勇者の暴走
案の定、祭りは続く。夜中になっても。
いつもなら子供に早く寝るように言い聞かせる大人も、今日だけは好きなだけ起きてていいと。
子供達は駆け回り、大人達はお酒を片手に大騒ぎ。
村のあちこちが賑わう。
私はというと。家にいても眠れそうにないので、村の外れにある祠近くで夜が明けるのを待つ。
この祠は毎日、私が祈りを捧げた場所でもある。
お供え物を添えて、あんな最低な人間になってしまったけど無事にエントランが帰ってきたことに感謝を捧げた。
「村を出ようかしら」
近くの街に行けば今より多くの人と出会える。そこで生涯のパートナーを見つけるのもいい。
結婚相手にそこまでの条件を求めるつもりはないけど、浮気をしない人。それだけが唯一の条件かな。
大勢の妻を娶る権利は勇者にしかないので、重婚は犯罪。
だからこそなのだろう。男女関係なく、パートナーとは別の異性に気を許し、体の関係を持つのは。
刺激を求めてというか……。
浮気なんてする人の気持ちをわかりたいと思ったことは一度もないので、「浮気は男の甲斐性だ」と胸を張り開き直る男はクズではないだろうか。
「こんな所にいたのか」
「エントラン?どうして」
主役が抜け出してきたらダメでしょ。
いなくなっても気付かないほどの大騒ぎだし、少しくらいならいいのかな?
それでも……。勇者パーティー全員が私の元に来る理由はないはず。
明日には村を発ち、私と顔を会わせることもなくなり、そうなれば彼らの記憶から私は消え去るを
別れの挨拶をするような仲でもないし。
「実はな。バレン達に言われたんだ」
「…………何を?」
「一時とはいえ俺とお前は結婚の約束をしてしまった」
嫌そうな言い方。
ただ、間違えないで欲しいのは、約束をしたのはエントラン。私からではない。
「そのことならもういいよ。エントランにとっての幸せが、自分で選んだ今なのだとしたら私は邪魔するつもりもないし」
「ほらね!言った通りでしょ!!」
急に大声を出されてビックリした。静けさを楽しんでいたのに。
「ユーフェ。俺は悲しい!!」
会話をしてくれない。エントランが何を言いたいのかサッパリ。
「女というのは一度でも結婚の約束をしたら、果たすまで地獄の底まで追ってくる生き物だ」
「…………そういう人もいるけど。私は違うから」
「特に!お前のような地味で男と縁のないような女は」
後ろの三人に言わされているわけではない。紛れもなくエントランの本心。
可愛いとか、そういう言葉で褒められたことはない。
褒められるほどの容姿ではないけども。
きっとそれはエントランがずっと思っていたこと。
好青年だったから心の声が漏れることはなかった。
勇者となり、旅に出て、村にいたら一生出会うことのない女性に囲まれて日々を過ごす。
これまで抑えられていた男としての欲が溢れ、良い人でいる必要がなくなり本性をさらけ出すようになった。
「だからな、ユーフェ。お情けではあるが、この俺がお前のような女を抱いてやろう」
「………………はい?何言って……?」
得意げに胸を張り、気付けば視界にエントランと夜空に浮かぶ月と星が映る。
押し倒されたと理解するのに時間がかかった。
見慣れたエントランの顔は醜く歪む。
これから何をされるのか。
恐怖に動けなくなっている場合ではない。必死に抵抗していると、お腹に強い衝撃が走る。
殴られたんだ、私。
状況を冷静に分析するだけの余裕はまだあるみたい。
痛みに蹲ることも出来ずにエントランを睨んだ。
「何だその目は!!この俺が!!勇者様の相手をさせてやると言ってるんだぞ!!!!」
「エントランの手を煩わせるなんて何様のつもり?」
多分、魔法なのだろう。体の自由が一切効かなくなった。
「たく。手間かけさせやがって!!」
隠されることのない怒りは暴力となり私を襲う。
握り締められた拳が何度も顔を殴りら、エントランが疲れてるとようやく手は止まる。
「ふぅ。さて、そろそろ……」
為す術なくエントランに好き放題、体を弄ばれ、三人は笑って見ているだけ。
目の前で同じ女が尊厳を踏みにじられているというのに。
「喜べユーフェ。お前の中に俺の子種をたっぷりと残してやった。運が良けりゃ偉大なる俺の血を引く子供が生まれるかもな」
「仮に生まれても、エントランの所には来ないでくれるかしら。貴女のような女を慈悲の心で抱いたとしても、エントランの評価が下がるから」
「今日のことを良い思い出に、エントランのことは諦めて他の男と結婚することね」
「ま、貴女程度の女を娶ってくれる物好きがいれば、だけど」
「中古を好きな男だっているさ。それになんと言っても!この俺のお古なんだからな。案外、言い寄ってくる男は多いかもしれない。良かったな、ユーフェ。俺のおかげで人生最後のモテ期到来だぞ。はははは!!」
汚い笑い声が空に響く。
ここで起きたことは村の誰も知らない。
私自身、現実を受け止め認めるのに多くの時間を費やしてしまった。
夜は明け朝日が昇る。
泣いてしまうのは朝日が眩しいから?
体を起こすと、昨夜の痛みが全身に走り、その痛みこそが現実であると無情にも突き付ける。
悔しい。何もかもが。
私が一人で泣いているこの瞬間も、奴らは悠々と村を出て王都に向かう。
途中で出会う人に勇者だと称えられながら。
世界を救えば何をしてもいいわけではない。
心の底から湧き上がる確かな感情。
「絶対に許さない」
そうして発せられた言葉は自分でも驚くくらいにドス黒くて。
多分、世界中の誰もが気付いていないだろう。
空に輝く月が紅くなったことに。
不気味なほどに生暖かい風に吹かれながら、閉ざされた祠の扉を開けた。




