。
でも、ごめん。その本もう読んじゃったよ。半年前にやって欲しかった。しかもそれは挿絵が綺麗なのを売りにしてるんだと思ったんだけど、俺に見せながら読んでくれる訳じゃないんだ…別にいいんだけども。
暇なので、彼の顔を観察する。目につくには真っ赤な髪。顔は…イケメンだ。めちゃくちゃかっこいい。この世界の人はみんなこレベルなのかもしてない。凹む…。しかも真っ赤ってことは魔力が強いんだろう。
いいなー
年は俺の最後の年より少し上ってとこかな。父じゃないだろ… 兄?まぁ、おいおい知っていこう。
本の内容は知っているし、さっきまでの魔法の練習で疲れていた俺はこの読み聞かせはいつ終わるんだろう、などと考えながら時間を潰した。