閃光
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永遠にも思える時間が過ぎて。わたしの足は地面と再会した。
それを察したヴォルフも、残りの段を飛び降りる。
足元が確保されたわたしたちは、小さな明かりを頼りに周りを見回した。
地下パントリーを改装したのだろうか、壁際に並ぶのはいくつもの木箱。
――そして、檻。
女ばかりの檻。
男ばかりの檻。
年老いた者や、子供ばかりの檻。
それぞれが「仕分け」されているかのように、狭い檻の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。光ひとつ差さないこの地下で。
「ねえ、だれか話せる人いる? なにがあったのか分かる人は?」
問いかけてみるが、濁った目で見つめ返されるだけだ。
ヴォルフが手近な檻から解錠を試みる。ぱちんと火花が爆ぜて、魔法が跳ね返された。
「……ルナ?」
「メリー!」
見知った顔を見つけて、わたしはその檻に飛びついた。少し前から見かけなくなっていた。羊の角を付けた少女、メリーだ。
「ルナ、ルナ、ルナ、ルナ」
メリーは幼気な顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。わたしは鉄格子ごしに彼女の手を握った。
そうだ。きっと助けるって、わたしはこの子にも約束したんだ。
その時、空が四角く口を開けて。
「おやおや、自ら檻に飛び込んでくるなんて、殊勝な兎ちゃんだ」
ピ課税担当大臣ヴィルヘルム・ド・グラナートが、好々爺然とした顔でこちらを覗き込んでいた。
グラナート、上役、面接の日に見た強面の男たち。
なんらかのトラップに引っかかっていたのか、それとも、出荷前の検品に来たのか? どちらにせよ、ふたりで戦うには分が悪い。つぎつぎと降りてくる悪党たちを見ながら、わたしは大きく舌打ちをした。
「……この子たちを、どうするつもりなの」
わたしはグラナートの前に立ちはだかった。
「なあに、彼らは国が定めた税金が払えないというのでね。仕事を斡旋してあげただけだ。ほんのちょっとの手数料はいただくがね」
「いつから『ほんのちょっと』って『一切合切』って意味になったの? 自由を奪って、家畜呼ばわりして」
「……兎ちゃんはずいぶん、物知りなようだね」
グラナートの笑みが深くなる。
「正当性のない徴税で国民を疲弊させたな。富裕層からは等級を不正に下げることで賄賂を受け取った。根拠のない噂で分断を煽り、バイトと偽り貧困層を集め、人身売買の温床にした」
ヴォルフがわたしを視線からかばうように前に出て行った。
「オオカミだと思っていたが、犬だったとはね。やはり、早めに殺処分しておくべきだった」
上役はよっぽどヴォルフが気に入らないのか、憎々しげに顔を歪めた。
「なあに、今からでも遅くはないさ」
グラナートは鷹揚に頷いた。
「常日頃、下等な賤民のために身を粉にして働いているんだ。少しばかりのご褒美があってもいいだろう? 愚か者どもが勝手にまき散らした噂までは知らないがね。魔力が高く、所得も高い、だったか。……ああ、「上昇婚の傾向がある」だけは、あながち嘘ではないかもしれないぞ。王子様が君を見初めてね。……ペットにしてくれるそうだ」
物音ひとつたてない「家畜」たちの前で、グラナートは上機嫌だ。街頭で演説でもしているように芝居がかって語りかける。
「ずいぶん、ご親切にいろいろと教えてくださるのね、おじさま。そんなにペラペラしゃべっちゃって大丈夫なの?」
「問題ないさ。どうせ守秘義務魔法で何もしゃべれまい。王子様は気の強い女の絶望に歪む顔が殊の外お好みでね。……せいぜい、いい声で啼いておくれ」
気持ち悪くて反吐が出そうだ。怒りで目の前が真っ赤になる。
「うちの王子様たちはそこまで悪趣味じゃないと思いたいがね」
「弊社は輸出事業も好調でね」
ヴォルフの嫌味には、上役が応じる。
「貴様には守秘義務魔法が効いていないようだが、なあに、心配はいらない。昔から言うだろう? 『死人に口なし』ってさ」
後ろに控えていた強面たちが、武器のようなものを構えて一歩前に出る。
「あまり暴れないでくれると嬉しいね。臓器、いや「部品」も売り物なんだ。傷むと値が下がってしまう」
――鼻の奥が、つんとした。
甘いとも苦いともつかない、ぞっとするほど濃い魔法のにおい。
思わず、わたしは小さく鼻を鳴らした。
「……来たか」
呟いたヴォルフがわたしに向き直り、庇うように強く抱きしめられた。
蕩けるほど甘く囁かれる。
「ルナ……。目を、閉じろ」
「えっ?」
その瞬間。
「――そこまでだ!」
視界が爆ぜて、真っ白になった。
暗闇を切り裂く激しい閃光に目が眩み、何も見えない。
たくさんの足音、金属の擦れる音、だれかの悲鳴。
わたしを抱いたままのヴォルフが「遅いですよ、リーンハルト殿下」と言う声を聴きながら、わたしは意識を手放した。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回が最終回です。
「ピンク髪でも世は事もなし」
21時にお待ちしていますので、よろしくお願いします。




