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第三王子エルメル  作者: せい
ウエストヴェルン家編
35/49

3-13 菓子と視線

 


「 エル坊ちゃん、終わりですね。またこちらにいらしたときは一緒に料理しましょう 」


「 ありがとう 」

 俺は最後まで応援してくれたコックさんにお礼を言った。


 廊下を歩きながら、手の中で包みを弄ぶ。

「 これ、持っていきな 」

 部屋を出るときに、こっそりクッキーを貰ったのだ。見習いの人がこっそり手に握らせてくれた。最初の頃、よく怒鳴られてた人だ。まあ、今も上のコックさんに怒鳴られてることには変わりないが。


 結局刃物を振り回すピェットさんの料理は危険だということで副料理長が簡単な料理を教えてくれた。でも、残念ながらそれも今日で終わりだ。



 もうそろそろ時間。思っていたよりも時間をかけてしまったなと早足で、玄関ホールに向かう。

 長い廊下はこういうときに困る。なかなか目的地につかないのだ。


「 お待たせ 」

 大量に荷物に囲まれながら周りの人たちに指示を出しているマティアスを見つけて、階段を駆け下りた。


 マティアスが俺の姿に気づく。

「 もう宜しいのですか?」

「 うっ 」

 うん、と答えようとしたのに、喉から潰れた声が出た。突然、身体が押しつぶされたのだ。


「 エルちゃん、もう行ってしまうの?」

  「 ええ 」

 ルクシェルさんに強く抱きしめられていて喋れない俺の代わりに、マティアスが答えてくれた。


「 私も行ってしまおうかしら 」

「 それは駄目です、奥様。お仕事がありますから、しっかり働いてください 」

 リチャードさんがルクシェルさんの力が弱まった隙に俺を引っぺがす。

「カシュバルはいつ、一人前になるのかしら? マティアス、向こうに行った時に言って置いて頂戴 」

「 言うことは言いますが、兄さんは自分の手には負えませんよ 」

 そうか。マティアスはお母さんとまた別々に暮らさなきゃならなくなるんだ。親子水入らずの時を邪魔してはいけないと思い、マティアスのそばを離れた。


 そういえば、レオニートは一緒に来るのだろうか。リチャードさんもシュリさんもここにいるから残るのかもしれない。もしそうなら、少し寂しいな。

 ここで過ごした時間の半分くらいは穏やかで、そして賑やかだった。レオニートともかなり仲良く慣れたと思う。


「 エドナさーん!」

 レオニートの声だ。

「 何でしょう 」

 玄関ホールで忙しそうに準備をしていたエドナさんに目を向けると、近寄ってくるレオニートを迷惑そうに見ているところだった。


「 エドナさん!一緒に幸せな家庭を築きましょう。好きです! 俺と結婚して、ここに残って下さい!」

 突然始まったプロポーズに、周りの使用人がギョッとして荷物を落としてしまった。


「 嫌です。私は一生、エル様について行きますから 」

 そう言うと、エドナさんは片手で近くに落ちた荷物を拾い上げている。


「 それなら、俺も王都に行きます。一生、死んでもエル坊について行きますから!」

 全員に聞こえるような大声で宣言をし終わった時には、もうエドナさんは居なくなっていた。荷物を積みに行ってしまったのだ。その光景を初めて見た人以外は、たんたんと仕事をこなしている。

「 というわけで、エル坊、よろしくな 」

 レオニートに手を握られ、さっきの気持ちは何処かへ行ってしまった。

 やっぱり、マティアスだけでいい。それで十分だ。




「 参りましょうか 」

 準備も終わり、マティアスの言葉に頷く。同時に大きな扉が開かれた。


「 いってらっしゃいませ 」

 そこに待っていたのは、もちろん見たことのある顔。ずらりと門まで並んでいる。


 俺は深呼吸をして、屋敷の外へ足を踏み出した。

「 いってきます!」

 ここにきた時と同じ光景なのに、全然違う。変わったのは、自分だ。


 真っ直ぐに伸びた道の向こうには馬車が止まっている。羽を広げた鳥が描かれた真っ赤なウエストヴェルン家の紋章がついた布地をはためかせて。



  ♢♢♢♢♢



 馬車に乗り込む前、ポケットの中でカサカサと音がした。さっきのクッキーだ。

 馬車の中で食べよう。

「 楽しみだな 」

 なんか遠足に行く子どもみたいに思われるかもしれないけど、ウエストヴェルン家特製クッキーは本当に美味しいんだ。

 想像して思わず笑みが溢れたが、誰かに見られていたら怪しまれるので、すぐに顔を引き締めた。


 しかし、隣にいたマティアスには絶対に気づかれたと思う。その証拠にじっとこちらを見ているのを感じる。

「 ……あげないよ 」


 そんな物欲しそうな目をしたって一枚もあげるつもりはない。取られたらいけないので、先に牽制しておこう。マティアスは甘いものなんて興味ありませんという顔をしているのに、甘党なのか。

 面白いから少し意地悪してみよう。


「見せてはあげるよ」

 見せてあげるけど、食べさせてはあげない。少ししかないのだから、大切に食べないと。これは頑張った人に対するご褒美なのだ。少し優越感に浸って、くすりと笑った。


 それでもマティアスが俺を凝視しているので、だんだん不安になってくる。

 怒っているのか?

 それとも、さっき一枚つまみ食いをしたのがばれているのか?

 遅いかもしれないが、ペロリと唇を舐めて証拠隠滅を図る。


 それでもまだ見てくるマティアス。


 怒っているのかもしれない。


 こいつ、どんだけクッキーが好きなんだ?


これでこの章は終わりです。お疲れ様でした。


更新だいぶ遅くなってしまいました。書いてはいたんですが、タイミングを見失ってしまって……。次はいつになるかわかりません。

皆さんの暇つぶしでもなるとうれしいです。

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