第1章 第5話 赤い髪の二人
夜明けを無事に迎えた俺は、いつものように穴奥で横になり眠りにつく。
気が付いたときには、初めて聞く他人の声と足音は窪みのすぐ近くまで来ていた。
やっちまった。
俺は心の中でぼやいた。
収納庫から弓を取り出し矢を番え構える。
この窪みは、東から接近すると非常に見つけにくいのだが、足音は東の方から聞こえてきた。
それほど長くない影が窪みの入り口付近で止まった。
窪みと野営跡に気が付いたのだろう。
相手の緊張感がこちらにも伝わってきた。
覗き込まれた瞬間に矢を放とうと思っていたのだが、その気持ちは消えた。
「ダラスか?」
と声を掛けられたからだ。俺はどう返答するか迷いに迷った。迷った末、
「違います」
普通。
あまりにも普通な返答。
なんだよ違いますって、間違い電話かよ。
俺は自分自身に心からうんざりした。
「出て来てもらえるか?」
洞窟の外から声を掛けられる。
若い男の声だった。
気のせいか少し柔らかい口調に変化した。
「危害を加えないことを約束してもらえれば・・・」
俺の言葉にどれほどの意味があるのか。
「そちらが攻撃してこなければ安全を保障しよう。ただし、剣だけは抜かせておいてもらうことを了承してほしい」
俺は弓を収納し、(置いて行かずに収納したのはいざというときのためだ)両手を上げながら窪みを出た。
外にいた二人を描写する。
一人は男性。赤い短髪で片手剣と円盾を構えている。
ブレストプレートが鈍く光を反射している。
剣を握る右手の籠手と、脛当も印象的だ。黒に近い緑のショートマントが良く似合っている。
いや、とりあえず、そのいで立ちよりも真っ先に目についたのが、顔。
とにかく美形だ。
もう一人は女性、
赤い髪をサイドから後ろに編み込んでいる。
こちらは白い法衣、だろうか。
その上に胸の形に湾曲したブレストプレートを着用し、赤黒い戦槌と円盾で武装している。
そしてまた、美人だ。
とにかく美人だ。
俺は二人のうち、より近い男性の方に集中することにした。
男性は俺の姿を見た瞬間、僅かに目を細めたような気がした。
「きみ、ひとりだけか?」
俺は頷いた。
「ここで何をしている?」
至極もっともな質問だった。
が、今の俺は適切な答えを持ち合わせていなかった。
返答に困りながらも、何かしら言うべきだと思った。
「・・・とりあえず・・・生きるために生きています」
馬鹿にしていると思われかねない返答だが、俺の身なりから察して欲しいとの期待を込めた。
それは、伝わったようだった。
「いつから?」
「気が付いたのは、4、5日前です」
これも察してくれ。
「・・・気が付いた?」
よし。
「その点については、話せば長くなりそうなので・・・機会があったら、ということにできませんか?」
「・・・了承した。・・・俺たちは人を探すためにここに来た。ちょうどその4,5日前にこの付近で仲間から逸れた冒険者いたんだ。ダラスというのだが心当たりはないか?」
あぁ、やっぱりそういうことか。
俺は彼の質問に頷きで答え、彼らの後方を指さした。
指したのだが、二人ともそちらを見ようとしない。
あ、逃走や奇襲されるからか。・・・かっこいいな。
後方の女性は、男性が視線を外さないことを確認した上で振り返る。
「・・・弔われている様ね」
こちらに向き直った表情には哀愁がにじみ出ている。
知人をなくしたのだからしょうがない。
その言葉を聞いた男の方も振り返る。
墓標―と言ってもただの木の棒に例のタグと、装備していた革鎧を掛けただけのものだ―を確認した彼もまた、女性と同じ表情になった。
―この時の俺は、二人がなぜこの表情になったかを読み違えていた。
「・・・きみが?」
短い問だ。
はい、と答えそうになって思いとどまった。
きみが、殺したのかの意味だったら冤罪を被る。
「そこの断崖に座るように亡くなっていました。右の大腿・・・太腿がとても腫れていたのと、折れた弓が近くに落ちていたので・・・おそらく、上から落ちたのではないかと。もう消えてしまいましたが、地面に這ったような跡もありました。なので、僕が埋葬しました」
端的に述べることができたと思う。
付け加えるように言葉を続ける。
「それから・・・故人の物を拝借しています。ロープとかナイフとか」
俺は頭を下げた。
その様子を見たからか、男は納刀した。
「俺たちの受けた依頼は『冒険者ダラス・ゼムの捜索・救助・遺体の回収』だった。これだけ丁寧に弔ってもらって申し訳ない限りだが、俺たちは彼を掘り起こさなければならない。理解してもらえるか?」
本当に申し訳なさそうに彼は告げた。
「もちろんです。こんな誰もいないところで眠るより、帰る場所があるならそのほうが…。ただ、直接土葬してしまったので……腐敗が…」
「承知している。きみが善意で行ってくれたことには感謝しかない」
後ろで女性も頷いている。
男は早速で申し訳ないが、と言い、どこからか取り出したシャベルで墓の土を掘り起こし始めた。
女性もそれに倣う
「お手伝いできること、ありますか?」
突然、居場所がなくなってしまったような気になって思わず声を掛けた。
「大丈夫よ。それに、子どものやることではないわ」
美しい女性が優しい表情で言ってくれた。
俺はその作業をただただ見つめるだけだった。
暫くするとシャベルを置き、少しずつ手で土を取り除き始めた。
改めてみると、結構深く掘ったな。
「これは……驚くほど穢れがないわ…」
遺体に行き着いたとき、女性が驚愕の表情を露にした。
一度俺の方を見た後、改めてダラスさんの身体を調べる。
「あの子の言った通りね。ここがぽっきりいってるわ。あと、骨盤も損傷しているわね。その他に目立った外傷はなさそうだけど…」
彼女はもう一度俺を見る。…なんだろう。
「これほどの痛み、孤独という不安の中で死が近づいてくる恐怖。それなのに魂に穢れが微塵もない。おまけに腐敗もほとんど進んでいないなんて、あなた、とても優しくこの人に向き合ってくれたのね」
女性は泣き笑いのような顔をした。
この表情にどんな意味があるのか、この時は分からなかった。
二人は大きくて綺麗な白い布を広げ、ダラスさんを包んだ。
その後、今度はお世辞にも綺麗とは言えない袋を取り出すと、ダラスさんの遺体をその中にしまい込んだ。
明らかに袋の方が小さいにも関わらず、ダラスさんの遺体は完全に収納された。
…なんだっけ、何とかバック?
その後二つのシャベルもその袋の中に納まった。
ああ、ここから出したのね。
一仕事終えた二人は、汗を拭きながら傍観者だった俺の方へやってくる。
「改めてお礼を言うわ。死者に丁寧に向き合ってくれてありがとう」
小さく頭を下げると、今度は明るい表情で続ける。
「これならほぼ、蘇生が可能だわ」
・・・!!蘇生!?
「レイズデ…いや、リザレクション?蘇生手段があるんだ…」
「よく知ってるわね?魔法の知識が?」
思わず口をついた言葉をしっかり聞かれたらしい。
感心したように言われた。
「いえ、聞きかじり程度です」
名称が俺の知識と共通しているのか?とにかく俺は言葉を濁した。
それに特別不服があった様子もなく、今度は男が口を開いた。
「遅ればせながら自己紹介をしよう。俺はヴァリスという。見ての通りのファイターだ」
「私はシア。見ての通りクレリックよ。ちなみにそこのヴァリスとは姉弟なの」
「やっぱり!そうじゃないかと思ったんです。二人とも綺麗な赤髪と赤い瞳!やっぱり兄妹だったんですね」
女性は少し驚いた表情で
「あら、ありがとう。あなたの銀色の髪もとても素敵よ。月のようだわ」
やっぱり月、あるんだ、なんて思いつつも少し照れ臭くなった俺は咳ばらいを一つして…
「名前は、宗一…と言います。それ以外のことは…よくわかりません」
これが最も正直な自己紹介だと思う。
俺の言葉を聞いたヴァリスは隣のシアさんに一瞥をくれると、シアさんは頷き、俺の1.5m手前で膝をつく。
「こちらへ来てくれるかな?簡単な健康チェックをしたいの」
あ、この距離、俺が道端の猫に声を掛ける時の距離だ。
逃げるかどうか相手の反応を見る時の距離。
俺は思わず苦笑してしまったが、すぐに彼女に向って歩きはじめる。
頭、耳、首、肩、上から順にぺたぺたと触診?している。
その手が太腿に至ったとき…
「あ」俺。
「え?」シアさん。
俺と2人、短い声が出た。
彼女の手が、俺の真ん中の脚に触れたのだ。次の瞬間、彼女はためらいなく俺の袋服の裾を上げ、直接目視で触れたものの正体を確認した。
「おい!」
その様子を見たヴァリスが目をそらしつつ非難の声をあげる。
…なぜそっぽを向く?
「……ついているわ」
「何が?…って、え!?」
彼女の言葉の意味を察したヴァリスもこちらを向く。そして確認する。
「男なのか?」
今日一、表情に変化が現れた。
「‥‥見ての通り男ですが…女に見えたんですか?二人とも?…すみません。僕自分の容姿を知らないので」
俺がそう言うと、ヴァリスはピカピカに磨いた金属の板を渡してきた。
「記憶、ないのか?」
「それについても話す機会があれば…」
俺は金属板を見た。
銀髪の美少女、いや超美少女が映っていた。
これがわたし?状態だ。
「これでは女の子に間違われてもしょうがないですね」
俺は初めて見る自分の姿にどう対応したらいいかわからず、つまらないことしか言えなかった。
いや、もう一つ言えた。
「あの・・・いつまで見ているんですか」
いまだに、裾をめくり凝視を続ける美女がそこにいた。




