表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三王子エルメル  作者: せい
暗殺編
19/49

2-8 拷問と拘束

 

「……おい! 起きろ!」

 暗闇の中で、誰かがしきりに叫んでいる声を聞いていた。


「おい! おい!」

 声が段々と近くなる。耳元で叫ばれているのではないかと思うほど声が大きくなった時、急に意識がはっきりした。


「ここは……?」

 ぼんやりとした視界を何とかしようと、何度か瞬きをする。


「やっと目を覚ましたか、小僧。さんざん待たせやがって」

 次第に男の輪郭が浮かび上がり、机を挟んで互いに椅子に座っていたのだと気づく。


「なんだ、これ! 解いてくれ」

 俺は腕も足も動かせない状態だった。力を入れても、同じだけ縄が肌に食い込んでくる。


 状況を理解出来ないながらも、目の前に中年の男に助けを求めた。

 しかし、男は手を貸してくれるどころかガタガタと椅子を鳴らす俺を鼻で笑って見ているだけだ。こんな太い縄を千切れるわけがない。無駄な努力だと分かった俺は、男を睨みつけた。


「正直に言ったら、その縄を解いてやろう」

「正直に……何を?」

 意味が分からず、俺は眉をひそめた。

 大体ここはどこだ。部屋には大きなドアがついているだけで窓はない。狭くて薄暗い空間はいるだけで気分が悪くなりそうだった。


「ウエストヴェルン家の次男、マティアス様を怪我させたのはお前だろう。血だらけで廊下を走っているなんてな、自分がやりましたと叫んで走り回っているようなもんだ」

「違う! 何か勘違いをしているようだが……」

 なぜかとんでもない誤解をされているようだと知り、俺は声を荒げて訂正した。不自由な足で立ち上がろうとする。


「煩い!」

「……な、に」

 男が椅子から立ち上がったかと思うと、次の瞬間には目に見えるものすべてが反転していた。


 視界に真っ赤な色が流れ込んでくる。鉄くさい匂いと生暖かい感触で、それが頭から垂れてきた血だとわかった。

 俺は男に殴られたのだ。よく考えば身動きができないからどうすることもできなかったのだが、椅子ごと面白いように倒れ、堅い地面に頭をぶつけていた。

 止まらない血は冷んやりとした石についた片頬を濡らし、地面に水溜りを作っていく。


「俺は何も、誰かいないかと探していただけで」

「そんな訳ないだろう。ああ? 諦めろ、お前の仕事は失敗したんだよ」

 男は怒鳴り散らしたかと思うと立ち上がることができずに横たわったままの俺の髪の毛を掴んだ。


「正直に言えば、すぐに楽になるぞ」

「……ち、が……うあ……」

 否定の言葉がすぐにうめき声に変わる。


 男は緩慢な動作で俺の頭を持ち上げるとガツガツと何度も床に叩きつけた。俺の軽い体は男の片腕で面白いように持ち上がる。


 耳を塞ぎたくなるような音が部屋の中で響いた。

 最初は同じ部分に当たらないように、反射的に体を捻じっていたが、次第にそんな力もなくなっていく。


 痛みで言葉を失い、体を硬直させていると、男はようやく手を止めた。

 今度は俺を無理矢理持ち上げると、自分の顔を近づけてきた。


「普通ならとっくに気を失ってておかしくないんだがな。流石に訓練されているか。依頼主は誰だ」

「だ、から、ごかいを、して……マテ、ィアスは」

 思ったように動かない口を震わせて、誤解を解こうとする。

 マティアスさんが怪我したのは本当だ。俺を庇って傷を作ったのだから、責任がある。ただ、この男は俺がわざと怪我をさせたのだと思っているらしい。

 マティアス様というあたり、身分が高いのだろうか。そんな人を傷つけたから、こんな拷問のようなめに合っている?

 わからない。


「ああ。訓練を受けているなら、これが必要か。自殺されたら俺の手柄がおじゃんだ。ああ、こんな餓鬼まで暗殺者とは世も末だな。それで油断させて、ということか……」

 男は俺の言うことに聞き耳を持たず、興味を失ったように手を離した。

 支えを失った体は床に叩きつけられて、二度跳ね上がる。


「聞け、よ……おぃ」

「お前の上まで見つかればなおいいんだがなぁ。取り敢えず、お前に罪を認めてもらわんと」

 男は俺の口に何か嵌めながら、面倒だとため息をついた。


 まともな言葉を発することが出来ない。やめてくれと頭を揺らしたが何の抵抗にもならなかった。


 金具を留め終わり、男は太った体を椅子の上に乗せた。最初に俺が座らされていた椅子だ。木製の椅子が、ギシギシと軋む。その前で俺は横たわっていた。


「お前は暗殺者だ。命令を受け、マティアス様の殺害を実行しようとした。しかし、失敗。血まみれで水翠宮にいたところを見回りの兵士に見つかった。そうだろう?」

「んんん」

 違う! 違うんだと頭を横に振る。血をたくさん流したからなのか、頭を何度も打ち付けられたからか、力強く動かしたはずの頭は僅かに左右に揺れただけだった。


「くそっ! 小僧が!」

 男が再び顔を真っ赤にして、俺の頭を掴む。そして、振り下ろす。


 ガツンと、また脳が揺れた。


 ……このままじゃ殺される。

 口を塞がれ呼吸もままならない状態で、命の危険を感じ取る。まだ小さな体は力では到底男のかないそうもない。


 逃げなければ、どこかここ以外のところへ。

 きっと部屋の外には男の仲間がいるだろう。でも、とにかくここから逃げなければ俺は死んでしまう。躊躇もせずに人の頭を堅い床にぶつける男が怖かった。


 朦朧とした意識で必死に考える。

 男の腰に刺してある剣が目に入った。動く度に、ガシャガシャと揺れている。


 その音を聞いて思い出す。ここは地球じゃない。だから剣が持ち運べて、魔法がある。


 床に銀色の髪が何本か散らばっている。男が引っ張ったときに抜けたものに違いない。割れるように痛かったために髪の毛が抜ける痛みなど全く感じていなかっただけだ。


 自分の弱い魔法は通用するだろうか。


 あまり素早く動きそうには見えない男を観察する。しかし、髪の毛はもちろん真っ白ではない。それを差し引いても、魔法初心者の自分が敵う可能性は低い気がした。


 また男の腕が、力なく倒れたままの自分に伸びてくる。


 反抗する気力もない俺のことを、男は全く警戒していない。

 これならいけるかもしれない。魔法を使ってここから逃げ出し、話を聞いてくれる人を探そう。マティアスさんにも証言してもらえれば、きっと助かる。


 ( 氷結能……力…… )

 魔物に使った時と同じ魔法をイメージした。同時に意味をなさないうめき声が漏れる。


 床に夥しく広がった赤い液体が、引きづられたせいで何箇所も擦りむけた腕の周りで凍った。


 でも、それだけだった。


 ( なんで!)


 体の中で何かが急速にしぼんでいく感覚が体に走る。動いてもいないのに、一段と息が苦しくなった。



 魔法、なんでうまくいかなかったんだろう。

 もう一度試してみるが、今度は何も起こらない。


「お前は王宮に誰かの手引きを受けて忍び込んだ。そうなんだろう?」

 突然、頬を打たれた。体の横で氷がパリパリと割れる音がしたが、男の耳にが入っていないようだった。



 そこでようやく魔法が使えなかった理由に思い当たる。

 こんな悪い夢のようなことでも現実だ。気持ち悪い化物に襲われて、知らない兵士と清爛に乗って部屋へ帰ったのだ。練習以外で魔法を使ったのは始めてだ。


 ずっと前に何度か体験した魔力がなくなった時の感覚と同じだった。


 もうどうすることもできない。自分に出来ることがなくなった。


 誰か助けて。心の中で必死に叫ぶ。


 俺がこうして暴力を受けていることを一体誰がどうやって知ることができる?

 親もいない、友達もいない。

 今の自分には助けてくれる人など誰もいないのだと気づいた時、じわりと両目に涙が浮かんだ。


「可哀想になぁ。失敗したお前はもう切られたんだよ。誰も助けになんかこない」

 男は全く同情してない顔でそういうと、俺を引きずり始めた。


 足が地面に力なく垂れ、進む方向に一本の赤い線を引く。


「隊長! 中で大きな音がしていましたが、一体何が……?」

 部屋を出るとすぐ、若い男の声がした。俺を言葉を失って息を飲んだ気配がする。

 上を向く気力など残っておらず、ただ徐々に掠れてきた血の線をぼんやりと見ることしかできないので、その男の表情は分からない。


「何だ、言いたいことでもあるのか」

 俺に暴力をふるっていた男はその様子を見て気分を害したらしい。一層不機嫌な声になった。


「それ以上やったら、死んでしまうのではないでしょうか。まだ幼いようですし、一旦休ませてから……」

「黙れ。こいつはこう見えても殺しをしようとしたんだ。まだ続ける。地下室の用意をしろ」


 二人が何か話しているのは分かったが、頭がついていかず、内容は理解できなかった。


「しかし、あそこは反逆者や間者に使用する部屋です。ですから……!」

「ああ、知っている。お前の意見は聞いていない。それと、こいつのことは絶対に他言するな。横取りされてはかなわんからな」


 俺を掴んでいる男の手が揺れ、再び落とされるのではないかと身を強張らせた。

 結局男は手を離さなかったが、そのことに心から安堵している自分がいた。


 あまりにも非現実な環境の中で、逆らえない暴力への恐怖を体が覚え始めていたのだ。

 先ほどから、頭は白い靄がかかったようにはっきりしない。これ以上何かされたら、おかしくなりそうだった。


「さぁ、着いたぞ」

 何箇所も角を曲がり、階段を降り、ようやく部屋に着いた。その途中の道では誰にも会っていない。


 男に言われ、無理に顔を上げさせられた。


 同時にさっきの若い男が言っていたことを理解する。


 そこは確かに拷問用の部屋だった。




  ♢♢♢♢♢




「……だから、これ以上やるなと言っているんだ! 本当に死んでしまうぞ。一体この子が何をしたというんだ!?」

 反響する男の声で目が覚めた。


 寒い。鳥肌が立ち、心持四肢を体に近づける。

 今どこにいるのか確認しようと、瞼を押し上げるが、重くて下がってきてしまう。


「こいつはなぁ、こんななりでも立派な犯罪者なんだよ」

「証拠はあるのか? そんな風にはとても見えない。きっと何かの間違いだ。例えこの子が犯罪を犯したとしても、まだ保護者の責任のなる歳だろう」


 誰かが大声で言い合いをしているようだ。割れそうなほど頭が痛いことに気づき、もう少し静かに話して欲しいと思った。



 暫くすると、とても静かになった。

 静寂の中、ぴちゃんぴちゃんと水が落ちる音が聞こえる。自分じゃないから、涼か父さんが洗面所の蛇口を閉め忘れたに違いない。

 億劫だが、水を止めにいかないと。この前、母さんが水道料金を気にしていたから。


 そう思って目を開けると、見たこともない男の人が俺の方へ手を伸ばしていた。


「……だ、れ?」

 驚いて声を出したが、隙間風のような小さな音が喉から漏れるだった。それでも焼け付くように痛い。


 俺がそう聞くと、男の人は鉄格子の向こうへ手を引っ込めた。

 不思議に思った俺は、さっきからいまいちピントの合わない目で男の姿を捉えようとする。


 暗い中、厳つい顔をしたアーロンさんが労しいものを見る目をして、唇を噛み締めている。


「アーろ……ン……さん? あ、れ?」

 俺が名前を出すと、アーロンさんは厳しい表情を少し崩した。


「そうだ。君と一緒でここに捕まっているアーロンだよ」

「そっ、か」

 確かにアーロンさんは隣の鉄格子に入れられていたが、俺とは違って手足は自由に動かしていた。だから、捕まったとしても軽い罪に違いない。一体この人は何をして捕まってしまったんだろう。


 それに対して俺は両手両足を縛られている。

 こんなのがなければ殴って逃げ出せるのにと苦々しく思って、足元を見た。


「あれ?」

 きっちり足を束ねて縛られているはずの縄は何処にも見当たらなかった。

 さらに驚いたことに、服は元の色が思い出せないほどどす黒く染まっている。


「少年、大丈夫か!? 食事持ってきたぞ」

 ドタドタと足音が近づいてくる。

 それを聞き、さっきまで俺を殴っていた男の声ではないとだけ思った。


 さっきから難しいことが考えられない。頭が痛いせいなのか、何かおかしい気がした。


 アーロンさんは足音にすぐに反応し、牢屋の前までやってきた兵士に問いかけた。


「あいつはどうした」

「食事にきつめの睡眠薬を混ぜておいたので、暫く時間を稼げると思います」

 兵士は早口で答えながら、地面に持ってきた食事を並べる。


 アーロンさんはそれを聞いて、ほっと安堵のため息をついた。


「ああ、よくやった。でも、もう限界だ。この子がここまで持っていることの方が驚きだよ。先ほどから意識が溷濁しているみたいで、会話が支離滅裂なんだ。目を覚ましたときは私のことも分からないようだった。どうすればいい。校長から連絡はないし……」


 アーロンさんに意識が混濁していると言われてから俺はようやく起きてからずっと感じていていた違和感を認め、納得した。


 この手足についた縄の跡はちょっと暴れたぐらいでつくものではない。気にしないようにはしていていたが、背中は焼け付くように痛む傷があるようだ。そして、夥しく付着している血液。


 ここに来てからの記憶が飛んでいる。断片的には思い出せるけど、自分をコントロールできなくなっている。


 どうしてもアーロンさんと出会ったときのことは思い出せそうにないし、さっきまで俺は自分が病気になる前に戻ったのだと勘違いしていた。

 今だって、気を抜けばまた眠ってしまいそうだ。


 落ちそうな意識を必死に食い止める。二度と目覚めないんじゃないかという恐怖と、もし目覚めたとしても自分は一体どうなっているのかという不安。


「取り敢えず、食事を取って寝た方がいい。ですよね、先生?」

「そうだな。そのスープがいい。自分で食べれるかい? 時間はあるから少しずつゆっくりでいいんだよ」


 兵士がアーロンさんが指し示したカップを俺の前に置き、じっと見ている。


 寒々しい牢屋の中でスープが白い湯気を立てて、存在を主張していた。


「このスープは美味しいって人気なんだよ。前に飲んで、気に入っていたからこれにしたんだ」

 小刻みに震える手をカップに手を伸ばす。凍えた手には熱すぎるような気がしたが、二人の期待に満ちた目を無視できない。

 膝に載せてそっとスプーンを口にいれる。前に俺がこれを飲んだかのような口ぶりで勧められたが、スープを舌にのせても本当にそうなのかは分からなかった。


 味はよくわからないけれど、何口か飲むと、体の奥から暖かくなってきた。


 スープを飲む俺の横で、牢屋の中のアーロンさんと兵士が会話を始める。


「これは不当な取り調べだろう。お前がなんとかできないのか」

「今は団長副団長がいないんです。こんなこと初めてで……。本当ならもうとっくに団長が戻っているはずなんですよ。何かトラブルがあったのかもしれません。俺は上に伝手もなくて、恐らくバレたらこの子が先に潰されてしまいます。それに今は俺の行動も制限されているんです」


 見なくても、アーロンさんのイライラとした雰囲気が伝わってくる。


「ああ! 一体この国はどうなっているんだ」

「先生……」


 暖かいものを体に入れた俺は、段々と瞼が重くなってくるのを感じた。


 まだ二人は何かを話し合っているようだが、耳を通り抜けて行くばかりで、内容が頭に入ってこない。


 寝てしまおうと思う前に、俺は硬い石の壁に背中を預けて深い眠りについていた。






 寒い。体に痛みを感じて、目が覚めた。


 静寂の中、ぴちゃんぴちゃんと水が落ちる音が聞こえる。自分じゃないから、涼か父さんが洗面所の蛇口を閉め忘れたに違いない。

 億劫だが、水を止めにいかないと。この前、母さんが水道料金を気にしていたから。


 そう思って目を開けると、見たこともない男の人が俺の方へ手を伸ばしていた。

「……だ、れ?」

 喉から掠れた声が出る。

 それを聞いた男の人はほとんど泣きそうな顔で心配ないよと言った。


「私はアーロンだ。まだ時間はあるからもう少し寝てていいんだよ」


 何故か痛む体をそっと動かすと、膝の上からカップがずり落ち、大きな音を立てて床に転がった。


 何を入れていた入れ物だろう。水かなにかだろうか。


 いくら考えても俺は分からず、首を傾げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ