3-5 授業と勉強
この家はどうなっているんだ?
俺はもやもやとした気持ちでサラダをつつく。
しかし、途中でフォークを止める。そうだ。お行儀良くしなきゃ。
どうやらこの家で生きて行くのは簡単なことじゃないらしい。それはここに着いてから今日まででよくわかったし、家中で見られる謎の焦げ跡が俺を不安にさせていた。
俺はここでやっていけるんだろうか……。貴族の作法なんて知らない俺はシュリさんの午前中のレッスンが次の日までかかってしまったのだ。礼儀を知らないガキに付き合わされてさぞかしガッカリしたにちがいない。
「 エルちゃんシュリがあなたのことすごく褒めていたわ。それでね、とっても飲み込みが早い生徒で楽しいから、今日もーーー 」
「 ルクシェル様! 今日は、今日は俺が勉強を教えるんです 」
ルクシェルさんの言葉に驚くほど早くレオニートが答える。どうしてそんなに必死なのだろう?
「 そう言えばそうだったわ 」
「 そうです! 」
残念そうな顔でルクシェルさんが立ち上がった。
「 じゃあシュリには私から言っておくから、お勉強頑張ってね 」
そう言うと、おほほほと部屋を去って行った。貴族の女の人ってみんなあんな感じなんだろうか。
別に不満はないんだが、俺の関与しないところで今日の予定が決まっていくな。
♢♢♢♢♢
「 算数と社会どっちがいい? 」
レオニートとの勉強会。昨日まではなかった目の前の机にはエドナが出してくれたお茶と何冊かの本が置いてある。
「 いや、待てよ。読み書きやってないのか 」
人に質問しといて急に思い出したらしい。ちょっと待ってろよ、と言い残して何処かへ行ってしまった。
必然的に俺は部屋に一人になる。ただ待っているのも暇なので、少し離れた所にある本をよいしょ、と引き寄せてパラパラ読んでみた。算数ならいけると思ったが、やっぱりちょっと違うなぁ……。 どうも数字の書き方が違うらしい。
「 お待たせ~ 」
レオニートは大きな丸められた紙を右手に持って戻ってきた。その紙をバサバサと音を立て机の上に広げる。
こんなの見るの何年ぶりだろうか。異世界版あいうえお表だ。俺が見たかった数字も書いてある。
ふーん……。こうなってるのか。
大体わかった。
あいうえお表から顔を上げると、レオニートが目の前で何か書いている。
「 お? 見たか? これの小さいやつはここに置いておくからな。分からなくなったら見ていいぞ。 次はこれだ。さっき算数の教科書見てたから、算数の問題 」
一枚の紙をくれた。さっと目を通すと確かに書いてあるのは一桁+一桁の足し算だ。
それにしてもレオニートの字汚いな…… そう思って、レオニートを見ると楽しそうにこっちを見てる。
「 わかんないのか? 教えてやる 」
考えるんだ。7歳は小学校1年生か2年生か。この世界では5歳くらいで入学するらしい。ということは3年生。それなら足し算は解けてもいいな。
「 大丈夫 」
レオニートから紙を取り返し、とき始める。
「 できた 」
声を上げると、レオニートが答え合わせをしてくれた。うん、久しぶりだったけど、流石に合ってると思う。
「 全問正解。次はこれな 」
よし! また足し算だ!
♢♢♢♢♢
紙の上をサラサラと滑る音が静かな部屋に響いていたが、急にパタリと止まった。
「 これ…… 本当にレベル合ってる? 」
「 ああ! やっぱ難しいか? 難しいかもなぁ…… 俺は解けたぜ 」
「 いい! 」
本当にこれが小学生の解く問題か?
ずいぶんとこの世界の勉強は難しいらしく、俺は今方程式を解いていた。
足し算、引き算……割り算までは良かったんだ。
たくさんの問題を解いた後、レオニートは難しい問題を出してきた。小学生レベルじゃない。 しかし、 “ わからない ” 言おうと思った一言は「 これ解けないだろ? 」というレオニートの言葉を聞いて引っ込んだ。
解けないだと?
ペンを手の上でクルクルと回転させてからエンジン全開で解いていく。こっちの数字も慣れてきたし、いい感じだ。
「 できた! 」
どうだ!という顔はしてないが、解答をレオニートに突きつける。
「 は? 」
間の抜けた返事を返して、俺の答案に目を通し始める。
紙で表情はわからない。 もしかして間違えてたか? しばらくすると、レオニートの手がカタカタ揺れ始めた。
何事かと俺はキョトンとしていたと思う。急に解答を叩きつけ、立ち上がって俺に向かって叫んだ。
「 エルはバカだ! バカ! 」
は?




