「他言無用」
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翌朝。
わたしは疲れた体を引きずって食堂に出勤した。
正直、帰してもらえるとは思わなかったが、詰めが甘くて助かった。休憩時間になったらすぐに騎士団に駆け込もうと心に決めて、わたしは食堂のスウィングドアをくぐった。
「ルナ、おはよう! 昨日あの面接行ったんでしょ? どうだった?」
開口一番、アネッサが無邪気に聞いてくる。好奇心に満ちた眼差しに腸が煮えくり返る。
(どうだったかって? 強面の男に取り囲まれて奴隷みたいな契約を結ばされて、それから──。)
「……ねえ、ルナ?」
返事をしないわたしに、アネッサが首をかしげる。
(──声が、でない。)
わたしはただ水を求める魚のように、パクパクと口を動かした。
一つ、契約中・契約終了後にかかわらず、雇用中に知りえたすべてのことを他言しないこと。
契約書の文言が脳裏をよぎる。魔法のにおいがして、喉が焼けるように熱い。
だれの詰めが甘いだって? ちがう。すべてが完璧だ。わたしは臍を嚙んだ。
しかしわたしも前世日本の社畜として、コンプラにはこの世界のだれよりも詳しい自負がある。
探せ、抜け道を。思い出せ、刻み込んだあの言葉を。王国法と良心の定める範囲に於いて──。
「……バニーガールだったわ」
わたしの唇がにんまりと弧を描いた。
「こ~んなレオタードを着て、お酒を運ぶの。アネッサは色っぽいけど、未成年だからだめだったのね」
バニーのポーズでお尻を振ってみせる。やった。喋れた。言葉を選ぶ必要はあるようだけど、魔法拘束の網の目をくぐることは可能だ。
「なんといっても、つまみ食いしたローストビーフ! ソースの味わいがめちゃくちゃ複雑だったの。わたしがいつかお店を開いたら絶対に出したいわ。死んでも覚えておかなくちゃ」
おどけてみせると、アネッサが頬を膨らませた。
「いいなあ。そんなお仕事、私もやりたかった。やっぱピンク髪はいい仕事に就けるって、ほんとなんだね」
氷水を、浴びせられたような気持がした。
──蒙昧な大衆どもが勝手に『虐げてもいい理由』を作り上げてくれる──
グラナートの言葉が、耳に響いた。
その後、わたしはおかみさんにおつかいを頼まれて、市場まで買い出しに向かっていた。
騎士団に行くのは保留にした。どうやったら事態を伝えることができるか、検討が必要だからだ。
今日のバイトも……正直、行きたくない。でも、ここまで周到な以上、何らかの対策が施されているとみていいだろう。
考えながら野菜を吟味していると、視線の端でピンク色が動いた。
ピンク髪の、少しぽっちゃりした少女が歩いている。わたしはその顔に見覚えがあった。
「こんにちは! あなた、昨夜パーティで会った人よね。ローストビーフありがと。めちゃ美味しかった」
追いついて肩を叩く。彼女もわたしに覚えがあったのか、表情が少し緩んだ、が。
やはり声が出ないのか、恐怖に目を見開き、喉を押さえたままブルブルと震えだした。
わたしは崩れそうになる彼女を咄嗟に抱きしめた。
「大丈夫。落ち着いて、ゆっくり話せば大丈夫だから。ねえ、あなたの名前は?」
震える彼女の背中をさすり、幼子にするみたいに甘く囁いていると、ついに絞り出すような声が応えた。
「……メリー」
「メリーね。わたしはルナ」
「…………ルナ、たす、けて」
「もちろんよ」
即答した。絶対に出口を見つけてやる。わたしたちの人生、あいつらなんかに啜らせてたまるか。
いつも通りの笑顔の裏で、わたしの胸は怒りに燃えていた。
「──で。あんたは、何の用なの」
メリーを宥めて帰らせてから、振り向いた。
さっきから、見られていることには気付いていたのだ。
路地の奥から、ピンクと白金の、斑模様の髪をした男が。
鋭い目で、こちらを見ていた。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回「まだらオオカミ」、明日21時投稿予定です。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




