1-2 演技と太陽
一ヶ月がたった。その間に俺が見た人は3人。たったそれだけだった。しかもその中に母親らしき人も父親らしき人もいないのだ。それなのにお手伝いさんがいるこの状況はおかしい。だれか親戚が引き取ってくれたのか…… それについてはもう少し情報を集めてから判断した方がいいだろう。
なんたってここは…… 今までの常識は通用しない、異世界なのだから。
ドアがあいた。
とりあえず脱力して、人が近づいてくるのを待つ。泣いたりはしない。何か言ってみようとしたこともあったが恥ずかしくて出来なかった。下手に赤ん坊の真似とかしたらボロが出そうだし…… 黙って脱力、それが俺の苦肉の策だったのだ。脱力という細かい演技に至っては気づいてもらえている可能性皆無だ。
かちゃがちゃと少しだけ音をたてながら二人のお手伝いさんが近づいてくる。朝ごはんだな。
お手伝いさんを盗み見る。カートをごそごそやっている彼女、彼女の片腕の肌は蛇と一緒だった。それだけではない。黒目白目でもない。瞳もいつか動物園で見たは虫類と同じ目だった。
これはシーツを変えるために抱き上げられた時に気がついたのだ。叫ばなかった自分を褒めてやりたいくらい。お手伝いさんの髪の色が黄緑とかピンクとかだったこともおかしいと思ったんだ。だって派手すぎる。派遣会社が黙っちゃいないだろう。
そして言葉。日本語でも英語でもない。全く知らない言語。
ぐちゃぐちゃ理由を並べてきたがこれらの理由からここは異世界だ。オムツと服を替えられて横たえさせられたので空を見上げる。例の二人は出て行った。
窓の外を見る。建物一つさえぎるものがない空に太陽が二つ出ている。
もう何が起こっても驚くまいと思いながら背を起こす。これが俺の努力の結果だ。へにょへにょの体でもベッドのわくにつかまれば起き上がれるということを発見した。
さっき着替えされられた服を引っ張ってみる。びよんといつもよりよく伸びる生地。青色の服。服のセンスは皆無なのでおしゃれなのかはよくわからなかった。
なんで朝なのに着替えさせられたのだろう?おもらししてたとか?恥ずかしい… 気をつけてたのに。体がいうこときかないんだよ。
再び横になってシーツに顔を埋める。恥ずかしいから寝てしまおう。そして忘れてしまおう。
なんとなく天井を見ていたくなくて、こてんと寝返りをうって寝る体勢を整える。
あ、寝返りうてるようになったんだよ!誰もきづいちゃくれないし、誰も祝ってくれてないけどね。お手伝いさん、もっと構ってよ。
♢♢♢♢♢
暇だ…。
誰も相手をしてくれない赤ん坊がこんなに暇だと思わなかった。
病院だって暇だったけどみんな遊びにきてくれたし。そういえば、結局高校を卒業することはできなかった。高2の最初の方だったかな…体に違和感を感じて病院に行って、それから入院。治療法は見つかっていない病気だった。徐々に体の自由が奪われて行く。一年前までは楽しく部活してたのに… ただ死ぬのを待つだけの時間。
なんで生まれ変わったのかな… ぼーっと考えてみるが、理由なんて思いつくはずもなかった。
生まれ変わった? これはチャンスなのかもしれない。いや、チャンスだろう。
やりたかったこともできる。友達と遊んで、勉強して…。子供のころに戻れるんならこんな風になりたい… とか思ってたことはあったけど、それがほんとになったってことじゃないか?
なんかテンション上がってきた。
その場でベッドの端までより、ベッドの下を覗き込む。…… 意外と低いな。
これならいけるかもしれない。
その日から俺はこっそりとはいはいの練習を始めた。
そしてある日…… 俺はシーツをはがし、ベッドフレームに巻きつけて結んだ。今日こそ成功させる。
それに捕まってシュルシュルとベッドを降りた。
うまくいった喜びで顔がほころぶ。
でも、降りながらふと思った。
あれ?赤ちゃんってこんなだったっけ? 弟の赤ちゃんの頃なんて、もちろん覚えてない。
まあ、でも…… きっとこんなだったよな。
床に降り立った俺は部屋を見て回る。なんか殺風景な部屋だ。
ベッド、本棚、机、クローゼット…基本的な家具しか置いてない。本棚から本を取り出してめくってみる。
読めない。そりゃそうだ、習ってないのだから、完全に外国語だ。日本語かもなんて期待は微塵もしてなかったので、落ち込むこともなく何冊か本を抱える。わからないことは学ぼう。期末とか中間とかあのときは嫌で嫌でしょうがなかったけど、あれはできなくなると無性にやりたくなるのだ。
重い本を持っているためにさらによたよた歩いていると、部屋の中に動いているものがいるのに気づいた。まずい。さっきまでの行動は生後数週間の赤ん坊しては不審すぎる。
悲しいかな。とっさに取れた行動はいつも自分がとっていた行動だった。
脱力…
物音一つしない。しばらく待ったあとそろそろと顔をあげ、あたりを見渡す。冷静になって考えると、赤ちゃんが本棚の前で死んだふりしてんのも十分怪しい。以後気をつけよう。
ぱち、と赤ちゃんと目が合った。真っ白な肌に銀髪。くりっとした大きな目に青味がかかった瞳。手を伸ばすとぶつかった。鏡だ。つまり…これは…俺だ!
まじまじともう一度鏡を見る。わかってはいたが、改めてみると本当に別人だった。将来どんな顔になるかも外人系の顔のよさの基準もわからないが普通の顔にはなりそうだ。かっこよくなれるかもしれない。よかった、よかった
一安心して、ベッドに戻る。もちろんシーツを元に戻すことも忘れない。夕ご飯まであと少しある。
俺はパラパラと本を読み始めた。
♢♢♢♢♢
はじめこそ何がなんだかわからなかった俺だが、恐るべし子供の記憶力。幼児用の単語ブックからさらにもっと上のレベルの単語を片っ端から覚え、本が読めるになった!
しかしそれでも結構な時間かかってしまった。相変わらず3人のお手伝いさんしか見ない。もう気にしないことにしたけど… 本読むの楽しいしね。
本を読んでてわかったことは多かった。一番驚いたのは魔法やらが存在しているのだということ。お手伝いさんが人間じゃない時点でそこ考えておくべきだった。
そして、その力は髪の色素に影響するらしい。色が強いほど強いってこと。
ぱさりと自分の髪を持ち上げて見る。よく染まりそうな銀髪だ。やっぱりこの色はめちゃくちゃ弱いってことだろう。気づいたときはめちゃくちゃ凹んだ。
でも、別に魔法使えないから死ぬわけじゃないし。今までの使えなかったんだから使えなくても困らないよな、と立ち直った。
そうそう。生きてるだけでできることは無限に広がってるんだ。
これが一度死んだからわかったこと。
6/14
この回に関しては多数の指摘をいただきましたので、訂正しました。
まだ赤ん坊にしてはありえない行動をしていますが、それは理由有りということで、食事に関しては記述を減らしました。
主人公はミルクも食事と認識しているようです。