3-9 仕事と興味
「 集合だ、来い 」
朝っぱらからじじぃの声で叩き起こされた。それだけで最低な気分なのに、迷子の捜索をしろだろ?
「 見た目は? 」
手短に必要なことだけを聞く。
「 小柄で銀髪。お前は屋敷内を探せ 」
「 それだけ? 」
「 他のメンバーはもう向かった。行け 」
「 へーい 」
欠伸をしながら間の抜けた返事を返し、少年は男の前から掻き消えた。
自分の主人だからって、餓鬼の迷子捜索に全員使うなんてマティアスの頭はおかしくなったんじゃないのか。それにしてもじじぃはいつにもましてピリピリしてたな。
そんなことを考えながら、少年はビュンビュンと屋敷を廻って行く。
王子サマは銀髪らしい。いや、王子じゃなくてエル様だっけか?
大人しく王子しときゃあいいのに。ああ、父親に殺されそうになったからか。
任務から帰った時に言われたことを思い出す。陛下が秘密裏に息子を処理しようしたことはじじぃまでしか知らないことだ。そこまでは俺には伝えられなかった。
知っているのは、自分でこっそり調べたから。わざわざ恵まれた環境にいる奴がなぜそれを拒否したのか気になったのだ。
「 いねぇなぁ 」
屋敷の部屋は全部見て回ったはずなのに見つからない。しかし、屋敷の外に出て行ってしまった可能性もあるのだ。いくら自分の担当場所を探しても見つからないということもある。
さっさと終わらせよう。
欠伸を噛み殺して、少年は多くの使用人達が働く部屋へと足を向けた。
「 しっかし、いつ見ても馬鹿でかい屋敷だな 」
一体どれだけの使用人がいるんだ?
仕事柄いろんな国のいろんな屋敷を見てるけど、ここはやっぱり規模が大きい。
「 大きけりゃいいってもんじゃないぞ 」
少年は第4洗濯室からスルリと抜け出ながら誰にも聞こえないように悪態をつく。
そして最後の部屋、厨房の前に立った。偶々最後になったのではない。少年が自ら最後に回したのだ。
「 行くか!」
肩をぐるぐると回し、気合を入れてから体の力を抜いた少年は気配を消して中に入る。
中はいつもと変わらず相変わらず熱かった。料理に火を使っているから暑い、というだけじゃない。活気があるのだ。朝から鬱陶しいくらいの。
壁沿いに部屋を回る。高めの料理台には準備中らしい色とりどりの料理が置かれている。
見ているうちに空いてきたお腹を押さえ、さらに奥に目をやったときさっと何か動いたような気がした。
ここからだと積み上げられた鍋が邪魔でよく見えない。誰かコックがいたのかもしてないし、怪しいやつだとしてもここはウエストヴェルン家の厨房。別にほおっておいても大丈夫だ。
確認するべきか?
正直、面倒くさい。でも確かめた方がいい気がする、となんとなく思った。
───お前の勘は結構頼りになる
訓練の時にじじぃに言われた言葉が浮かんでくる。
取り敢えず確認だけして帰ろう。
そう決めた少年は大きく回って、動いたものを再び探す。
いる! 確かに何かが蠢いている。
「 見えづらいな 」
少年は目標を捉えられないことにイラついて舌打ちをする。
距離があるからかもしれない。腰のナイフに手を添え、そっと近づいていく。
近づくにつれ見えてきたのは、銀髪の子供だった。
「 子ども…… あいつか! 」
緊張を解き、ナイフにかけた手を下ろす。背が小さい上に白い壁に同化して、他の人に気づかれなかったんだろう。
でも、なんでこんなところにいるんだ?
迷子になったなら声をあげればいい。遊ぶ…… には場所が変だ。
しばし考える。
やっぱり何をしているかだけ見てから戻ろう。
一歩一歩足を踏み出して、気づかれないように後ろに立つ。
目の前の光景を見た少年はそのまま頬っぺたを思いっきり抓った。
夢なら早く醒めてじじぃの呼び出しに応じなきゃ。いや、そもそも呼び出しから夢なんだ。きっとそうだ。
少年がそう思ったのも無理はない。
子どもが迷子でも遊んでいるわけでもなく、食器を洗っていたのだから。
それだけなら彼の柔軟な頭は受けいれることができたかもしれない。
でも、どうだろうか。
泡でモコモコになった子どもの両手のそばに沢山の透明な小鳥がいたら?
小鳥が白い泡がついたお皿を支えながら、洗い流してもらうために列に並んでいるのを見てしまったら?
そして、その小鳥に見覚えがあったら?
少年は呆然と一枚一枚のお皿が綺麗になっていくのを見続けていたが、遂に最後の一枚を流し終わったことに気がついた。
大きなお皿が音を立てて置かれた瞬間、小鳥たちが消え、はっと我に返る。
後ろを振り向かれたら気づかれてしまう。
少年は慌てて厨房から出て、迷子を見つけたという報告をするために走った。
♢♢♢♢♢
報告を終えた少年は誰よりも早くさっきまでいた厨房に走る。
大きな肉塊を前に刃物を持つコックに声をかけた。大柄なコックが多い中、一際体格がいい。
「 おいっ!」
しかしコックは無心に刃物を振り続けている。料理をするにしては無駄に大きい動きをしているため、包丁らしきものが幾度となく少年のすぐそばを掠めていた。それをひょいひょいと避けながらようやく少年はコックの手を抑えることに成功する。
「 ちょっと話がある 」
それだけ言うと、部屋の外に引っ張っていく。厨房の台には得体のしれない肉が残され、武器が大きな音を立てて床に落ちたが、もうその時には二人の姿は消えていた。
「 なんだ!? せっかく今、奥様たちの朝食を…… 」
「 気づいてたんだろ!? 」
「 何をだ?」
何のことかわからないと返すコックに一つしかねぇじゃないかと少年は吐き捨てるように言った。
こいつが気づかなかったわけがない。
コックはしばらく黙っていたが、暫くして声を上げた。
「 ああ! 気づいてた、気づいてた! 」
「 何で黙ってた 」
やっぱり気づいてたのか。こいつがじじぃに報告すれば俺がもっと寝られたのに。
「 だって面白かったんだよ! 毎朝楽しみでさ 」
「 毎朝? 今日だけだろ? 」
毎朝行方不明になられたらこっちも溜まったもんじゃない。
「 いつも、いつも! 」
「 いてぇ 」
がはは、と笑って背中をバシバシ叩いているのだ。逃げるように体を捻ったが、鈍い痛みが残っている。
「 見習いがやる分の仕事を手伝ってくれてたんだよ! 助かるし、しかも楽しそうにやってるしねぇ! なんだ? お前あの子のことが気になるのか? さっきも随分覗き込んでたじゃないか 」
「 そんなんじゃない 」
俺が入ったのもわかって見てたなんて、悪趣味な奴。
ピェット。マティアスの影の一人で、大柄な男みたいな女。普段はコックをやっている。コックから影になったのか、影からコックになったのかは知らないが俺によく構ってくるメンバーの一人。
だから、厨房には入りたくなかったんだ。
「 残念だね! あの子は男の子だよ! 」
また大声で笑って、バカみたいに強い力でまた背中を叩かれた。
「 知ってるってば 」
痛む背中をさすりながら考える。
確かに自分はあいつのことが気になってる。でも、それはあれのことが知りたいから。
家についた時には溶けていた鳥の置物。
それを調べるためにちょっとだけ、
あいつのことを見てみよう。
親に捨てられ、そしてある男の気まぐれで拾われた少年。
そのせいなのか何事にも淡白な彼が、初めて興味を持った瞬間だった。
これで次回更新まで間があくと思います。




