潜入
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閉店後、わたしたちは皆と同じように店を出て、宵闇に紛れて再潜入を試みることにした。
わたしたちが店を出ると、路地で寝ていた男がふらりと立ち上がり、千鳥足でわたしたちに近づいてきた。
ヴォルフは小声で男と何かを言い交わすと、彼の持った帽子に帳簿と等級通知をねじ込んだ。
「――ありがとうごぜえます」
男は、歯の抜けた顔で笑うと、酔ったような足取りでどこかへ消えていった。
「……あとで、すべて話す」
物問いたげなわたしの視線に気づいたヴォルフは、意外なほど真摯な目で見つめ返してきた。
「……約束」
わたしたちは、どちらからともなく手を取り合った。
閉店後の店内は、見つかる危険も、見つかった後の危険も桁違い。
ただ闇雲に家探しするのは、悪手だ。
わたしたちは油断なく再潜入の期を伺いながら『牧場』の所在について話し合った。
「牧場っていうぐらいだから、ある程度広い場所が必要だな」
「建物の中に広い場所を確保できるところは、ある程度限定できるわね。屋上。階と階の隙間。それから地下」
ヴォルフが屋根に小石を投げ、防犯装置がないのを確かめる。
「広い場所を作るなら……地下、か? まずは一階に抜け道になりそうなところがないか、重点的に探そう」
ありえない身軽さで壁を登っていくヴォルフ。時々振り向いては手を差し伸べられ、わたしも何とかよじ登る。
「……デセールの、スプーン」
応接室に誰もいないのを確かめ、鍵の開いている窓を開けようとしたヴォルフを、わたしは押しとどめた。
「落ちて、鳴った、音。からっぽのスープ缶、みたい、に、響いた。……ぼくじょ、う、は……」
魔法のにおいが、喉をせり上がってくる。燃えるように熱くて痛い。
でも怯まない。触れてはいけないところに、近づいている証拠だから。
ふたたび頬を嚙み切る寸前、長い指が唇の隙間から差し込まれて、続く言葉を引き取った。
「……牧場は、厨房だ」
誰もいない厨房は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだ。
わたしたちは滑るように足音を殺して歩く。
営業中の厨房であれば、ちょっとぐらい物音が反響しても──ひょっとして、家畜が鳴いたりしても──誰も気づかないに違いない。
いま物音を立てたらどんな音が響くんだろう。ちょっと試す気にはなれないが。
窓のない厨房の空気は少し濁っていて、昼間煮込んでいたスープの残り香がまだ居座っていた。
──くう。
「こんな時でも腹が鳴るのか。大物だな」
「う、うるさい! 早く探して!」
わたしは羞恥で身悶えしながらも、目を皿のようにして床板をひとつひとつ観察していく。不自然な箇所は──見つけた。
普段はだれも触れないような作業台の下の床板が、手垢でもついたように不自然に艶めいている。ヴォルフが継ぎ目に見慣れない工具を突き立ててる。
床板が、外れた。
真っ暗な奈落から漂う、黴臭いにおい。そこに入り混じる、獣のような生臭いにおい。そして、かすかな、衣擦れの音。
「行くぞ」
床板の下に続くタラップに足を乗せると、慎重に床板を基に戻す。途端に、鼻をつままれてもわからないような暗闇に包まれ、恐怖で叫びだしそうになる。
「ルナ」
「……ヴォルフ」
頭上からヴォルフの声が聞こえて、心に小さな灯が点った。喘ぐように名を呼び返す。どうして、こんな小さな言葉ひとつで、この人は明かりを灯せるのか。
次いで、シュ、という音とともに魔法灯が現れた。手元が見える。わたしたちはそれを頼りに、一段一段タラップを下り始めた。
地獄へと至る道を。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回「閃光」は、明日21時投稿予定です。
あと少しなので、一緒にお付き合いいただければ幸いです。




