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第三王子エルメル  作者: せい
ウエストヴェルン家編
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3-7 天才と手紙

 


「 マティアース! 聞いてくれ!マティアス! 」

 自分の部屋で手紙を書いていると、突然走ってやってきたレオニートが騒ぎ始めた。


「 取り敢えず落ち着いた方がいい。一体どうしたんだ? 」

 いつも落ち着きがないが、今は特におかしい。手紙を書くのを諦め、レオニートに向かい合う。


「 エル坊に酷い目にあわされた! 」

「 嘘だろう 」

 レオニートが開口一番、あり得ないことを言ったのでついあっさりと切り捨ててしまった。


「 本当だ! 見てくれよ、これ! 」

 強い口調で言われ、目の前に突き出されたレオニートの右手を見る。

「 灰…… だな…… 」

 言葉を発した時に漏れた空気のせいか風が吹いたのかはわからないが、手の上に乗った僅かな量の灰がパラパラと宙に舞う。

「 は? 灰! 」

「 落ちたぞ 」

 レオニートが動いたのでさらに灰は散り、床を汚す。それを見て、眉をひそめた。汚した当の本人は自分の手を見て目を丸くしている。


「 あー! 燃やしちまった!エル坊の…… 」

「 エル様の? 」

 聞き捨てならない言葉に付き合いきれないと思って机に向かい直した体を止めた。そういえばレオはエル様の勉強をみてるはずではなかったのか?


「 そうなんだよ。エルが俺が…… 中等部で落とした試験あっただろ? あれが本に挟まっていたからふざけてやらせてみたんだ。 そしたら、あっさり解かれた 」

 そういえば数学を教えてくれと頼まれたことがあったな。

 同時に、当時のレオニートがリチャードさんに見つかると怖いからと悪かったテストを本棚に隠していたことも思い出す。


「 聞いてるか? それをエルが解いたの! 」

「 嘘だろう 」


 はじめの一言の意味はそういうことかと納得する一方、そんなことはあり得ないと否定する。絵本の読み聞かせは散々したもののエル様に勉強を教えたことは一度もないし、家庭教師を手配したこともない。


「 俺ってそんなに頭悪かったか!? 」

「 悪いか悪くないかで言ったら悪くないな。つまり微妙だ 」

「 今、すごい傷ついた 」

 テスト一週間前にいつも「 俺は当日の朝に賭ける 」と騒いでいた奴が何を言う。本当にそうして、授業もろくに聞かずに学園生活で一度しか赤点をとってないのだからある意味すごいじゃないか。得意科目は結構いい成績取れていたしな。


「 そうか、そうか 」

「 ちゃんと俺の話を聞いてくれよ! 最初文字と数字が書いてある表を見せた時は、エル坊、難しそうな顔をしてそれを見つめてたんだ。 だから微笑ましいなと思って足し算の問題を作って解かせてみたわけ。 それを見たら一瞬俺の方を見て嫌そうな顔をしたんだ。何でだったと思う? 」

「 レオのことが嫌だったんじゃないか 」

 今の話の流れからだとそれぐらいしか推測できない。


「 あー! 違うってば! 後から気づいたんだけどあれはこんな問題を解かせるのかって顔だと思うんだ。数字覚えて、あんな簡単に解くなんてエル坊は天才だよ。しかも前代未聞の! 」

「 あぁ、母様。どうかされたんですか? 」

「 おーい! マティアス聞いてる? 」

 レオニートがドア開けたままにして入ってきたため、廊下を歩いている母様が見えた。他人には気づかれないだろうが、嬉しそうな様子だったので思わず声をかけてしまった。


「 あ…… あぁ! マティアス、何か用かしら? 」

 やっぱり何か変だ。話しかけられた瞬間、不自然に動いた左手が気になる。

「 母様…… 今隠されたのはなんですか? 」

「 何でもないわ 」

 いつもの母様なら隠すようなそぶりは絶対に見せない。あの女性社会のトップとして生き抜いているのだから、隠し事などお手の物だ。


「 いいから見せてください 」

 この部屋はいつも扉が閉まっているし油断していたのだろう。母様は諦めたように差し出した、何枚かの紙を受け取る。


「 これは…… 」

 書いてある文字に目を走らせながら言葉を失った。

 なんだ? これは?


「 ルクシェル様! これエル坊のですよね? 」

「 ええ 」

 信じられない。しかし、今までに見たことのない筆跡のそれは紛れもなくさっきのレオニートの言葉を裏付けていた。


「 こんな定理が…… 」

 中等部の問題なので、もちろん解ける問題だ。しかし、丁寧に解答を見ていると考えたことも教わったこともないような考え方が書いてある。

「 すごいぞ! 」

「 だろ!? 」

 やっぱりエル様は只者じゃない。きっと自分はこれが誰のものか知らなくても「 すごい 」と言っただろう。ただ、自分の主人が書いたものだということがより一層嬉しかった。


「 それにしても…… なぜ母様はこれを隠そうとなさったのですか? 」

 ふと疑問に思い、母様に尋ねる。


「 上手に描けているから額にいれて飾ろうと思ったのよ 」

「 何を言っているんですか!? 」

 これは新しく発見された定理だ。それは学園に高等部まで通った母様にはわかることだ。しかも発表すれば少なからず新しい議論を巻き起こすだろう。これを取られたくなかったから見つからないうちに飾ってしまおうと思ったのか。


「 王宮の学問を研究している部署に提出して、原本は返してもらいましょう 」

 それぐらいの我がままは簡単に通る。

「 すぐに返してもらうわよ 」


 そこでさっきから静かだったレオニートが口を開いた。

「 話は変わるけど、エル坊はもう学園の入学試験に受かるんじゃないか? そもそも理解がものすごく速そうだし、勉強の面では通う必要性は感じないけど 」


 レオニートの言うことは最もだった。

「 でも、学園は卒業することに意味がある 」

「 じゃあ、中等部からか? 」

「 いや。ここは療養の意味も兼ねてるからしばらくいた方がいいが、小学部の途中入学もありだと思う 」

「 エル坊なら受かるもんな 」

 途中入学はとても珍しい。行われることも、受かることも。


「 違うわ 」

「 何がです? 」

 レオニートと話し込んでいると母様が急に口を挟んできた。


「 学園に通う一番の理由よ。時に社会の縮図ともなる学園で人間関係を学ぶこと。そして気が置けない友達が出来る。だから私はあなた達を学園に通わせたの 」

 確かにその通りだ。しかし、母様の言葉を聞いて一つだけ引っかかることがあった。どうもレオニートも同じだったらしい。お互いに顔を見合わせた。


「 エル坊に友達は…… 」

「 ……いらっしゃらない 」

 なんてことだ! 確かに貴族の子供は早くから社会に入るし、家の事情が複雑に絡むため総じて友人は少ない。


 エル様はどうだろうか?

 一人もいない。誰かと言葉を交わした回数すら数少ない。



「 私、次の街の視察にエルちゃんを連れて行こうとっているの。その間、貴方は留守番をしていて頂戴 」

 母様はエル様の交友関係を広げようとなさりたいのだろう。確かに色々な職種の者は見れるだろうが、同世代の友を作るには学園に勝るものはないな。


「 街に行くのはいいですけど…… 私も行きます 」

「 駄目よ 」

 キッパリと断られてしまった。

「 何でですか? うちにはリチャードがいるじゃないですか 」

 はっきり言えば、リチャードがいれば軍が攻めてきたってなんとかしてくれそうだ。赤ん坊の頃から知っているのにリチャードは謎が多すぎる。ちなみにその件に関しては息子であるレオニートにもわからないらしい。


「 エルちゃんとのデートするのだから、貴方は駄目よ 」

 やはり、母様は母様だ。



  ♢♢♢♢♢



「 マティアス、手紙書いてたのか? 」

 母様とレオニートとエル様の今後について話し合い、解散しようかとなった時に、レオニートが机の上の手紙に気がついた。


「 ああ 」

「 見ていい? 」

 見られて困るものでもないので、レオニートに渡す。


「 あ! 先輩からか。なになに…… “マティアス、怪我は大丈夫か?” か 」

 いくらなんでも端折り過ぎだ。もっとちゃんとしたことが書いてあっただろう。


「 お前の返事はこれ? うわ……これはないな 」

「 そんなことはない 」

 まだ途中だが、普通に返事を書いてあるはずだ。


「 こんな感じかなって。前から思ってたんだけどお前の手紙は堅苦しい 」

 もっと軽い感じで返そうぜ、と言われてしまった。堅苦しいとは失礼な。手紙なんだから当然だろう。


「 私もそう思っていたわ。レオニート、 貴方がもうちょっと打ち解けた手紙を書いて頂戴。せっかく心配して送ってきてくれたのだし、その方が好印象よ。内容は変えないし、私が出しておくから心配は要らないわ 」

 母様…… 絶対にエル様の解答のことを恨んでいるな。

「 それはいいですね 」

 レオニートが頷き、意気投合して部屋を出て行こうとしている。


「 レオニート、お休み 」

「 失礼したわね 」


「 ちょっと…… 」

 何なんだったんだ。嵐のようにやってきて、そして去って行った。

 水翠宮の静かな生活で忘れていた、騒がしい生活。

 その環境で生まれ育ったのだ。慣れている。慣れている、が。


「 ああ……せめて、ドアは閉めていってくれ 」




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