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第三王子エルメル  作者: せい
ウエストヴェルン家編
34/49

3-12 名前と星空

 


 それはある夜のこと。


「お前に頼みがあるんだ」

 いつもと同じようにマティアスにおやすみを言い、一人になった時、突然部屋に不法侵入者がやってきた。


 どこだ? どこから入ったんだ? 混乱した頭で部屋を見渡すと、何時の間にか確かに締めたはずの窓があいていた。

 そろそろと後ろに下がりながらいつでも大声で叫べるように身構える。灯りがついていない部屋では相手の場所もよくわからない。それがさらに恐怖をあおった。


「 誰?」

 心臓が早鐘を打つ。それでも、ゆっくり深呼吸をして動揺していることを悟られないように聞く。

「 俺は…… 」

 なぜかそこで口を噤む侵入者。沈黙に唾を飲み込み、途切れた相手の言葉を待った。


「……俺だ」


 何も言わないから不思議に思ったのかもしれない。彼は俺に問いかけてきた。

「驚かないのか?」

 十分驚いている。暗いから俺のびっくりした顔が見えないのだろう。

 異世界版新手のオレオレ詐欺じゃないか。しかも、それだけじゃない。あれは電話だから成立する詐欺であって、直接言いにきたらだめだ。こいつは知らないのか?


 次第に闇に目が慣れてきて、相手の顔がぼんやりと見えるようになった。相手の顔を確認する。見たことない顔だ。思ったよりも若い男、いや子どもじゃないか。


「 取り敢えず座ろう 」

 俺を襲おうとしているわけではないことが分かったので、毛布を捲り、ベッドに座るように促した。


「 俺を影にしないか?」

 知らない言葉だった。

「 影……?」

 戸惑いながら口にする。それがこの世界の常識で、変に思われたらどうしようと不安に思いながらの質問だった。


「 あ? 影っていうのはあれだ…… えっと、お前の仕事をサポートしたりする仕事…… かな?」

 彼の様子から知らなくても問題ないことばだったらしいと分かる。語尾が疑問系なのが気になるが、言葉の意味は理解できたし、この子が何のために来たのかわかった。同時に彼が道を踏み外した少年ではないと分かり、安堵した。


「 理由を聞かせて欲しい 」

 わざわざ俺のところにきた理由が知りたかった。若い彼になら他の選択肢が沢山あっただろうに。

「 それは…… お前が面白そうだと思ったんだよ! それだけだ! あと、小鳥が…… 」

 彼は照れたようにごにょごにょと小鳥が可愛いしと呟いていた。俺が作る氷の小鳥を知っているらしい。清爛じゃないところが通だな。


「 そうか 」

「マティアスの許可も取ってある 」

 彼は随分と準備がいいタイプらしい。それは大歓迎だ。でも……


「 だめだ 」

「 何でだっ!? 俺じゃ、力不足か?」

 否定するために横に首を振る。そうじゃないんだ。


「 僕はまだそれを決める資格がないんだ。だから、大きくなって資格を得たその時にまだ影になってもいいと思っていたら頼んでいいかな 」

 俺としては彼になって欲しいと思うが、今はまだ早い。時間がかかるかもしれない。それでも彼は待っていてくれるだろうか。


「 資格……?」

 彼は不思議そうに俺の言葉を繰り返した。

「 僕はまだ何も持ってないんだ。でも、絶対手に入れてみせるから 」

 無力な自分を痛感し、手のひらを見つめる。

「 やっぱり、お前を選んで良かった。俺の勘が言ってるんだ。お前といれば、面白いものが見れるって 」

 嬉しそうに彼は言うが、別に面白いものは見られないと思ったが、取り敢えず曖昧に笑った。嬉しそうな彼に水を差したくなかったのだ。


 それから暫く二人で話をした。

 彼は今も影として働いていると言い、その時がくるまで、彼は今までの仕事を続けることになった。



「 これからよろしく…… 」

 握手をしようと手を伸ばしたが、彼の名前が分からず、口ごもる。


「 影と呼べばいい 」

 彼は俺を見て、素っ気なくそんなことを言った。


「 駄目だ。影とは呼べない。僕にとって君は影じゃない 」

 暗闇に浮かび上がる彼の真剣な瞳がじっと俺を見つめている。


「名前は?」

 彼は答える気がないのか、黙ったままだった。はっきり見えなくても、その目はまるで鉱石のようで、何も映ってなかったように思う。


「うーん……困ったな」

 なんて呼べばいいだろう。どうしようかと視線がフラフラと部屋の中を彷徨う。その時、風に吹かれたカーテンが舞い上がり、星が綺麗な夜空が目に入った。


「そうだ! ソラ…… ソラと呼ばしてもらう 」

 名乗るつもりはないのか、彼に名前がないのかは知らないが、影だなんて呼べない。それなら、勝手に呼ばせてもらおう。


「ソラ……?」

「気に入らなかった?」

「ちげーよ!何だっていい!別にそんな名前なんかなくたってかまわないし……」

 ソラの顔はうつむいていてこちらからは見えなかった。嫌じゃなかったならいいんだけど。


「そっか、それじゃあ、よろしく、ソラ 」

 おずおずと伸ばされた俺のより大きい手を引き寄せて、しっかりと握手をした。




「じゃあ、俺行くわ。困ったことがあったらすぐ呼べよ、エル 」

 ソラが窓に足をかけたまま、振り返った。

「うん。仕事ない時は遊びにきて 」

 彼氏が彼女に言うような言葉を残して、窓の外に体を投げ出したかと思うと、やってきたときと同じように忽然と姿を消したソラ。


「ほんと、なんだったんだろう……? しかも携帯ないのに、どうやって連絡するんだ?」

 まぁ、いいか。夢に一歩近づき、気分がいい俺は特に気にすることなく、窓を閉め、カーテンを引いた。

 雲に隠れていた月が出て、少し明るくなっていたが、もちろんソラの姿は見えなかった。実は飛び降りて、下で潰れてないか心配だったのだ。

 始めと同じようにベッドに潜る。



 すごくびっくりしたけど。

 肌触りのよい毛布を頭まで引き上げながら、さっき起こったことを思い返してみる。


 やる気のあるスタッフの人が見つかって良かった。一緒に天下一喫茶店を目指そうじゃないか。

 ちょっと常識がないことがネックだな。家と部屋には出入り口というものがあることを教えてあげないといけない。まずはそれからだ。


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