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第三王子エルメル  作者: せい
ウエストヴェルン家編
32/49

3-10 料理と外出

 


 ああ……さっぱり忘れていた。


「 一体どういうことですか!」

 マティアスのめったに聞かない大きな声が耳に響く。


 今日はルクシェルさんに誘われて街に行くから早く起きなければいけない日だったなんて。


「 朝、お部屋に行ったら、エル様がいらっしゃらなくて、どれだけ心配したと……!」

 洗い物を終えてそろそろ部屋戻ろうかと思ったとき、マティアスが調理場に飛び込んできたのだ。ぼーっとそれを見ていると、俺の前に仁王立ちをなったマティアスが怒り始めてしまった。


「 エル様、聞いてますか!」

 マティアスを心配させてしまったらしい。確かに子どもが朝いなかったらびっくりしないはずがない。

 そもそもなんで洗い物のことをマティアスに言ってなかったのだろう? 今更不思議に思う。

 最初から言ってれば心配させることもなかったんだ。


「 ごめんなさい 」

 自分が悪かったと思った俺はぺこりと頭を下げて謝る。そして、言葉を続けた。

「 明日からは 」

「 だめです! エル様、何をおっしゃっているのか…… 」


「 あら、そんなんじゃだめねぇ 」

 明日からと言ったことで余計怒らせてしまったらしい。どうしようかと身をすくめたとき、ルクシェルさんがやってきた。その後ろには朝からバッチリ決めているリチャードさんも立っている。まあ、ここに来てからリチャードさんがOFFモードの時なんて見たことがないけど。


「 母様は黙っていてください!」

「 黙るのは貴方よ。叱る前には理由を聞きなさい、理由を 」

 ビンッと弾けるような音はしたかと思うと、マティアスがさっきいたところから数メートル離れたところに飛ばされていた。思わず、視線がマティアスとルクシェルさんの間を往復する。

 額を押さえてるマティアスと扇を手のひらに打ち付けているルクシェルさんを見る限り、扇で叩いたんだろう。扇から白い煙があがっているのは見なかったことにした。


「だから子育ても経験していないような若造はだめなのよ」

 ルクシェルさんが吐き捨てるように言う。実の息子に対してずいぶんないいようだが、誰も気にしている様子はない。



「 さっき聞いたわ。エルちゃん、お手伝いしてくれていたんでしょう? うちのコックは優秀なのだけれど、数が足りなかったみたいね 」

 そういうルクシェルさんの背後では優秀なコックさんたちがゾンビのように働いていた。朝のこの時間、いつもの光景だ。


「 奥様それには及びません。手が足りないなら各自が三倍働けば良いだけです 」

 リチャードさんの発した言葉を聞いて、一斉に手を止めるコックさん。


「 その通りだ! なぁ、みんな?」

 それに追い打ちをかけるように何時の間にか現れた大きいコックさんが豪快に笑いながら他の人に呼びかける。

 日に焼けた肌に白い歯とコック服が眩しい人だ。話し方からすると偉い人何だろうか?

「 う……うす…… 」

 なんとも悲しそうな顔で口々に返事を返す他のコックさんたち。全然大丈夫そうじゃない。三倍働けだなんて、どんな鬼畜の所行だ! このままではみんなが死んでしまう! ここは俺がはっきり否定しないといけない、そう俺は判断した。


「 違うんです。僕は料理がしたくて 」

 だからやってただけなんですと言って、ルクシェルさんを見上げる。これがすべてではないにしろ、理由の一つだ。


 しかし、それに一番に反応したのはルクシェルさんではなく、大きなコックさんだった。

「 がははは! やっぱりそうだったのか! 」

 俺の言葉が面白かったのか、楽しそうに笑っている。特に面白いことを言ったつもりもなかったので、はぁと間の抜けた返事しかできなかった。


「 私が料理を教えてあげよう 」

 今度はコックさんだけじゃない、部屋にいた俺以外の全員の動きが止まった。

 なぜだ?

 理由を考えているうちに、俺は料理台の前に連れていかれる。今からさっそく教えてくれるみたいだ。机の上にはまだ調理されていない生のお肉が置かれていて。調理器具を出そうとコックさんはしゃがみ込んでいる。それにしても、このお肉は何の肉なんだろう。


「 やっぱり料理はすばらしい。その極意は戦いに通ずるものがある。そう思うだろう?」

 自分で言っておきながら、うん、うんと一人で頷くコックさんに視線を戻す。どうも俺に返答を求めていたわけではないらしい。


 少し変わった人なのかなと思い、すぐに自分の考えを否定する。こんなことで変わっているといっていたらやっていけない。今はだいぶ慣れたものの。ウエストヴェルン家の人たちはみんな個性的だ。


「どれか使ってみるかい?」

 包丁でも選ばせてくれるのだろうか? まだ慣れてないし、大きいものは手を切りそうで怖い。


「小さめの……」

「小さめのね! それならこれだな」

 はいっと威勢のいい声で渡されたものを見て、声にならない悲鳴を上げる。


 それは明らかに包丁というより限りなくのこぎりに近い代物だった。滑り落ちそうになって、慌ててつかんだところが刃の部分だったらしい、鈍い痛みとともに、少量の血が流れた。俺の鮮やかな赤で、刃が濡れる。

 さっと青ざめて、コックさんに助けを求めた。


「血……」

「平気さ! 料理は少しくらい血を流しながら、やった方がうまくなるもんさ!」

 眩しいほど白い歯で、笑うコックさん。


 違う、俺のやりたかった料理じゃない。

 有無を言わせず、肉をさばき始めたコックさんにそう伝えることはできなかった。




「 エル様! 死なないでください!」

 マティアスが再び叫ぶ。


「 大丈夫だよ…… ただちょっと…… 体が痛いんだ 」

 ちょっとというよりかなり痛い。全身が痛い。

 ピェットさんの楽しい料理教室第一回が終わった。

 周りのコックさんたちも心配する声をかけてくれているのがわかった。いい人たちだ。これでみんなの仕事量を増やすことを免れただろうか。



 当然のことながら振り回された武器にあたって怪我をしていた俺はお医者さんのところへ連れて行かれたため、その日に街に行くのは中止になった。



  ♢♢♢♢♢



「 いってきます!」

 留守番をするらしいマティアスに手を振り、ルクシェルさんと共に馬車に乗り込む。始めてのちゃんとした外出に俺は浮き立っていた。マティアスも一緒に来られたらよかったのにと思う。


「 すぐに、今すぐに帰ってきて下さいね〜!」

 出かけざまに言われたマティアスのさっきの言葉を思い出して、首を傾げる。外出が決まってからよく言っていたけど、そこはゆっくり楽しんできてね、とかじゃないんだろうか。

 周りのメイドさんたちもいぶかしげな顔でマティアスを見ていた。本人は全く気にしていなかったが。


 まぁ、いいか。



 ウエストヴェルン家の屋敷から離れていく。


 そこは西の要塞と異名を持つ、大貴族の屋敷。侵入するのは簡単。でも、一度入れば戻ってこれない。味わう地獄は三つある。生きていることを後悔させられるような目に遭うと。

 戻ってきたものがいないのなら、そんな話しが出るはずもないのだが、そこに突っ込むものはいなかった。

 嘘か本当かわからないような噂話は屋敷周辺の町ではあまりにも有名なものだ。


  これでエルメルはその鉄壁の守りの要とも言える者全員に出会ったことになる。そんな一日だった。


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