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第三王子エルメル  作者: せい
暗殺編
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2-6 治療と姫様

 はさみで糸を切る。


「こ…… これで大丈夫だと思います。後は安静に…… 」


 今日ほど軍で治療の講義と実践をしていて良かったと思う日は今までもなかったし、これからも絶対にないと思う。


「 治療してくれてありがとう 」

 ずっと心配そうにみていたその人はホッとした表情で僕にそう言った。


 だって、マティアス様の役に立てて……お姫様にお礼を言われたんだ。



 突然、現れた魔物。見たことのない魔物だった。

 だから、マティアス様の言葉でA級ということを知ったのだ。

 そこまでの魔物が国内までやってきたことは五年に一度あるかないかだ。その時は、軍で討伐隊が組まれ、退治する。

 そんなやつにこっちは二人。剣を持つ手の震えはどれだけ力を込めても収まらなかった。

 しかも、自分は火属性。技の威力は高いが、代わりに雨に弱い。つまり、自分は大した戦力にならないということだ。


 でもマティアス様は違った。それこそ生粋の火属性なのに、強力な魔法であっという間に魔物を火だるまに。少しでもそんなマティアス様の助けになればと、僕も剣に火を纏わせて戦った。


 魔物は倒れた。本当ならそれだけで奇跡みたいなことなのだ。でも、現実は厳しかった。


 守らなければいけなかったはずの馬車が攻撃されたとき、動けなかった僕と違ってマティアス様は血相を変えて、走り出した。

 片手で持てるような軽いもののように馬車は転がる。本当に僕は馬車の中を知らなかった。護衛と言っても、何も聞かされていなかったし、旅の間もその話題は一度も出せなかったからだ。でも、食事や普段の様子から中には人がいるんじゃないかとは思っていた。

 なぜ一度も出てこないのか。

 身分の低いものが嫌いな女性なのかもしれないし、出せないような顔の持ち主かもしれないとか色々考えていた。


 しかし、ゴロゴロ転がり、壊れた馬車から出てきたのは……5,6歳の子供。



 ほっそりとした頼りなさげな彼女はマティアス様に庇われ命を取り留めたが、魔物を見た瞬間まるで別人のようになった。



 彼女の目が怒りで細められると、その瞬間からあたりは氷の監獄となった。僕の口から吐く息は真っ白に姿を変え、僕の手は寒さと恐怖からブルブルと震え始めた。


 一切の反撃を許さず、白い氷が魔物を締め付けて絶命させたとき、自分の手はすでに魔物への恐怖から震えているのではないんだと気づいた。

 目の前の強大な力に対しての恐れ。


 感じたのは王者の力。

 マティアス様とは違う、冷たい力。

 その場のすべてが彼女の手中にあり、自然までもが跪く。


 魔物が弾け飛ぶと、彼女は怪我をしたマティアス様を助けようとする。何時の間にかその姿は元に戻っていた。


なんだ? マティアス様を抱きかかえたまま彼女が何かしゃべりかけてくれている。

「 け…… の…… 」

 何を言われたのか聞こうと、そばに寄ろうとした僕は、自分でその声をかき消すことになってしまった。

 でもあれを自分の目で見て、叫ばず、腰を抜かさない人間なんているのだろうか。


 今度は見たことがある魔物だった。習ったことがある。50年ほど前に隣国に甚大な被害をだしたあれは、我が国からも討伐隊をだして連合軍が封印したはずだった。討伐できなかったのだ。

 特筆すべきは、その大きさ。

 山が動いているかのような巨体に張り付いた目は360度すべての方向からの攻撃を見破ることを可能にする。それゆえ、致命傷を与えるまでの攻撃を続けることは不可能。

 そう挿絵ととも書いてあったのを読んだ記憶がある。



 それは本当だったはずだ。

 でもそれは彼女には当てはまらなかった。

 例え見えていても避けられない攻撃をすればよかったのだから。


 僕は今、歴史的瞬間に立ち会ったのかもしれない。


 彼女は攻撃する時は後ろを振り向きもしなかったのに、地響きを立て倒れるのを思い出したように振り向いて見ていた。


 呆気に取られて、魔物がいなくなった空を見上げていると、彼女の声がする。


「 今すぐ手当いたしますっ 」

 慌てて道具を取りに行く。早くしなきゃという気持ちで足が絡まってなかなか進まない。

 転がるように馬車に積んであった荷物をもって、治療をし、今に至るわけだ。


「 とりあえず、マティアスさんを看病できるところに行かないと…… どこにいけばいいですかね? あの…… 」

 お礼を言われて、惚けていた僕は姿勢を正して、敬礼をする。自己紹介がまだだったのか!

「 わ…… わわわたしは、今回の護衛を任されました、騎士団所属のアロイスと申しますっ! 」


「 エル……エル…… 」

「 失礼ながら姫様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか 」

「 え…… 」

 そう言うと、彼女はしばらく困ったような様子を見せてから、こくんと頷いた。その姿からじゃさっきと同じ方だとは思えない幼さを感じた。


 よかった。もしかしたら名前は明かさないように言われているのかもしれなかい。これからは僕がしっかりしなきゃだめだ!


「 では、いきましょう。こちらです 」

 マティアス様がこのような状態になった今、王都に戻るべきだろう。そう判断し、姫様を促したところで問題が発覚した。

 怪我をしたマティアス様をどう運ぶか。すぐに傷口を縫ったけれど、背負ってできるだけ早く一番近くの村へ向かおう。


 僕がマティアス様を背負おうとしたことに気づいて何かを言おうとするように、彼女のピンク色のくちびるが開く。


「 」

 しかし、発せられた不思議なメロディーの一節のような言葉は単語一つも聞き取れることができなかった。


 しかし、その結果。

 彼女の足元から一本の直線となって氷の道が伸びて行く。どこまでも。


 なんだ!?

 魔法だ。何を言ったのか分からないが、彼女はこうなることを知っていてあれを発したってことだ。

 実はここでもう僕の頭は限界を迎えていたらしい。

 一つの可能性を思いついてしまったのだ。そしたら、もうそれ以外には思えなくなってしまった。


 ───彼女は妖精とかそういう類のもので、きっとこの世界に挨拶をしたんだ。

 だから、世界は彼女を歓迎したんだ。それなら納得できるじゃないか。



 さっきから呆気に取られているばかりだと自分でもわかっているが、また呆気に取られていると、パリパリと彼女が氷を踏みしめる音がした。

「 行きましょう 」

 彼女の手には馬車の残骸から作り出したと思われる、木の板。そしてその上にマティアス様を乗せ、前に進んだ。


 彼女のためだけに敷かれた赤いカーペットを進むように。



 もう夕日が傾きはじめていたのだ。

 アロイスも急いでその後を追った。



  ♢♢♢♢♢



 彼女の歩みは止まらない。

 あたりは真っ暗で、すでに灯りと言えるのはアロイスが魔法でともした右手の炎だけ。


 アロイスからすると姫様のどこにそんな力があるのか不思議だった。

 しかもここにくるまで、マティアス様を乗せた台を手放そうとしないのだ。仕方ないので、アロイスは野宿で必要になりそうなものを馬車から選び出して持っていた。




 不意に隣を歩いていた姫様が止まった。


 ……流石に体力の限界が来たんだろう。こんなに歩いたんだ。立派なものだと思う。


「 姫様、ここらへんで今日はお休みにしましょうか 」

 しかし、返事は返ってこない。


 見ると、空を見上げ、ポトリと即席台車の取っ手を落としたところだった。

 様子がおかしい。無視しているのではなく、耳に入っていないといった方が正しそうだった。



 空を見上げたまま、彼女は口を開く。

「 そうか 」

 そう呟いた声が今度ははっきりと聞こえた。





 その直後、鼓膜が割れそうなほど大きな音がして咄嗟に耳を抑えた…… はずだったが、目の前の光景を見た僕は、今度はぱたりとマティアス様の上に折り重なった。



みんな、失神しすぎですね。実際失神すると怖いですよね。昔、後頭部を強打して気を失ったのが忘れられません。


アロイスはちょっと気持ち悪い。


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