2-4 戦闘と変化
それは旅も終盤に差し掛かっていたある日のことだった。
隣に座る兵士、アロイスと時折会話を交わしながら進んで行く。
マティアスはアロイスのことを結構気に入っていた。
はじめこそ不審な行動が多く見られたが、話してみると素朴で誠実な人柄だった。
貴族社会で生きてきた自分の周りには今までいなかったタイプだ。
しかも、彼は誰かに憧れて騎士団に入ったらしい。激しくかみながら教えてくれた。なので、なにを言っているのかよくわからなかったが、そんな内容だったと思う。学院を卒業してから第一従者になるまで、自分は騎士団に籍を置いていたため、一通りの人物とは面識があるが、いったい誰のことだろうか?あそこの上層部は変わり者が多い。憧れの人物になるのが難しかったとしても、彼のようなタイプが騎士団にいるのもいいと思う。
それだからなおさら、このような旅に同行させたくなかった。
彼は今、誰の護衛をしているのか知らない。詮索も禁止されているだろうし、彼の目の前で要人は一度も姿を現してないのだから、わかりようもないだろう。
彼がどんなにいい人でも、自分の心は日が経つにつれ、深く沈んでいく。
エルメル様は結局一度も笑うことも泣くこともなさらなかった。はじめての馬車の中でさえ、驚いた様子はなかった。
しかし食事を運んだ時、侍女のようにできずに困っているとエルメル様は食器をとり、ご自分で食べ始めたのだ!
エルメル様はちゃんと自分でできたのか!
驚きと喜びで心が踊ったが、すぐに今の状況を思い出してしまった。
エルメル様の新しい一面。もしかしたら自分には見えていないところはまだあるのかもしれない。
そんなことはない。考えを振り切ろうとする。
お姿を見ているのが辛くて、必要な時以外は御者台にずっといた。やはり、エルメル様は何も映っていない目を開き、じっと微動だにせずに座席に座っていらっしゃるのだろうか。それとも……?
あのお姿ももうすぐ見れなくなるのだ。
フェルに聞かれたとき、自分はこの手でやる決意を固めた。例え、短い時間でも、一度も心通わなかった主人でも、どこぞの知らない奴にエルメル様の生命を終わらせられるのは嫌だった。
誰にもわかってもらえないかもしれないが、これが自分の、第一従者としての覚悟だ。これはただのゆがんだ独占欲と思われるかもしれなかった。それでもいい。そんなことはどうでもいい。
「 マティアス様、マティアス様! 」
どうも深く考え込みすぎていたらしい。隣でアロイスが呼んでいるのに全く気づかなかった。
「 すまん。どうした? 」
「 橋が落ちています。どうすればいいですか? 」
そう言われて前を見ると川が増水し、橋が中央から4分の3ほどなくなっていた。
それを見て、ようやく雨が降っていることに気がついた自分はどれだけ上の空だったんだろう。この様子じゃ、今降りはじめたわけでもなかろうに。
「 ここら辺は村も町もないはずだ。このままここにいてもしょうがないな。道を変えよう 」
地図を出し、二人で道を確認する。道を決め、馬を走らせた。
山崩れに気をつけながら、山道を進む。雨はどんどんひどくなっていた。
そんな時だった。
「 うわぁああぁああ! 」
アロイスが絶叫しながら、馬車を止めた。
目の前には、魔物。
A級か!
急いで御者台から飛び降り、魔法を発動しようとする。呪文を唱えようと口を開いてから気づいた。
ーーああ、今日は雨じゃないか
ついてない。ウエストヴェルン家の者は火を操る魔法を使う。
「 アロイス、属性は 」
震えながらも剣に手をかけたアロイスに聞く。一介の兵士にA級はキツイだろうに、さすが騎士団いうべきか。
アロイス、君は誰かに憧れなくとももう立派な騎士じゃないか。
「 火… です… 」
アロイスが申し訳なさそうに答える。同じだったのか。
「 別に気にしなくていい 」
続いて呪文を唱える。
別に雨の日だから魔法が使えないわけではないのだ。ただ、魔力を多く使うことになるというだけ。しかも威力は落ちる。
それでもA級1匹ならきっと大丈夫だ。
ウエストヴェルン家の力をなめてもらっては困る!!
呪文を唱え終わり、魔方陣が展開する。赤く燃えたぎる火が魔物をつつみこんだ。
さすがに燃やしつくすのには時間がかかり、身体半分を失って、燃やされながらも、こちらへ攻撃してくる。
あたりに生えている木々を引っこ抜き、投げてくるのだ。飛んでくる木もすべて当たる前に消し炭にした。隣でアロイスも頑張っているのが見えた。
身の毛もよだつような叫び声をあげながら魔物が倒れた。
さすがに魔力を使いすぎたか。節々が痛む身体がそう物語る。
A級なら国で討伐隊を組んで倒すレベルだ。しかもこの悪状況。
後ろを振り返り、二人の無事を確認しようとする。
見えたのは巨大な石、いや岩が馬車に向かって飛んでくるところだった。直撃した馬車が軽く吹き飛び、おもちゃのようにコロコロと横転した。
あわててかけよる。
その途中で、横転しへしゃげた馬車から出てこようとしていりエルメル様が見えた。白い頬から血が出ている。
無事で良かったと思ったのは一瞬。
目は、魔物の鋭い爪を捉えていた。
A級一匹だけじゃなかった。
他にもいたのだ。まだ二匹。
岩を投げた大型の魔物と、今にもエルメル様を殺そうとしている小型の魔物。
小さくても、あいつは強い。あの種類は村をいくつも潰してきたやつじゃないか。森に近づきすぎていたのか。
いろんなことが頭に浮かんだ。
もう呪文を唱える時間はない。
「 危ないっ! 」
体が勝手に動き、エルメル様を押し倒して倒れこむように地面に伏せる。
その途端、背中が焼けるように熱くなった。見なくても、切り裂かれたんだとわかる。痛みで頭が割れるように痛む。
なんとか、下を向いて、エルメル様の無事を確認した。
大丈夫だ。
よく考えたら、今エルメル様を助けても、A級相手にアロイス一人はどうしようも無い。
あのまま見逃せば、直接手を下さずにすべてを終わりにできた。二人でだって逃げ出せただろう。
でも、守りたいと思ったのだ。後悔はしてない。
「 エルメル様が…無事で… よかった… 」
出した声は自分のものでないようにかすれていた。
「 つっ… 」
もう痛みで声にならない。
エルメル様が起き上がり、ずるりと自分が下に下がった。
傷口に何かあたった。
エルメル様の右手、べったりと真っ赤な血がついている。ああ、自分の血だ。
それを見たエルメル様の表情が歪んだ。
初めて見る、血。初めて触れた、死。それに恐怖を感じられているのだろうか。
生まれて初めて見ることができたエルメル様の感情。最期に見ることができて嬉しかったが、やっぱり笑ったお顔を見たかった。
「 エルメル… さま… ? 」
ひゅっとあたりの気温が下がった気がした。鳥肌がたち、吐いた息が白くなる。気のせいではないようだ。ものすごく…寒い。
エルメル様が立ち上がろうとしているのがわかった。
「 無理… で… す… おやめくだ…… エル…… 」
「 大丈夫。助けてくれてありがとう 」
自分の声を遮って発せられた声は静かに耳に響いた。
呆然としてエルメル様を見上げる。
さっきまで頬についた傷がみるみるうちにふさがっていく。
立ち上がるエルメル様の目は光が入ってすっと鋭くなり、瞳の青色が濃くなっているような気がした。肩につかない長さで切っていたはずの髪が伸びていく。その間にパキパキとなにかが割れるような音がして、エルメル様を中心に地面が氷の大地へと変化していった。
どういうこと…です… か?
とっくに限界を超えた身体はそれを声にすることはできず、
そこから意識は、途絶えた。
マティアスとエルメルの初会話。喜んで倒れるどころではなく、怪我で失神……。