1-11 小鳥と拾得
「 次は~こちら~ 」
手になにも握ってないことを見せてから、軽く右手を握る。さっと手を広げるとそこには小鳥が現れた。小鳥はパタパタと羽を広げ、一周天井付近で回るとまた今度は左手に戻ってきた。
「 では見てててくださいね 」
そう言って、コツコツと小鳥を窓ガラスに当てた。
これはマジシャンは俺、観客は清爛だけというマジックショーだ。フォーメーションZまで続けて、俺は諦めた。もう本は無残な姿と成り果てている。というか、もう手元には紙片が数切れしかない。
そこで、即席マジックショーの開催となったわけだ。清爛の誕生記念とでも言おうか。
氷で出来た小鳥は飛び立ち、窓ガラスの方へ向かう。さっき通り抜けられなかった場所だ。
しかし、今度はするりと窓ガラスを抜け、外に出てしまった。
「 なんてことでしょう!小鳥が逃げ出してしまいました! 」
成功だ。清爛がパチパチと拍手をし…てなくて、バンバン尻尾で俺を叩く。だから痛いんだよ。加減しろって。
それでも喜んでくれてるらしい。
もちろん小鳥が窓ガラスを通過したわけじゃない。窓ガラスに当たったところから氷を水蒸気に戻し。なくなった部分と同じとこを向こう側で作り直しているというだけだ。それでも結構うまくできた手品だと思う。魔法だけれども。
そこではっと気づいた。俺はすごいとか思ってたけども、もしかしたらこっちの世界では当たり前かも… 忘れてた!魔法があるのは常識だ。種も仕掛けもありませんとか言ってる場合じゃない。今までの練習って意味ない!?
予定ではお客さんのグラスの中を通過させたりするつもりだったのだ。子供たちには大受け…のはずだ。
小鳥のあんなに愛くるしい形をしているのに。
「 清爛… むなしいな… 」
俺は小鳥を窓の向こう側で思いっきり飛ばした。氷なので、離れてしまうとすこし見づらい。
ガチャ…
小鳥に気を取られていたのか、ドアが開く気配に気づくのに遅れてしまった。慌てて清爛を消し、経済学の死体(といってもいいと思う)を握りつぶした。
「 ご夕食の時間です 」
お手伝いさんとマティアスさんだった。
もう一日が過ぎたのか。
清爛がいたからかいつもより夜が来るのが早かったような気がする。
♢♢♢♢♢
「 ふざけんなよ、クソじじぃ。また面倒臭い仕事押し付けやがって 」
苛立ちに任せて、足元の水たまりを蹴り上げた。服にどろがかかり、それがさらに彼をイラつかせる。
「 くそぉお! 」
この雨にさえイライラする。
大体、あのクソじじぃが全部悪いのだ。ちょっと俺がいたずらしたぐらいであんなに怒ることないだろう。怒られるとは思っていたが、仕事を増やされるとは思っていなかった。
何年も他国の貴族の見張りをさせられた腹いせに貴族のバカ女の一番高級なドレスに毛虫を詰めただけだぞ!?
そういや、ピェットが言ってたな…じじぃが俺がいない間に見張りの任務失敗したとかって…
信じられなかった。じじぃは確かにむかつくじじぃだが、腕は確かなはずだ。今まで彼のこなしてきた難しい任務は数え切れない。なのに、失敗した相手が幼い王子、とかピェットが語り始めたので話の途中で逃げ出してきたのだ。あいつは話すと長い。めんどくさくなったら逃げるべしというのは影の常識だった。
王子っていうと、じじぃのマスターのマティアスの新しい主人のことか。って子供だろ?そんなことってあるのか?まぁ、俺には関係ないか
今日はさっさと家に帰りたいし、庭の隅をつっきって行こうかな…と少年は考える。隅といっても本当に隅を歩くわけじゃない。死角となる場所のことをそう呼ぶだけのことだ。その場所がどこからなら見えてしまうのかわかっていれば、そこに誰も居ないことを確認して歩けばいい。そんなことを簡単にやってのけてしまうその潜在能力と運動神経の良さこそ、師匠や仲間から有能だと称させる一因なのだ。
そうはいっても、少年は未だ見習いだった。
拾ってくれたじじぃ、つまり師匠には感謝してる。親に売られ、クソみたいな生活で死にかけていたところを助けてくれたんだから。拾って仕事まで教えてくれている。じじぃは若い者でも育成してみようとか思ったとか言ってたが、影の仕事は俺には天職だと思うし、衣食住の心配だってしなくていいから仕事は好きだ。
このままいけばきっとマティアスが俺のマスターになる。元々嫌いじゃなかった。あいつにいたずらすると、説教めちゃくちゃ長いのは気に食わないが。
仕事柄色んな貴族を見てきて、あいつは普通とは良い方向に違う貴族なんだと知った。だから今だってマティアスに忠誠を誓って直属の影になれと言われたらイエスと言うだろう。でも誰もそんなこといってこない。
はじめの頃荒れていたころに、一度だけマティアスに言われた事がある。お前の師匠は俺のために働いてくれているが、別にお前にまでそれを求めない。さすがに情報を売られたりするのは困るけど、仕える主人は自分の目で見極めて決めろ。だからお前の名を俺が決めることはしない、と。
そんなこと言う貴族は普通いない。大体名前なんてつけない。影なんて貴族にとったら人間じゃないからだ。じじぃの名前が1という意味のイェデンなのは、マティアスが名前をつけようとしたところ、じじぃが影は数字で呼べばいいと言い張り、結局折れたマティアスが名前っぽい外国語を見つけてきたとか聞いた。
だからじじぃたちも彼についていくのだろうか。
俺にもいつかそんな相手に巡り会うのだろうか?それともこのままマティアスのもとにいるのだろうか?別にどっちでもいい。ただ…ただもし、前者ならマティアスと敵対してない奴がいいな。
そんなことを考えながら隅を通っていた。
水翠宮の一番人目の少ない庭。そこで突然、頭の上になにか重いものが落ちてきた。
「 いってー… 」
痛い。割れたかと思うほどの痛みに思わず顔をしかめてしゃがみ込む。
「 なんだ? 」
攻撃じゃないはずだ。致命傷はあたえられてないし、殺すつもりなら殺意を感じる。どちらでもないっていったら事故しかない。
しゃがみ込んだ地面の上。少年の目の前には半透明な置物の小鳥。落ちた時に汚れてしまったのかところどころに泥がついていた。
少年は着ていた服で置物をこする。まるで生きてるかのようなその美しさに目を奪われた。注意深くあたりを見渡すが、誰の気配もない。
こんな綺麗なものなら、どっかの貴族の令嬢のおもちゃかもしれない。捨てたんなら俺がもらお。
そう思った彼は小鳥を服のポケットに忍び込ませる。
あーあ、やっぱり今日はちょっとだけいい日かもしんない と呟いて足を早めながら。
新キャラ登場!
名前はまだありません。
毛虫詰めるとか、イジメだからね!と彼に教えてあげたい。