4-1 食事と兄弟
「 入学試験?」
「 そうです。以前お話した学園の入学試験を受けてみませんか?」
学校に行きたい。マティアスの言葉に頷き、再び王都にやって来た。
滞在場所はもちろん、王都のウエストヴェルン家別邸である。
流石に本邸よりは小さいなと思ってしまったあたり、俺の感覚はだいぶ鈍ってきているらしい。行きに見てきたどの家よりも大きなお屋敷の部屋に案内され、部屋で少し過ごした後、夕飯に呼ばれた。
本邸とどことなく似たような雰囲気の廊下を通り、食堂についた。まだ俺とマティアス以外いない。
いや、屋敷についてから使用人の人たち以外にはまだ会っていなかった。
マティアスに引いてもらった席について、二人で料理を待つ。
「 お待たせしました 」
目の前にお皿が置かれ、ようやく来た!とスプーンに伸ばしかけた手が止まった。
待てよ?
ぎぎぎ…… と壊れた人形のように首を捻る。見たくない、でも確認したい。
「どうかされましたか?」
やっぱりそうだった!
俺の後ろに立っていたのは紛れもなく、リチャードさんであった。
「なんでもないです…… 」
すぐに前を向き直して、自分を落ち着かせる。
俺を見送ってくれたはずなのに、なんでいるんだ? 双子なのか?
マティアスが前に教えてくれたじゃないか。考えるな、リチャードさんに関して考えたら負けだ。
でも、なんで……
しかし俺の思考は新たな人物の乱入に気づいたことによって遮られることになった。
「おかえり、マティアス」
俺は一瞬見えた光景にギョッとして、前に座っているマティアスをまじまじと見る。
「やめて下さい」
マティアスが見たことがない女性に腕をとられていた。マママ……マティアスが女性に絡まれている!
見てはいけないと思いつつも、すぐ前で食事を取っているので、どうしても目が離せない。
「本当にやめて下さい、その格好。もう少しなにかあるでしょう」
「夜会から帰ってきたばかりだからしょうがないだろう?」
相手の女性は彼女だろうか。この家にいるということは同棲をしている相手!?
随分親しそうだが、もしかして結婚していたとかいうおちじゃないよな。
俺はこっそりと観察を続ける。綺麗で、少しきつめの顔立ちはルクシェルさんに似ている気がする。服装もルクシェルっぽいし……。
まさか!俺は気づいてはいけないことに気づいてしまったようだ。
「エル様!?」
「ごめん、やっぱりお腹空いてないみたい」
マティアスがマザコンだったという衝撃的事実のせいですっかり食欲が失せてしまった俺は静かに席を立った。
今日は、部屋に戻ろう。色々と考え直した方が良さそうだ。
目を合わせてもらえなかったマティアスはエルを引き止めることもできずに立ち尽くす。
「兄様のせいでエル様に嫌われてしまったではないですか!いい年して、兄様大好きだと思われてしまったかもしれません。ああ、どうしたら……」
「いいじゃないか。しかし、彼もまた美しい。気に入ったよ」
女性が事も無げに自分の髪を引っ張ると、ずるりと落ちて、地毛が現れる。マティアスと全く同じ赤い髪もまた、また綺麗な長髪であった。
「私はよくありません!エル様にちょっかいを出すのはやめて下さい 」
事態はもう少し深刻である。
♢♢♢♢♢
さて、今日は入学試験の日である。
学園に行くため、俺とマティアスは二人並んで街を歩いていた。学園まで馬車を出すか聞かれたが、街を直接見てみたかったので断ったのだ。
「 エル様、試験の帰りに入学に必要なものを買いに行きましょうか。家に呼んでもいいのですが、王都の商店は一度見ておいて損はないですよ 」
お店はぜひ見たい。でもにこやかなマティアスとは対照的に、俺はぎこちない笑顔を浮かべて言った。
「 試験に受かるか分からないから…… 」
受験前なのである。緊張して夕べも中々寝付けなかった。久しぶりのテストに今だって足がガタガタだ。落ちたらウエストヴェルン家の人に申し訳なくて、合わせる顔がない。しかも、受かるのを前提で買い物まで行こうとか言っちゃっている。
悪気はないのだろうが、これ以上プレッシャーをかけるのはやめてくれ。
「何をおっしゃっいます。 エルメル様は天才ですよ」
心配などみじんもしておりませんよとあっけらかんした様子でマティアスが言う。
「でも、レオニートが馬鹿だって……」
そして、あれから誰も勉強をしましょうとは言わなくなったのだ。俺の前で勉強というワードが禁句になってしまったかのように。
きっと見限られたんだろう。
「 レオニートが? その話、詳しくお話してもらっても宜しいですか?」
マティアスが足を止め、にっこりと俺に聞いてくる。
さっきと同じ笑顔のはずなのに、明らかに目が笑っていないマティアスに向かって、さっきの緊張も忘れて首を縦に振った。
「お分かりになりましたか?」
「わ、わかった」
学園の前でマティアスが俺に確認をとる。あれからここに着くまでずっと、俺の頭は悪くないんだということを語られていた。どうもレオニートの言葉は誤解だったらしい。
結局、あの馬鹿の意味はわからなかったが、マティアスのお世辞分を引いても学園の試験は大丈夫そうだった。それを聞いて、一安心したと同時にレオニートに殺意を覚えたのは言うまでもない。
「 帰りは迎えにまいります。エル様、頑張ってください。いや、エル様は頑張る必要はありません。自然体が一番…… でも…… 」
「 頑張るよ 」
このまま話を聞いていたら、試験に遅刻する。
俺はマティアスに軽く手を振って、学園の敷地に足を踏み入れた。
学校とは思えないほど広々としている。授業時間なのか、休みの日なのかは知らないが、人気が全然なかった。
だから迷子にだってなる。建物の中には入れたけど、職員室の場所がわからない。
時間に余裕を持って来たはずだけど、悠長に道に迷っている暇はなかった。
どうしよう。
落ち着け。学校なんだから誰かが何処かにいるはずだ。
それに……ここで道案内をしてくれた子と偶然同じクラスで、そのまま始めての友達にってことになるかもしれない。
切羽詰まっている状況での現実逃避だということは分かっている。
当てもなくフラフラと彷徨っていると、ガチャガチャと音が聞こえてきた。
……助かった! 待ってろ! 俺の初めて友達になるかもしれない人!
俺はその金属音に向かって走り出したのだった。




