4-2 矮鶏と試験
音のする方へ走っていると、建物の中心から外れた裏寂れた中庭のようなところへ出てしまった。
まぁ、でも人に会えさえすれば職員室に行けるのだから構わないだろう。
歩きながら息を整え、角を曲がる。
「 大きい…… 矮鶏だ…… 」
そこにいたのは鳥だった。乱暴に足を揺らし、その度に金属の足枷が大きな音を鳴らしていた。
小学校で飼育している鳥だろうな。大きいのは異世界サイズってことか。先程つい言葉にも出てしまったように、形は昔見た矮鶏に似ていた。
あの時の矮鶏の数十倍ある分、可愛さも若干減っている気もしなくはない。
知らない人が来たからか、より一層激しく矮鶏は暴れ始めた。
「 落ち着けって 」
このまま暴れたら金属の枷で足を怪我してしまうかもしれない。それは可哀想だ。
撫でてやったら安心するんじゃないかと考え、ゆっくりと近づく。
しかし、それも数歩で止まってしまう。そのまま近づいても、怖がらせるだけだ。どうしたら正気に戻してあげられるだろうか。
俺が一人考え込んでいる間にも、矮鶏は絶えず金属音かき鳴らしていた……はずだった。
「 待てよ 」
さっきまで遠くにいたはずの矮鶏君がこちらに向かってきている気がする。羽を広げ、こちらを真っ直ぐ見つめたまま。
これは俺が仲良くしたいという気持ちが伝わった結果、鎖を引き千切って来てくれているのか、それとも……。いや、人のことを始めから悪く思うのは良くないな。
後ろに逃げるか、助けを求めるか。俺が咄嗟に思いつけた選択肢は二つ。残念ながら助けを求める相手がいなかったからこんなところにいるんだし、後ろに逃げるにしてもいづれは追いつかれると思う。
後ろがダメなら、残された道は一つ。
慌ててカバンに手を突っ込み、革製の水筒を取り出す。焦れば焦るほどぶれる手で乱暴に蓋を取ると、反対側の左手に撒き散らした。そして、目の前の光景から目を離さずにその場にしゃがみ込む。
距離はどれくらい必要か……
「 間に合えっ……!」
言い終わる前に、矮鶏君は先程まで俺が立っていた場所に突っ込んでいた。
体を襲う痛みはなく、直前に瞑ってしまった目を開いて状況を確認する。
嬉しいことに、矮鶏君は俺の予想以上の反応をしてくれたようだった。スピードがあったからか、体が大きいからか。
俺のすぐそばにしゃがみ込んでいる矮鶏君はおとなしい。
そのすきに……と、背中に回って抱きついた。空気を含んだようなふわりとした羽毛に包み込まれる。そのまま顔も埋めてみる。ちょっと臭いけど、ふわふわで気持ちいい。
その柔らかさを堪能していると、背中に標的が乗っていることに気づいたらしく、矮鶏君は急に狂ったようにもがき出した。
矮鶏君の足に当たり、転がっていた水筒がさらに遠くへ蹴られる。もう水は一滴も入っていないだろう。代わりに地面はスケート場のように氷が張っていた。そのため、もがくと余計に足元をすくわれてしまう。先程も、氷で滑って俺を攻撃し損ねたのだ。あれだけ勢いよく走ってくれば急には止まれない。
振り落とされないようにしっかりと首に手を回して掴まる。
「 暴れるんなって。別に焼き鳥にしようって言ってる訳じゃないんだから 」
伝わるかは分からないが、声がけは大切だ。
焼き鳥。こんなに大きな鳥だったら、長い串がいるなぁ。甘辛なタレをたっぷりつけて、直火で焦げ目がつくまでじっくり焼いて……
「 おっと 」
妄想に気を取られているうちに腕に力を込めすぎていたみたいだ。慌てて手を離す。さっきまでの暴れようが嘘みたいに矮鶏君がグッタリとしていた。
「 おいおい、そのままじゃ本当に焼き鳥に…… 」
されてしまう。俺じゃなくて、校長なんかにな。
すると、矮鶏君は突然元気を取り戻したようで、プルプルと身を震わせ始めた。まるで、言葉が分かるかのように。
「 俺の言っていること、わかるか?」
そう聞くと勢いよく首を回して、背中に乗った俺を大きな丸い目でじっと見てくる。
これは言葉をある程度理解しているのか。やっぱり体が大きい分脳も発達しているのかな?
しかし、さっきから一度も喋らないところからすると、話すことはできないようだ。
「 じゃあ、職員室の場所を教えて欲しい 」
話の通じる相手に今、聞きたいことはただ一つ。ようやく思い出したが、もう遅刻していると思う。方向を指し示すだけでもいいから教えて欲しかった。
「 うわっ 」
羽毛の中で体が回るように跳ねる。矮鶏君が体を揺らしているのだ。
なんだ、なんだ?
突如、左右後ろに砂埃が舞い始め、その隙間から後ろに流れゆく景色が目に入ってきた。
ピシピシと頬に当たる風が痛い。
矮鶏君の足枷が外れていたことを忘れていた。俺のためにわざわざ職員室まで送ってくれようというのか。
なんていい矮鶏なんだ。俺はいたく感激した。
さっきまでの攻撃的な姿勢も我を忘れてやってしまったことに違いない。きっとそうだ。それに対して、一瞬でも焼き鳥のことを考えた自分が恥ずかしくなった。
その間にも、矮鶏君の走りは止まらない。時々、急ブレーキをかけて激しく揺れることがあっても、彼の体が衝撃を受け止めてくれていた。
「 ありがとな 」
ドアの前で降ろしてもらい、矮鶏君にお礼を言う。
ふんふん、と頭を下げられた。
撫でろってことか。
「 ちゃんと元の場所に戻るんだぞ。試験受かったら行くから、また遊ぼう。じゃあな 」
矮鶏脱走の罪で落とされたら堪らない。まぁ、こんないい矮鶏だったらそんな心配ないだろうけど。
廊下一杯の巨体を揺らしながら、元来た道をかけて行った矮鶏君を見送り、職員室らしき部屋のドアに手をかける。一度深呼吸をし、俄かに早い鼓動を打ち始めた心臓を落ち着かせる。
さあ、ここからが本番だ。
♢♢♢♢♢
「 では、君。魔法は使えるかな? 何でもいいからやってみて 」
筆記試験はできた。小学校入学テストには流石にできるみたいだ。
試験を受けるのは俺一人で、試験監督の先生と二人っきり。一度外で大声がして、先生が何処かへ行ってしまったこと以外は特に何もなかった。見張られなくても、そもそもカンニングする相手すらいないのだから、それも問題ない。
制限時間内にとき終わり、試験終了を申し出た。
「 悪いけど、まだ試験があるからこっちに来てもらえるかしら?」
帰り支度をしていると、試験監督の女の先生に声をかけられた。
やってない科目なんてあっただろうか。支度を終えた俺は先生に導かれるまま次に部屋に。
「 そこに座って 」
案内された部屋は殺風景な部屋だった。言われた通りに椅子に座る。
その椅子の前には机がなく、少し離れたところにおじさんが座ってこっちを見ていた。
「 エル君…… だっけ 」
「 はい 」
この感じは面接、だろう。手を膝の上で重ね、意識してしっかりと返事をした。
「 何でもいいから魔法を使ってもらえるかな 」
魔法の試験だったらしい。突然言われても、何をしたらいいか困ってしまう。
でも、ここは思いっきり魔法を見せないといけないな。こうやってきちんと魔法を使うのは初めてかもしてない。
何をやろうか。
殺風景な部屋を見回すと、右手の窓から中庭が見えた。中庭には大きめに池がある。
「 いきます 」
「 ああ…… 」
窓の外をじっと睨む。
男がじっと黙り、俺も口を閉ざしたままだ。
「 できました 」
「 君、ふざけているのか 」
苛立ったように言われて、俺は焦った。
「いえ、ちゃんと魔法使いました。見て下さい!窓の外に
……」
こんなんじゃ全然だめだということなのか。
「 魔法が使えないなら、最初からそういえばいいんだよ。じゃあ、もう帰っていいから 」
「 え? あの…… ちょっと…… 」
男はうんざりした声で俺にそう言うと、外に出て行ってしまった。
よく考えたら先生がいた位置からは池が見えない。透視の魔法を使って見てたなんてことも考えられるが、あの人を馬鹿にしたような感じはムカついた。
これで落ちてしまったら困る。
俺は職員室によってもう一度話を聞いてもらおうとしたが、相手にされず、近くにいた女の先生に追い出されてしまった。
「 エル様、どうされましたか?」
とぼとぼと学園の門へ辿り着くと、マティアスがお迎えにきてくれていた。
「 ダメだったよ……ごめん…… 」
とりあえずマティアスには謝っておきたい。受かるかどうかは魔法の試験と学科試験の比率によると思うんだ。
不思議そうな顔をしているマティアスに事情を簡潔に話す。詳細までいう元気はなかった。
「 魔法の試験があったんだけど、うまくいかなくて 」
俺の言葉にしばらく考え込んだマティアスが独り言にも俺に話しているようにも取れるような話を始めた。
「 魔法がいけなかったのでしょうかね 」
「 中庭の池を全部凍らせてみたんだけど…… 」
「 魔法の試験は点数化されないはずですし…… ん?すみません 」
「 本当? 良かった! なら、受かるかもしれない 」
助かった!
急に安心したと同時にウキウキしてきてつい走り出してしまっていた。
横をみると、マティアスがついてきていない。
「 マティアス!買い物行くんだよね。早く行こう!」
後ろを振り返って、呼びかける。
「 池を…… え!? エル様!」
「 何言ってるか分からないから、先いくね 」
マティアスは何と言っているのか。それは心踊る俺にとってささいなことだった。
「 もう少しお話を!」




