まだらオオカミ
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「お前、何者だ」
男は敵意を隠す様子もなく聞いてくる。この男のことは知っている。昨夜のパーティ会場で、オオカミの耳を着けていたギャルソンだ。
「先に聞いてるのは、わたしだけど」
わたしも負けじとギリリと男を睨み返す。
美しい男だ。背は高く、均整の取れた体つき。長い睫毛が切れ長の目を彩っている。そんな中、斑模様の髪色だけが、ひどく異質だ。
「なんなの、その髪。染めようとして失敗したの?」
「まあ、そんなところだ」
男はあっさりと認めた。さもありなん。ピ課税の導入が決まった時、人々が真っ先に思いついたのは染髪だ。多くのピンク髪が床屋に駆け込み……そして、絶望した。
政府が「善意の協力者」を報奨金付きで募ったからだ。実質的な密告奨励だ。多くの床屋は施術代を受け取ったのと同じ手で報奨金も手に入れた。
床屋が口を噤んでいても、結局は同じことだ。親しい友人たちはともかく、すべての知人の口に戸を立てるわけにはいかない。不特定多数の目に晒される飲食業であれば、なおさら。
そして、国民の義務を逃れようとしたものには厳しいペナルティが待っている。目の前のこの男にも、莫大な追徴課税が課せられたことだろう。
「お前、何者だ。なぜ拘束魔法が効いていない? ……なぜ、大臣に接触しようとした」
「その台詞、そっくりあんたにお返しするわ。……なんで、あの時わたしを止めたの」
ピ課税担当大臣グラナートに飛びかかろうとした時、肩を掴んでわたしを止めたのは、この男だった。店側にそれを告げて折檻させることもできたのに、それもしなかった。
「……まだ、証拠が集まっていない。ここで騒ぎを起こされて、ガードが固くなると困る」
逡巡の末、男はまっすぐに答えた。鵜呑みにするほど馬鹿じゃないけど、一応は「向こう側」の人間じゃないってことか。
今度はわたしの番だ。突破口を探して言葉を選ぶ。また魔法のにおいがして、喉が焦げるような感覚に息ができなくなる。くそう……。
──ガリッ。
「まほう、きいてる。でも、とっさに、上書き、し、て、うすめた」
頬の内側を思い切り噛んだ。痛みに一瞬拘束が緩み、言葉がまろび出た。
口のなかが血で溢れ、唇の端からひとすじ、つうっと零れ落ちる。男がいたわるように手を伸ばしてくるのを、反射的に跳ねのけた。残りの血をペッとはしたなく吐き捨てる。
「……あんたの、目的は何なの」
「世の中の不正義を正すことだ。お前は」
「大切な人たちを守ることよ」
驚いたように目を見張った男が手を差し出してきた。
「ヴォルフだ」
「ルナよ」
わたしはその手を握り返した。
そうして、わたしたちの共同戦線が始まった。
バニーはギャルソンより目立つが、ギャルソンよりどこへでも行ける。
わたしは小耳にはさんだ情報を──時には身振り手振りで──ヴォルフと共有するようになった。
どうせ密告できないと思ってか、店側は機密の管理に案外甘い。それを利用して、わたしたちは情報を集めていった。
店には時折ピンク髪の客も来る。裕福な装いだがパーティには出ず、わたしが面接を受けたのとは別の応接室に通される。対応するのは支配人よりも上役で、やけに慇懃な物腰をした男だ。
わたしは応接室の扉に張り付いて中の会話に耳を欹てた。
「これだけ払って1等級だけとは、どういうことだ」ピンク髪の客が怒っているようだ。声が大きくて聞き取りやすい。
「それでも、普通に支払うよりは、随分お得でしょう? 貴方にとっても、我々にとっても、充分利益のある取引だと思いますがね」上役の声は途切れ途切れだが、なにやら後ろ暗い取引を行っていることは伝わってきた。
「ご不満ならもちろん、お帰りいただいて構いません。『牧場』がお望みなら……。そちらでも、お待ちしておりますよ」
嘲るような上役の声。足音荒く客が部屋を出る気配がして、ルナは咄嗟に身を潜めた。客の手には、あの悪趣味なピンク色の紙。「ピ課税 累進等級のお知らせ」が握られている。
(──ふうん?)
これは早速、掴んだかもしれない。ルナは上役に気づかれないよう、フロアにいるはずのヴォルフを探した。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
次回「狭間の吐息」、明日21時投稿予定です。
引き続きお付き合いいただければ、嬉しいです。




