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勇者帰還

 今日、勇者エントランが村に帰ってくる。


 悪の化身、魔王を倒したのだ。


 暗かった空は晴れて、長きに渡り隠されていた太陽が世界を照らす。


「エントランだ!!エントランが帰ってきたぞ!!」


 男衆が叫ぶ。

 村人総出で出迎える。


 一年前よりも背が伸びた。体も逞しくなり、壮絶な戦いを連想させる傷が痛々しい。


「おかえりなさい、エントラン。無事で何よりよ」


 成長して私より高くなったエントランは冷たい目で見下ろしてくる。


「ユーフェか。相変わらず地味だな」


 鼻で笑った。上から下まで品定めをしては、呆れたように息をつく。


 ──目の前にいるのは本当にエントラン?


 幼馴染みでもあるエントランは私よりも背が低く、優しくて誠実。いつだって誰かのために生きてきた。


 千年に一度。封印されし魔王が復活する。

 それと同時に、世界のどこかに勇者が誕生すると言い伝えられていた。


 勇者になれば魔王と戦わなければならない。怖いを理由に逃げるなど言語道断。


 誰もが勇者を夢見る反面、死を恐れていた。


 でも、エントランだけは違う。物心つく前から勇者になって魔王を倒し、世界を平和にすると言っていた。


 勇気だけではなく正しい心を持ったエントランこそ、勇者に相応しい。


 私の祈りが天に届いたことにより、エントランは勇者に選ばれた。


 朝起きた枕元には魔王と戦うための《勇者の剣》があり、それを手にすることで仲間となる戦士、ヒーラー、魔法使いが集う。


 勇者パーティーに選ばれるのは必ずしも血縁関係にあるとは限らない。

 この国から生まれることは絶対条件だけど。


 年齢は皆、勇者と同じ。性別もバラバラ。今回はエントラン以外は女性だったようね。


 可愛い系。美人系。本当に同い歳かと問いたくなる色気たっぷり系。


 エントランは勇者パーティの仲間でもある、キーナとラスエの肩を抱いていた。

 その手はわざとじゃないのか、胸を揉んでいるようにも見える。


「ふーん。これがエントランのお嫁さん?対して可愛くもないわね」


 可愛い系のキーナ(戦士)は何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「絶対に私達のほうがいいお嫁さんになるわ」


 美人系のラスエ(魔法使い)は見下すように笑う。


「ははは。本当のこと言ってやるな。こんなのでも一応は女なんだからな。それと、訂正しておく。俺がこんな女と結婚するはずがないだろう?」


 頭を殴られたような衝撃に包まれた。


「何を言って。エント……」


 記憶が遠くなっていく。


 私を呼んでくれるエントランの声も、温かい瞳も全て。


「俺は世界を救った勇者だぞ!!お前みたいな何の取り柄もない地味な女と結婚するはずがないだろ!!」


 たった一年前の約束は崩れ去る。割れたガラスのようにパリンと音を立てて。


 約束の誓いだと手渡してくれた薔薇はあんなにも美しかった。

 枯れてしまわないように最大限の努力を尽くし、今でも凛と咲き誇っている。


「そうよね。エントランは私達と結婚するだもの」


 色気たっぷりのバレン(ヒーラー)は巨大な胸をエントランの背中に押し付ける。

 それに鼻の下を伸ばすエントランは勇者とは程遠い。


 ───そっか。エントラン、貴方は……。


 その三人と男女の関係になったのね。私の前でそれを隠そうともしていない。


 勇者にはとある特権が与えられる。

 妻を一人に選ばなくていい。


 世界を救った男性は世の女性からしてみれば魅力的。

 しかも。勇者の妻となり子供を産めば周りからは羨ましがられるし、豪遊だってし放題。

 良いことづくしだ。


 私達の結婚なんて所詮は口約束。旅立つ前に式を挙げていたらともかく、今の私達は結婚の約束した婚約者ではなく同じ村に住む幼馴染み。


 言うなればただの他人。

 命を懸けて魔王を倒す旅をしていた三人と比べて関係性は極めて薄い。


 でも……。




『俺は歴代の勇者とは違う!!生涯、ユーフェだけを愛すると誓ってみせる!!』




 その約束さえも忘れてしまったの?


 結局のところエントランも他の勇者(おとこ)と同じ。多くの妻を娶ることを選んだ。


 悲しいはずなのに涙すら出てこない。


 希望を抱いていたはずなのに。エントランは私だけを選んでくれると。


 ───実は私。心のどこかでエントランを信じていなかったのだろうか?


「あらあら。泣いちゃうのかしらねぇ」


 意地の悪い言い方。泣いて欲しいと素直に言えばいいものを。

 泣かないけど。


「式は村で挙げるの?」

「いや。明日の朝には王都に発つ」

「王都?」

「王女様が俺の正妻になってくれるんだ。お前達三人にはすまないと思っている」


 私には思わないんだ。裏切っておきながら。


 最早、目の前にいるのはエントランの姿をした別人にしか見えない。

 地位や名誉が人を変えるというのは本当のようだ。


「いいのよ。相手が王女様じゃ仕方ないもの」


 あぁ、そういうこと。


 私のような地味でみすぼらしい女は相応しくなく、可愛く美しい。女性として魅力溢れる自分達が側室に納まるのだから正妻となる相手は納得がいく人でなければ嫌。


 とどのつまり、私は彼女達からしてみれば女として不合格。


「そう。幸せにね」


 それだけを言い残してエントランに背を向けた。


 あんな口約束を信じて一年も待ち続けた時間がもったいない。

 まだ婚期は終わっていないから、結婚相手を探さないとね。


 今日は一晩中、お祭り騒ぎになる。


 魔王が封印されてまた千年、世界に平和が続くことよりも。この小さな村から勇者が誕生したことのほうが村人にとって喜ばしいこと。


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