4-4 魔法と菓子
「 ねぇ、ソラ 」
「 なんだ?」
「 魔法のこと教えてくれない?」
二つの太陽が沈み、月が顔を出してからしばらく経った頃。
ソファに腰掛け、左の肘おきに体を預けたまま、俺のベッドを陣取っているソラに聞いてみた。
マティアスに聞いても良かったのだが、ものすごく長くて丁寧な解説が帰ってきそうな気がしたので一番話しやすいソラを選んだのだ。
「魔法か……。俺たちには草、火、風、土の魔法があるのはいいよな?」
「よくない」
聞いたことがない。当然のこととして片付けて、次の話をしようとしたソラを止める。
「これらは魔力が発現する程度あるものなら、誰でも使える。俺たちが使う魔法の力は必ずそのうち四つのどれかに属するわけだ」
「わかった。その中に氷はないの?」
「ないな。でもそれには数えられてない水はある」
俺は水は操れない。何回も挑戦しないと、氷の状態にしないと絶対に無理だった。
「初めから氷しか使えなかったけど……」
それはやはりおかしいんだろうかと思い始める。
沈黙の中、月を流れる雲が隠して部屋の明るさをゆっくりと変えていく。
気まずさに耐えきれなくなり、先に俺が口を開いた。
「それって普通?」
「絶対普通じゃない。というか、本当なら…… あー、お前ってやっぱりすごい。そして、おかしい」
ガシガシと乱暴に髪をかきながらソラは言う。
やっぱり変なのか。俺が一度死んでるから? 心当たりがありすぎて、逆に何が原因なのか特定できない。
まだドキドキしている心臓を悟られないように話題を変える。
「 ソラは、魔法はどんなの?」
属性は遺伝らしい。ウエストヴェルン家の人は火であることは間違いないが、ソラは何だろう。もう始めてあった時からたくさん話をしているのに、俺はソラのことをあまり知らないことの気がついた。
「俺は草だよ 」
「花咲かせたりするの?」
ガーデニングを楽しむソラの姿を思い浮かべてしまう。色とりどりの花に囲まれるソラ。意外とメルヘンな趣味を持っているのか。
「花!? まぁ、しないこともないけど」
「見たい」
なんで、そこでソラが驚くのかわからなかった草=花という発想がおかしかったのか。それともあれか。盆栽の方なのか。
「 んー。俺のはあんまり見せられるのじゃねぇから、またいつかな 」
「そっか……やっぱり……」
やはりその性格で趣味はガーデニングだったとはという目でみると、ソラに不思議を顔をされた。
新しい一面を見れた気がする。
それからもう少しお喋りをした後、ソラは立ち上がった。確かにそろそろ帰る時間だ。
「 お子様はもう寝ろよ。じゃ 」
「 お休み。あ…… 」
お休みと言った瞬間、ソラが消えてしまった。前にドアから出て行くのはダメ、と言ったら何故かその場で消えるようになってしまったのだ。いつもどうやって消えているのかわからないから次あった時に聞こうと思って忘れちゃうんだよな。
いつもならここでベッドに行き、大人しく寝るところだ。しかし、今日は違った。
さっき閃いたことを試してみないと眠れそうにない。
いつかのソラのように窓に足をかける。
氷結能力……。俺の魔法は他の人とは違う。それが何をもたらすか。注目されるかもしれないし、実験されるかもしれない。そしていつか魔法だけじゃない、俺が異質なこともばれてしまうかもしれないと思ったのだ。
手を伸ばし、窓のそばにまで伸びている木に乗る。
それでもマティアスは俺の魔法を見て、喜んでくれた。ソラもルクシェルさんもエドナさんもきっと……受け入れてくれるような気がする。あ、レオニートも。カシュバルさんはよくわからないけど、なんか不気味な感じが……。
俺は幹につかまり、枝に足をかけながらゆっくりと降り始めた。
とにかく、ウエストヴェルン家にきて居場所を見つけることはできたんだ。でも、これとそれとは話が違う。ウエストヴェルン家の迷惑になりたくないというのもある。
しかし、考えてもみてほしい。俺はもうすぐ学校に行くことになる、と思う。そのとき、どうだろうか? 転校生というだけで遠巻きにされ、魔法が変という理由で友達が一人もできなかったら。
最悪じゃないか。
「 あっ 」
地面が近くなってきたとき、かけようとした足が見事に宙をきった。思わず手を離してしまい、地面にぐしゃりと落ちた。昨日雨が降ったせいで服に泥がべったりとついている。
部屋に戻ったら着替えよう。マティアスに見つかったら怒られそうだし。俺のは服なんていちいち覚えてないよな。バレないようにこの服は洗濯してもらえばいい。
そんなことを思いながら地面にしゃがみ込んだ。
さて、準備をしよう。
♢♢♢♢♢
「 清燗 」
部屋に戻った俺は魔法で清燗を呼び出した。
「 何?」
眠そうな様子の小清燗が現れる。
こいつは一体どういう仕組みで出てくるんだ? 勝手に出てきたかと思えば、
昔のようにそこらへんの水から作っても同じ清燗になる。いつか調べる必要がある。でも、今は……
「 ちょっといいか? えい 」
右手で油断している清燗の首根っこを掴み、同時に左手を袋の中に突っ込んだ。
「 何をするんだ!」
「 まぁまぁ。すぐに終わるからさ 」
袋から出てきたのは泥だらけの手。その手が自分に近づいてくるのを見て、清燗は身を捩って逃げ出そうとする。
「 汚いっ 」
「 取りたてだから新鮮だよ 」
しかも誰も踏んでない場所からとってきたのだから汚いわけがない。気が済むまで清燗を泥だらけにしてから開放した。
散々暴れまわって疲れてしまったらしく、自分の姿を見て茫然としている。
「 ひどい…… 」
「 やっぱり無理があったかな。これだと、激しく動き回ると土をつけただけってわかるか。周りだけじゃなくて泥水から体を作ればうまく行きそうだな。もう一回やっていい?」
俺は水でも氷でもなく、土の魔法として通るかやってみたかったのだ。色々と制約がつきそうだが、意外とうまくいくことがわかり、満面の笑みで清燗に問いかけた。
「 絶対やだっ!もう怒ったぞ。帰る!」
「 ごめん!どーしてもやりたかったから 」
どうもいたく彼のプライドを傷つけてしまったらしい。全力で拒否して、ドアの方へ消えてしまった。
そんな怒らなくてもいいのに。俺だってさっき泥だらけになったし。
「 子どもはそれぐらい泥んこになって遊ぶもんだぞー!」
一応叫んでみたが、返事は帰ってこなかった。お詫びに今度何処かへ行こうと誘ってみよう。
清燗は子供なのに遊んだりしなくていいんだろうか?いつもフラフラしてるみたいだけど。
「 寝るか。ん?」
綺麗な服でベットに入った時、廊下から変な音がした。それは清燗が出て行った方だ。
様子を見に行くべきかしばし考える。怒ってたし、清燗の性格を考えれば、さっきのことを思い出して八つ当たりをしている可能性が非常に高い。ということは顔を出せばとばっちりをくらうに違いない。いや、俺が悪いんだからとばっちりではないか。
とにかく、怖いからここを出るのはやめよう。
そう決めて、今度こそ眠りについた。
♢♢♢♢♢
「 おい! 金目のものはどこにある?」
「 この先だ!」
ウエストヴェルン家の屋敷内に、十数人の襲撃者が入った。いくつかのグループに分かれ、屋敷中を動き回る。
西の要塞、本邸に方ならともかく、ここは王都邸。それに加えて当主は本日不在だで、いるのは息子二人と娘一人。それでも厄介なのには変わりないが、次男の方は体調が優れないという噂があった。
残るは情報が少ない長男だが、夜中のこの時間に油断してない奴などいない。数もこちらが勝っている。こちらはプロだし、娘は子どもだ。
腕に自信がある盗賊たちは足取り軽やかに走っていた。
「 あれは何だ?」
仲間のうちの一人が前方を指差して、声をあげた。指差ている先をみると、白っぽい目が浮かんでいる。
「 うわっ 」
その二つの目がギロリとこちらを向いた。
思わず後ずさりをするが、得体のしてないそれはゆらりゆらりと確実に近づいてくる。
「 今、僕すごく機嫌が悪いんだ。だから一緒にあそんでよ 」
子どものような無邪気な声があたりに響く。
「 うっ 」
当惑していると、次々に仲間の呻き声が聞こえてくる。
何が起こっているんだ!
しかし、それもつかの間。残ったのは自分だけになる。倒れる直前、暗闇に慣れてきた目で謎の襲撃者を一瞬捉えた気がした。透けた子どもの体。そんなことあるわけない。やっぱり気のせい……か……。
「丁度いい。エルへの嫌がらせに部屋の前にこいつらを重ねとこう 」
透き通った声が闇に消えていく。その後、子どもの足音と、廊下で何を引きずる音がした。
「 やっぱりクッキーで許してやろう 」
暫くして、考え直したらしい。香ばしいクッキーのことを考えているのか、次第に上機嫌になっていく。
その後ろには、積まれた男たちの山ができていた。




