2-10 見習と人質
次の日から、エドナは情報を集め始めた。
彼女はこの六年間、たった数人のエルメル王子の世話係メンバーだったのだ。
隔離された場所でもあったことから他の侍女ときちんと会話を交わす機会はほとんどなかった。
…… おかしいわ。
そう、おかしかった。
確かにエルメル様は外にお出にならない。でも、なんで誰もエルメル様のことを知らないの?
まるで、いないかのように。皆が次の王子、ティモ様を第三王子と呼んでてる。
嫌な予感がした。マティアス様の怪我、たった二人の侍女の異動の話。
もしかしたら…… エルメル様はこのままいなくなってしまうのではないだろうか。
エドナの心に不安がよぎる。
そうだ。私たちさえ口を閉ざせばこれで、エルメル様を知る者はいなくなる。口外しないで欲しいと言われたが、それは忘れろという命令だったのだ。
エドナは歯をギリっと噛み締めた。そんなことできるはずがない。
ディアナ様が自分を犠牲にしてまで産んだお子様が生まれたことすら知られずに、消えていくなんて許されるはずがないのだ。私はこのままでは終わらせない。
「 名前は何がいいかしら! 」
「 今、この子蹴ったわ!」
おなかをさすって、無邪気に笑っていた。
もう聞くことは叶わない、嬉しそうなディアナ様の声が頭に響く。
「 私の代わりにこの子を見ていてあげて 」
最期にディアナ様に言われて、私はエルメル様を見てきた。
感情がない子ども? 私にはそうは思えない。
野菜は生より調理してあるのが好き。にんじんはきらい。特にバター炒めは大嫌い。トマトは好き。朝ごはんは少なめで、お昼にたくさん食べる。派手な色より落ち着いた色が好き。
見ていればわかる。外に出すのが下手というだけだと思う。
エルメル様に感情がないなんてどうして言えるの?
ディアナ様に言われたからだけじゃない。私は勝手にエルメル様のことを自分の子供のように思うようになっていた。
きっと理由があるのだと思ったのだ。エルメル様にはなにかお考えがあるのだ、と。あんな小さい子にそんなこと思うなんておかしいと思われると思うけど…… それでも、その邪魔をしないようにこっそりと世話をさせていただいてきた。
お気に入りの椅子に座られて空を見上げてらした時、エルメル様を見て悟ったのだ。この方は何かをなさろうとしている。
それならば、私は許される限りどこまでもついて行こう。
エルメル様はどこへ行ってしまわれたのだろう?
マティアス様もエルメル様を探したいに違いない。でも、あの怪我では……きっと動くことすらままならない。それに、今は王宮にいらっしゃらないのだ。
今、動けるのは私だけだ。
誰かのせいで危険な目にあっていられるのだとしたら…… 私はそいつを許さない。
幸い、この国に私より暗闇で目がきく者などいないのだ。夜は私が一番有利に動ける時間。種族が違う王宮につとめている者など相手にならない。ほどの強い体力。
私は生まれて始めてこの体に感謝した瞬間だった。
♢♢♢♢♢
フェルとリクの部屋で倒れてから、目覚めれば自宅にいた。
何度もエルメル様を探しに行こうとしたが、周りのものに止められる。いつもならそんな制止、簡単に振り切れるはずだ。それが出来なかったのは確かに自分が怪我で弱っていることを示していた。
このままではいつまで立っても王宮へ戻れない。
そう考えて、助けを求めたのは今隣にいる男だ。
乳兄弟のレオニート。小さいころから兄弟同然に過ごし、学園にも一緒に通った。
今は家で家令見習いをしている。
レオに洗いざらいすべてを話した。頼む、なんとか自分を王宮に連れて行って欲しいと。
それを聞いたレオはニヤリと笑った。制服を着崩した軽い男だ。それでも、きっと頼りになる。
「 どこまでやっていい? 」
「 どこまででも 」
「 あと…… 」
「 王宮の侍女だろ? 」
自分の言葉に答える代わりにレオはニヤリと笑うと部屋を出て行った。今から三十分で逃がしてやるよ、と言い残して。
きっかり二十分後。聞こえてきたのはたくさんの悲鳴と破裂音。
そして、清々しい顔で「逃げよう」と部屋に入ってきたレオ。にこやかに差し出す姿が逆に恐ろしい。
しかし、躊躇する暇などない。迷わずその手をとった。
馬にのって、王都に向かっている途中。
「 レオ…… もしかしてお前…… 」
「 いや、褒めてくれなくていいよ~ 」
もう何も言う気になれない。
レオが何をしたかは想像がついた。
屋敷じゅうに花火をまく。レオは火力は強くないものの、そのコントロールは群を抜いている。針を通すような正確さで魔法を操れる男だ。広い屋敷の様々な場所に仕掛けられた花火に一斉に火をつけたに違いない。ああ、絶対そうだ。レオがあんな風に笑った時、ろくなことにならないのを忘れていた。
「 兄様は…… 」
今日は兄様が家にいたはずだ。レオは兄様にかなわない。一体どうして追ってこないのか? 父上から自分を王宮に行かせるなと言われているに違いないのに。
「そうだ。ついでに帰ったら、これ返しといて 」
ほいっとレオが何かを投げてよこした。
「 なんだ? ……! 」
これは兄様がとても大切にしているティーカップの一つじゃないか!部屋に飾っているのを見たことがある。
レオ…… お前はこれを人質にとったんだな……
この男は本当に家令見習いなのか?
長男の兄様は言わずもがな次期当主である。
この男、危険だ。
すっきりした顔で隣を走っている男から逃れるように馬を走らせた。
「 ほんとに大丈夫か? 」
苦しげな呼吸をしている自分にレオニートが心配そうに聞いてくる。
息が切れている今の状況では大丈夫だという体力もなく、隣の男に向かってひらひらと手をふる。
体力の限界がきたからといって止まるわけにはいかないのだ。
王宮に入ってからは馬を降り、執務室に向かって走る。
ちょうど、騎士団訓練所の近くを通った時だった。
「 ひっ 」
近くから小さくくぐもった悲鳴が聞こえた。
「 マティアス 」
「 ああ 」
レオの視線に頷いた。あれは訓練の一環じゃない。恐怖を含んだ悲鳴だった。何かあったに違いない。
剣に手をかけ、そろりそろりと倉庫の裏へ回る。ここにいる!研ぎ澄まされた神経はっきりと気配を感じた。
待てとレオを手で制し、先に暗闇から顔をそっと出す。
「 は? 」
つい声をあげてしまった。しょうがないだろう。信じられないものを見てしまったんだから。
「 どうした!? 」
後ろにいたレオが自分を押しのけ、前にいってしまう。しかし、彼の動きもすぐに止まった。
「 マティアス様、大変です! 」
「 そっちも大変なことになっているぞ…… 」
「 う… い… 」
「 え?ああ…… 」
エルメル様つき侍女、エドナがそこにいた。エルメル様が生まれたときから仕えている一番古参の侍女だ。
彼女に片手で首を掴まれ、持ち上げられていた男はぐしゃりと地面に落とされた。
彼女はその男をチラリとも見ずに、言う。
「 マティアス様! エルメル様が大変なことに……! とりあえず、騎士団第二支部の方へ! 」
「 どういうことだ?なぜ騎士団に? 」
「 話は走りながらお伝えします! 」
すごい剣幕のエドナに圧され、走り始める。なぜか、レオも必死な形相でついてきていた。
初めは王宮に連れて行くだけだぞとか言っていたのに。
「 ここ一週間王宮の色々なところを調べていたんですが、エルメル様の情報は全然なかったのです 」
そうだろう。すごい情報統制がなされていたからな。
「 ただ、今日聞いたのは一週間前に銀髪の少女がマティアス様暗殺未遂の罪で捕まったということです」
まさか……!少女…… とはもしかして。知らなければそう見えても……おかしくない。分かっている。銀髪なんてエルメル様以外いないじゃないか。
「 うつ…… い 」
真剣な自分たちの後ろでレオが何かをつぶやいている。
「 誰か騎士団の人間が口止めをしていたとかで 」
「 わかった。急ごう 」
リクたちから連絡が一つもない今、手がかりはそれだけなのだ。可能性は一つ一つ潰しいかなければいけない。
痛む傷もきれる息も気にならなかった。
ただ第二支部へ向かって走る。
「 マティアス様、こちらです 」
自分は止めようとする兵士を強引に遠ざける。隣ではエドナが倒された兵士を締め上げている。侍女ってこういう感じだったろうか。
レオは…… まだ何かを言っている。一応助っ人をしてくれているので邪魔ではないが、不気味だ。いつもならうるさいほど話しながら戦うのに。
締め上げた兵士に情報を吐かせ、銀髪の少女の元へ向かう。
次第に薄暗く、狭い通路へ。
嫌な汗が背中を流れた。
地下に降りたところにある突き当たりの小さなドア。
それを開けた瞬間、怒りに身が震えた。
突然ドアが開いたことに驚いて手を離したのかバシャリと水音がして、押さえつけられてたものが上がってきた。縛られながらも触れられている手をどけよと必死に暴れる姿。
それはぼろぼろのエルメル様だった。いくつもの傷ができている。なんて……
自分を見たエルメル様は目を大きくし、すぐに安心したように微笑んだ。
「 マティアス様、この餓鬼があなたの暗…… 」
「 黙れ 」
何があったのかは明らか。
自分の中の魔力がボコボコと膨れていく。
こいつは、エルメル様を、
「 今、ちょうど拷問を 」
「 黙れ 」
その薄汚い口を開くな。
後ろでエドナが拳を握りしめたのがわかった。ああ、悪いが、自分にやらせてくれ
魔力を抑えきれない。抑えても抑えても溢れ出してくる。こんなこと今までになかった。
いや、抑える必要は、ないのか。まるで魔力の爆発のようだとどこか頭の片隅で思った。エル様の爆発を待ち続けた自分がそう感じるとはな。
それでもいい。それならば自分はこの瞬間から生まれ変わろう。
火の竜巻がいくつも自分の周りを回る。
その日、騎士団所有の建物が第二支部全壊。本部、第三支部は半壊した。




