狭間の吐息
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「賄賂次第で累進等級を融通、か。ありそうなこった」
バックヤードの隅で、わたしたちは手短に言葉を交わした。ざわざわと喧しい厨房の近くなら、話が他に漏れることはない。
「ということは、上役は政府に繋がりがあるか……ずばり『出向中』か」
「あと、牧場」
「ふむ。やつらが真面目に酪農なんかやってるとは思えないな。どうせ、ろくでもないことだろう」
考えを巡らせているヴォルフの横で、わたしは厨房から上がってきたテリーヌの皿を素早くトレイにセットしていく。角の崩れたひと切れを見つけ、直すふりをして小さなかけらを口に放り込んだ。
う~ん。口のなかでほろりと解けて、肉の臭みは全くない。小さく砕いたナッツの食感がアクセントになっている。
「あっ……。こら、つまみ食いすんな。いやしいやつだな」
「嫌よ。この店はクソだけど、料理だけは超一流。いつかわたしの店で最高の料理が食べたければ、口出ししないで」
絶対こんな地獄とは手を切って、自分の店を開くんだ。諦めるもんか。
「応接室には、なんらかの物証がありそうだな。閉店間際の慌ただしい時間がチャンスだ。踏み込むぞ」
「また、後で」
わたしは守秘義務魔法に引っかからないよう言葉に気を付けながら、短く賛同の意を伝えた。
「そういえば、今日はメリーはいないのね」
この店は従業員の入れ替わりが激しい。昨日いた者が何人も居なくなり、また新しいピンク髪が入ってくる。
納税額が貯まったから辞めたのだ、と、能天気に思えたらどれだけいいか。
そのとき、デセールを盛り付けていた少年がスプーンを取り落とした。床に落ちたそれは、やけに大きな音を反響させながら転がっていった。
支配人の怒りを込めた足音が聞こえ、従業員たちが蜘蛛の子を散らすように現場に散っていく。
「行くぞ。目立つな」ヴォルフに強く腕を掴まれて、わたしも嫌々その場を離れた。
「てめえ! うるせえんだよ! お客様に聞こえるだろうが!」
支配人が少年のこめかみを容赦なく殴りつけるのを視界の隅で見ながら、わたしは強く唇をかみしめた。
わたしたちはそれぞれ一度持ち場に戻り、目立たぬように業務をこなしてから、応接室の前で落ち合った。
扉にはもちろん鍵がかかっていたが、ヴォルフは何やら取り出した道具でてきぱきと解錠してしまった。
「……器用」
「ま、職業柄な」
「ギャルソンが?」
「そういうことにしといてくれ」
軽口を叩きながらも油断なく辺りを確認し、ふたりで応接室へなだれ込んだ。
「よし、恐らくはここに帳簿のようなものがあるはずだ。探そう」
引き出しの中。飾り棚の隙間。ソファの裏側。入念に調べては、気づかれないよう慎重に元に戻す。
「待って、そこ触らないで。なんか魔法のにおいする」
書棚の取っ手に手を伸ばしたヴォルフを、わたしは小さく制した。
「……におい?」ヴォルフは訝しげに首をひねったが、素直に手を引っ込める。
「……あった」
わたしは、未記入の「ピ課税 累進等級のお知らせ」の束を掲げた。あきらかにここに在ってはいけないものだ。
「こっちも、発見」
ヴォルフの手にあるのは、帳簿。中ほどから1枚抜き取って、胸元にねじ込む。
「よし。こんなところだろう。さっさと逃げるぞ」
帳簿を元通りに戻して部屋を出ようとしたとき……。足音が、近づいてきた。
「やばい。くる!」
「……こっちだ」
ヴォルフに手を引かれ、棚と壁の隙間に押し込まれた。直後、ヴォルフも滑り込んでくる。
(ちょ、せま)
(黙れ。音を出すな)
背中が、壁に当たる。
前面は、ヴォルフ。
肩も。胸も。腕も。脚も。すべてがヴォルフに密着しているのに、まだ足りないというようにぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくる。網タイツがヴォルフの手の形に沈む。
背の高い彼の胸がわたしの頬に当たり、鼓動がばくばくと暴れているのがわかる。
スパイシーな彼の香りに包まれ、わたしの鼓動もぎゅっと跳ねた。
ヴォルフの吐く息がわたしの耳にかかり、ぶるりと震えそうになるのを意思の力で抑え込んだとき。
ギィ。
ドアの、開く、音がした。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回「ピンク髪なら高額出荷」、明日21時投稿予定です。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




