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第三王子エルメル  作者: せい
暗殺編
20/49

2-9 過去と異動

 


 もうずっと前の話だ。


 お父様が亡くなったと聞かされた。

 目の前が真っ暗になったが、私には今やらなければならないことがある。

 伝えてくれた同僚に休んだ方がいいのではないかと言われたが、大丈夫と戻ってもらった。


 …… なんで。

 私の育ての親。本当の母親には虐待を受けた。なぜかはわからない。ただ自分の姿から異種族の男との子どもが嫌なのだろうと思った。だからだったのか。働いて、働いて。結構周りの人は優しかった。私が外へ出るたびに母の生活は堕落して行った。


 そんな時だった。知らない男、後のお義父様がやってきて私に言ったのだ。

 ───辛いか、と


 あの時何を言ったのだろう。ただあれが私の日常で、あの生活だけが生きるということと同意義だった。


 わからない。助けて欲しいとは言わなかったはずだ。そう思っていなかったのだから。

 その男の周りには誰もいなかった。もしかしたら辛くて寂しかったのは彼自身だったのかもしれない。やがて私は彼の家で働き、同時に娘のように育ててもらった。

 そして、自分がいなくなってから生きていけるようにと王宮の侍女として働きに出してくれた。



 私は正式には養子になってない。だけど、彼は私に十分すぎるほどの財産を残してくれていた。養子を断った代わりに、考えてお父様が用意してくれたんだろう。私には子どもとして愛してくれただけで十分だったのに。



 ──週末にお休みをもらって家に帰ろう。花を持って。


「 あなた、ちょっとこっちへいらっしゃいな 」

 紅茶をいれていた手がびくりと止まる。どうしよう。

 うわの空で仕事をしてしまっていた。

 今日は手が足りないとかで華月宮の妃の私室ででお茶を入れなければいけなくなったのだ。なにか…… なにか粗相をしてしまったのだろうか。せっかくお父様が紹介してくださった仕事だったのに!


「 はい 」

 カタカタと震える手で食器をカートの上に置き、妃の前に立つ。

 頭を下げたままでも、妃が椅子から立ち上がられてこちらへいらっしゃるのが分かった。

 何が起こるのか分からない恐怖からぎゅっと目をつぶる。どんなお方だったろうか。どの方にお茶を入れていたかも思い出せないなんて……!ぼーっとしていた今日の自分が恨めしかった。


 肩をそっと押される。不敬にあたるのに思わず顔を上げてしまった。


 ようやく自分の前に立っている方顔を見る。

 ああ……!

 初めて拝見するお顔だったがすぐに分かった。

 “ディアナ様”

 よくも悪くも後宮では必ず話題にあがる方。他の後宮の姫たちからは悪口を。

 侍女の間では様々な噂。出自は不明。王の寵愛を一番に受け、そして…… 妃にあるまじき行動の数々。



「 座ってね。私が今、おいしいお茶をいれてあげるから 」

 そのままなぜか、背中を押されてさっきディアナ様が座られていた椅子の向かい合っている椅子に座らされた。


「 あのっ…… 」

 ポッドを手に持ったディアナ様を止めようと立ち上がると、ディアナ様は振り返ってこちらを見られた。


「 いいの!これは命令よ! 」

 そんな命令聞いたことないと思いながらも、カチャカチャと食器を鳴らして前に紅茶を出される。飲んでといわれ、恐る恐る口に含んだ。私のような者は同じ席でお茶を飲める身分ではないのに。


「 おいしい?おいしい? 」

 ディアナ様にもし尻尾がついていたんなら千切れんばかりに振っているだろう姿に、ついくすりと笑ってしまった。私より年上だと思っていたのに、なんとも可愛らしい方だ。

「 美味しいです 」


 そう言うと、ディアナ様は飛び上がってしまうのではないかと思うほどに喜んだ。


「 じゃあ、今度は面白い話をしてあげるわ。あのね、── 」



 それが私とディアナ様の出会い。

 何個目のお話だっただろうか。王のポケットをこっそり夜中に縫い付けておいて、手を突っ込もうとしてびっくりしていた話を聞いたときに、ようやく私を慰めようとしてくれていたのだと気づいた。


 浮かない顔でお茶を入れていたに違いない。


 私、エドラがディアナ様付きの侍女になったのはそれから遠くない先の話だ。



  ♢♢♢♢♢


 エルメル様がいない。


 一週間前から突然言い渡された休養。私はそれのすべてを情報集めに使っていた。


 あの日、マティアス様とエルメル様が旅に出られてから日が経っていて、いつものように朝のお部屋の掃除に立ち寄ったのだ。


 そこにはいないはずのマティアス様の姿があった。しかもなぜか、エルメル様のベッドの上に。


 慌てて部屋に入ると、マティアス様の横には知らない兵士。驚きのあまり叫び声をあげそうになったところでようやくマティアス様の怪我に気がついた。


 掃除道具を素早く床に置き、救急箱を持ってくる。お医者様を呼ぶ前に状態を確認しないと。


 マティアス様の怪我はきちんと治療できていた。お医者様を呼ぶ必要はあるだろうが、マティアス様のお話を聞く余裕はありそうだと判断した。

 その間に隣にいた兵士は起きて、ここじゃ水翠宮だと聞くと、「 マティアス様にお礼を言っておいてください。お願いします 」といって走り去ってしまった。


 問題が起きたのはそのあとだった。

 血が滲んだ包帯を取り替えているとマティアス様が目を覚まされた。

 すぐに聞かれたのは、エルメル様のこと。

 見ていないと答えると私の言葉を振り切ってふらつきながらどこかへ走って行こうとする。


 怪我をしているのに私は追いつけず、途中で見失ってしまった。



 しばらくして、水翠宮に戻ろうと包帯を持ったままとぼとぼ歩いてるときに見つけたのは、マティアス様を馬車に乗せようとされているフェルナンド様。


「 あ……! 」

 私に気づいたフェルナンド様は言った。


「 第三王子つきの侍女か? 一ヶ月休養を与える。新しい配属のことは追って連絡する。王子のことは口外しないで欲しい。

 それと、マティアスの怪我の手当をしてくれてありがとう 」


「 は…… い…… 」


 自分の部屋に戻り、同室の同じくエルメル様つき侍女に配属が変わるらしいと伝えた。

 彼女は突然できた休みの間、どこに行こうか考えてウキウキしているようだった。

 そう。侍女の配属が変わるなんてよくあることだ。


 でも、私には休日の予定を立てる心の余裕なんてなかった。


「 エルメル様がいないんだ 」


 私室から走って行かれるときに聞こえたマティアス様の言葉。これが頭をぐるぐると回って私を離さないのだ。

 それは一体どういうこと?


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