第1章 第3話 異世界サバイブ
腹が減った。
無意識に腹に手を当てて驚いた。
凹み過ぎだ。
元々の俺も太っていたわけではないが、それでもこの少年の腹は凹み過ぎている。
この袋服のことも鑑みると、奴隷的な立場だったのだろうか。
何か食わねば。
いや、もしこの環境で生きるのであれば、食料よりも水の確保だ。
「いきなりサバイバルですか、この転生は。」
誰にともなくぼやいてみたが、俺の言葉は、発声すると丁寧な口調に自動変換されるらしい。
巨大兎の躯をどうすべきか少し考えた。
最終的に俺の糧にすると結論付けたが、水場を見つけることを考えるとこんなものを運ぶわけにはいかない。
血の匂いが他の何かを呼び寄せてしまうこともよぎったが、この場は放置することにした。
「水場を見つけて戻ってきたら、ちゃんと食べてあげますからね」
脳内ではもちろんもっと汚い言葉だ。
俺は手近な木の枝を地面に垂直に立て、手を放す。
―コツ コト コト
右に倒れた。俺はその方向に進むことにした。
脳内に響くこの音のことは気にしないことにした。
ほんの数分、距離にして80mくらいだろうか進んだところで水音を耳にした。
神様はそこまで残酷ではなかったことに安堵し、さらに進むとせせらぎを見つけた。
川ではない。
幅1mもないせせらぎ。
水深はそれでも40㎝から深いところでは70cmぐらいありそうだ。
水は恐ろしく透明で、小魚もいるようだ。
俺は手で水を掬う。
冷たくて気持ちいい。
少しだけ口に含む。飲み込まず、口内に異臭や刺激がないことを確認し吐き出す。
少し様子を見るつもりだったが、空腹同様、のどの渇きもあったので、我慢できずに川の水をそのまま飲んだ。
煮沸ぐらいしたかった。
とりあえず、両手で掬えた分を飲み干す。
生きかえる。
がぶがぶと飲みたい衝動を何とか堪え、腹の様子を見ることにした。
とりあえず、水源確保。これで3日は生きられる。
俺はせせらぎを跨ぎ、さらに歩みを進めた。
少し行くと開けたスペースに辿り着く。
木々がなく地面はむき出しの土。
そんな空間がぱっと見30m四方、その奥には高さ6~7m程の断層が見える。
俺は木立に隠れるように周辺を観察した。
断層の壁にもたれかかる人を見つけるのは容易だった。
背を壁に預け、両脚を投げ出すように座っている。
顔は俯き表情どころか性別すらわからない。
右腕は右足の上に置き、左手は左脚の陰でよくわからないが、おそらく地面に置かれている。
怪我をしているのだろうか。
暫時観察していたがその人物に動きはない。
俺はその人の左側に回るように木立の中を歩く。
警戒は緩めていないつもりだ。
やはり左腕は地面の上にあった。
ただし、完全に脱力したように掌は上を向いている。
…これは…生きているのか?
俺はなるべく音を立てないように、木立を抜ける。
久しぶりの直射日光はとても暖かかった。
というかあちぃ。
ゆっくり近づく。10mほど手前で声を掛けてみた。
「あの…大丈夫ですか?」
言葉が通じるかどうかも分からないが、返事はないだろうと思っていた。
おそらく絶命しているもの。
もう一度声を掛けつつ、さらに近づく。
やはり返事はない。ただの屍のようだ。
その人は男の人だった。
近くには折れた弓、
少し濡れたような革ポーチが落ちている。
革の胸当てを身に着けており目立った外傷はない。
首にはタグがぶら下がっている。
知らない文字で「ダラス・ゼム」と書かれている。
知らない文字が読める不思議。俺はそっとそれを外し、その人を調べてみた。
身体は…動きにくい。死後硬直が始まっている。
手が置かれている右脚に触れて驚いた。
猛烈に腫れている。
俺は改めて崖の上を見る。
3階建てくらいの高さだろう、落ちた拍子に大腿骨を折ったのか。痛かっただろうな。
ポーチを開けてみると中には割れたビンが入っていた。
もしかしたらポーションかしら。落ちたときに割れてしまったのだろう。
また、別の瓶には油のようなものが入っていたようだが、これも割れている。
その他には鈎付きロープと、片刃の鉈、小振りのナイフ、革製?の水筒、火打石と思しきもの、嬉しいことに石鹸が入っている。
冒険者セットだね、これ。
俺は遺体に手をあわせ、ポーチを頂戴することを伝えた。
動きの悪いダラスさんをある程度力づくで寝ている形に整えた。
森の中から適当な木の枝を見つけ、地面に穴を掘る。
思った以上に楽に掘れた。もちろん埋葬するための穴だ。
ダラスさんの革の胸当てとタグを墓前にした。
埋葬を終えた俺は、周囲の観察を始めた。
断層を見てみると、奥行き3mほどの小さな窪みがあった。
少しくらいの雨だったらしのげるかな。
それに、ダラスさんの遺体は食い荒らされた様子はなかったし、獣も来ないのかもしれない。
ひとまずここを拠点とするか。
また、この断層には俺の目当てのものと思しき白い層があった。
手近な岩でほじくると、見たことのある結晶が出てくる。
恐る恐るなめてみると、思った通り、しょっぱかった。
岩塩ゲットだ。
俺は来た道を戻り、せせらぎを跨ぎ、アルミラージ(仮称)との戦闘箇所まで戻ってきた。
奴らの躯は記憶と寸分たがわずそこにあった。
とりあえず一匹を小わきに抱え込む。
思っていたよりは重くないが、如何せん、自分の体が小さいものだから足を引きずってしまうことになり運びにくい。
首に回すのは少しためらわれる。
重くはないので両脇に一羽ずつ抱え歩き出した。
…のだが、ものの数メートルで
「ああっ、もう運びにくい!」
アルミラージ(仮称)を放り投げたくなった。
その瞬間、両脇から、アルミラージ(仮称)は無くなった。
「あれ?」
思わず声に出た。
素早い何かにかすめ取られたか?…いや、二羽同時にそれはあり得ないだろう。
一応周囲を警戒し、改めて、アルミラージ(仮称)を探す。
「出て来いよぉ」
我ながら情けない声だったが、その声に応えるようにアルミラージ(仮称)が眼前の宙から湧き、俺の足元に落ちた。
あぁ、なるほど。
俺はアルミラージ(仮称)に触れながら心の中で「しまう」と念じた。
思った通り、音も光もなくそれは消えた。
「少しだけ生きやすくなったのかな」
俺は3羽のアルミラージ(仮称)を手ぶらで拠点に持ち帰ることに成功した。
その間の道程で、落ち葉や枯れ枝もなるべく収集した。
水も収納できるかと思ったが、残念ながらできなかった。
容器が必要と思われる。
拠点に戻ってからは大忙しだ。
まず、水場にて、拝借したナイフでアルミラージ(仮称)の腹を裂き、内臓を取り出す。
同時に首は落とし、角が綺麗だったので根元からたたき折った。
手ごろな木に、これも拝借したロープでアルミラージ(仮称)をぶら下げ、血抜きをしつつ、皮をはぎ取る。
後ろ脚から、お尻、背中、腹と。
知人が鹿を捌くのを何度か見ていたおかげでここまでは順調だった。
とは言えかなり疲れた。
集めてきた落ち葉に、これも拝借した火打道具で火をつける。
枯れ枝を組み焚火の完成。
アルミラージ(仮称)の後ろ脚を大腿部の関節で切り落とし、岩塩を削りながら塩を振る。
適当なふと目の枝に後ろ脚を括り付け焚火の近くの地面にぶっ差した。
焚火調理は強火の遠火。
なんて思っていたら、集めた枝たちはあっという間に残り少なくなりやがった。
俺は鉈を片手に急いで森に入った。
直ぐ近くに倒木を見つけていたのだ。
俺は適当に枝を払い、わきに抱えて戻ろうとしたところで「収納」を思い出した。
一人苦笑いを浮かべながら、それならばと大ぶりの枝も数本回収し、相変わらず手ぶらで帰還した。
拠点で急ぎ薪をつくる。
現世(?)の市販品ではないので、薪の作成にも骨が折れる。
倒木ではあっても、完全乾燥したものではないので煙るし爆ぜる。
それでも火力を維持できているのだからここは我慢しよう。
薪と火の心配がなくなったところで日が暮れ始めた。
断層を背にして右の方へ太陽が沈むようだ。
となると、この拠点は南向きの優良物件だ。
自分の考えのくだらなさに辟易とした。
しかし、次の課題のとりかからねばなるまい。
そう、食べることだ。




