『世界は、特に問題なかった。』国王視点
この物語には、
派手な戦闘も、明確な勝者も登場しません。
勇者は剣を抜かず、
魔王は滅ぼされず、
世界は「救われた」と記録されます。
それでもなお、
同じ出来事を見た人々が、
同じ感想を抱くとは限らない。
これは、
何も起きなかった世界を、どう受け取ったか
その差異を描いた二つの記録です。
謁見の報告書に、異常はなかった。
勇者は剣を抜かず、魔王も玉座から立たなかった。会話は穏やかで、争点は整理され、双方が合意に至ったとある。血は流れず、城壁も崩れず、民の避難指示も不要だった。
結果として、王国の被害はゼロだ。
私はその一点だけを確認し、書類に署名した。
世界は守られた。統計上、これ以上ない成果である。
勇者が何を語り、魔王が何を望んだかは、記録の付録に回されている。重要ではない。国が存続し、税が集まり、畑が耕されるなら、それで十分だ。
恐怖も歓喜も、政策には不要である。
民は今日も起き、働き、眠るだろう。
剣が抜かれなかったことなど、いずれ忘れる。
私は窓の外を見た。
平穏な景色が広がっていた。
――世界は、特に問題なかった。
世界が壊れなかったとき、
私たちは本当に安心できるのでしょうか。
英雄の剣も、悪の炎もなかったなら、
救済は「実感」されないまま通り過ぎてしまいます。
この物語は、
戦争が回避されたこと自体よりも、
それをどう観測したかに焦点を当てています。
問題が起きなかった世界は、
本当に「問題がなかった」のか。
その答えは、
読む人の立つ場所によって変わるはずです。




