1-10 大雨と軟禁
今日は大雨だ。雨粒が部屋の窓を激しく叩きつけている。以前の俺ならこんな天気の日は憂鬱でしょうがなかったけど、今は結構好きだ。
こんなに水が満ちあふれているんだ。別になくても集めれば良いんだけど、今日のような日の方が使う魔力が少なくて楽。
そう、もう一度言うが雨の日の俺は気分が悪くない。
今日が軟禁されていることに気がついていた日じゃなかったら、だ。
魔法の練習をして五年。毎日休まず続けた&それと読書しかやることがなかった俺はすでに喫茶店を24時間開店をできるまでに成長したと確信した。
これで外に出たらみんな当然のようにできることだったとしても、そんなことが出来るならもっと他の仕事ができるはずだし、喫茶店が飽和状態だったらレストランの飲み物担当に雇ってもらおうと思っていた。
生まれて五年目、ついに外に出る覚悟をしたのだ。本当は決めてから覚悟するのに一ヶ月かかったんだが。
俺は勇気を出して、扉に手をかけた。
開かない扉に。
気づかなかった、閉じ込められていたなんて。
自ら出ていないのと、出してもらえないのとじゃ意味合いが随分違う。
どうしようもなくなった俺は結局いつもの場所に戻ってきたのだ。
なぜ閉じこめられているのだろうか?それは俺に外に出て欲しくないからにほかならない。そう思っているのは父親?母親?それとも違う人?
こんなに月日がたった今でも、会いにこない両親は死んでいるのかもしれない。顔を知らないまま育ったせいか悲しいとは感じなかった。俺の中ではまだ前世の家族が俺の家族なんだ。
それでも、毎日食事からなにまで面倒を見てくれているってことはどういうことなんだ。この年になっても、お手伝いさんは食事をすべて口元に持ってきてくれ、お風呂もいれてくれる。彼女たちは仕事だろうが、そのお給料を払ってくれている人は何処かにいる。
あ、なんか本気で申し訳なくなってきた。こんな毎日遊んでていいのかな。俺のさっきまでの怒りは何処かへ吹っ飛んでいった。
その人は俺のことを心配してここに閉じ込めているのかもしれない。
外は危険で弱いとすぐに殺されるから、強くなるまでここにいろってことか?
… やばい。五年もあったのになんにもしてねー! 喫茶店マスター修行しかしてない。それどころかアイスとか作っていた。
今日から、いや明日からはどんな風に恐ろしい外の人たちに対抗しようか考えよう。自分で自分の身を守れるようにならなければ、死んでしまう。
今日は遊ぼうと考えた俺は近くにあった水差しを引き寄せた。その中に手を突っ込み、水滴が滴るほどにを濡れてから引き抜く。ゆっくりと数回、手を握りなおす。
いける。
俺はおもむろに残った水を空中に放り投げた。
物音一つ立てず、手が凍りついたかと思うと、空中に浮かんだ氷の塊が現れる。それはみるみる大きくなったかと思うと、部屋いっぱいの大きさの龍となった。
氷龍。
俺のお気に入り。暇な時によく作る奴だ。
空中の水分を集めてこれだけのものを作るのは難しい。すでに目に見えて存在している水が多くないといけない。さらに、魔力が弱い俺は手をたっぷり濡らして、核としないとできないのだ。それになんでも作れるというわけでもなかった。魔法はそこまで万能ではないらしい。うまく形になったのは、小鳥とこの龍ぐらい。あとは小さなものだったらできる。
あと、今みたいに音を立てずに作り出すのもめんどくさい。本当はバリバリ音を立てながら作った方が手っ取り早いけど、見つかってこんな低レベルな魔法の練習してたのかとか苦笑いで言われた日には凹む。だからこそこそ練習中してる。
もしやこいつ戦えるんだろうか。氷龍の顔をそっと撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。
目を閉じた!?
今、俺そんな風に操っただろうか。
びっくりして仰け反ると、ペロリと巨大すぎる舌で顔を撫でられた。
「 お… お前、生きてんのか!? 」
必死に小声で囁くと、龍がコクコクと頷く。
生きている。というより、意思があると言った方が正しいんだろうが、びっくりした。
いや~これはほんとにほんとにびっくりしたわ。
暇な時にしょっちゅう愛でてたからかな…。昔から大事に使っているものには命が宿るっていうしな。
異世界にいる時点で理由をグダグダ考えてもしょうがないか。こうなったからには、事実を受けれよう。
とりあえず…
「 名前欲しいよな? 」
また頷く。さっきから頷くたびに尻尾が当たって痛いんだけど。
「 そうだよな~ 氷龍じゃやだよな。……ドラゴンのドラちゃん! 」
言ってからそれはないなって思ったよ。だから爪でどつかないでくれ。
氷ちゃん、龍ちゃんといった名前はすべて拒否された。うんざりした俺は、少々投げやりに名前を言っていく。
「 清爛! 」
呼びかけると、ガクガクと頷く。
それでいいという意味のようだ。魔法で作り出したからと言って、心の中で会話ができるなどどいってことはないようだ。
「 清らかなる水からできた龍。その姿は高貴にして豪華絢爛 の略な! 」
我ながらひどい略だ。てか、ぶっちゃけ後付けだ。やり過ぎたか?とりあえず褒めまくった結果がこれだ。
しかし清爛を見ると、満足げに髭をいじっている。本人がいいんなら別にいっか。
「 清爛って戦える? 」
清爛はまたしても頷いた。お前、戦えたのか!マジックとか言ってごめん。
戦えるなら外の世界に出るためにも、俺は強くならなきゃいけない。
「 一緒に強くなってくれるか? 」
今度はお互いがしっと手を組んだ。実際はちょっと違うけど…清爛は人間じゃないし… まあそんな感じだ。
じゃあ、さっそく特訓しようぜと言いかけてそんなことが不可能なことに気がついた。部屋は清爛でみっちりなのだ。動いたりなんかしたら俺まで吹き飛ぶ。
「 お前って一回消したり、大きさ変わったりしても清爛のままなんだよな… ? 」
問いかけると、清爛はそうなんじゃない?とでも言いたげな瞳でめんどくさそうにこちらを見てきた。
なんかお前のことがよくわかってきたぞ!ふてぶてしいな!
きっと、大丈夫だろう。
「よし、じゃあ小さくなれ」
すると、目の前にいた清爛はどんどん小さくなり、手のひらサイズになった。
かわいい。手乗り龍。ミニサイズの可愛さに必要以上に撫でていると、尻尾でぶたれた。ぶたれたなんてもんじゃない。小さい身体じゃ威力が足りないとでも思ったのか、胴体をしならせてキックしてきた。本気ではないんだろうが、痛い。
「 まあ、いいさ。このサイズならいくら動き回っても大丈夫だろう。とりあえず…こいつを敵だとする 」
俺は本棚によじ登り、「経済学の基礎から応用まで」と書かれた辞書並みに分厚い本を引っ張り出した。俺がこの中で一番嫌いな本だ。この本は長すぎて意味がわからない!
それを俺と清爛の前に立てる。
「 俺たちに目標はどんな敵からも逃げ切ることができるようになることだ。喫茶店を守り切れればなおよし。ってそんな嫌な目で俺を見るなよ。目標が低くて悪かったな。周りのやつはとんでもなく強いらしいからな。せめて…そのレベルにはっ!とにかく!まずフォーメーションAだ!かまえ! 」
格好良く言ってみたが、清爛は全く動かない。
「 清爛… 空気読んでそれっぽく構えてくれよ… フォーメーションAって何だって聞かれても決めてないんだからな 。答えられないぞ。」
俺を責める空気に耐えられなくなって頭をフル回転させる。
「 フォーメーションAは俺と同じ大きさの相手、人間などに使おう。俺は氷の粒を相手に飛ばしまくるから、お前はお前で頑張ってくれ!いくぞ! 」
掛け声と共に ( 今までの会話はすべて小声 ) 無数の氷の粒を作り上げる。ねらいは経済…学… ?
それはすでに清爛によってあっさりと倒されていた。本を指さそうとしていた手を下げ、うな垂れる。倒された本を優しく戻した。
「 じゃあ…フォーメーションBは、大きい相手に出会った場合。俺は氷の槍をつくるから… 」
力ない声で説明をしてると、ぐさっという音が聞こえた。
伏せていた目をあげると、清爛が尾に本を表紙から突き刺して持ち上げている。
俺はあわてて尻尾から引っこ抜くとさっきまで敵だったはずの本の穴をそっと撫でた。
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魔法使用時