帰還
来訪は夜に急に訪れた。
「お帰りなさいませ」
無閑様が南の戦から帰還された。
王への報告も済ませてすぐにこちらに来たらしい。
鎧姿のままであった。
「何か異変はなかったか?」
「何も」
平坦に答える僕の肩を力強く無閑様が握った。
「容澤がこちらに来たと聞いている。お前もあいつを選ぶのか?」
その言葉は縋る感情も含まれていた。
僕がなんで答えればいいのか考えあぐねていると、ひょいっと抱え上げられて寝室に連れ込まれた。
寝台の上に放り投げられて無閑様が鎧を脱いでいく。
「無閑様……」
恐ろしい。
震える僕に無閑様が覆い被さる。
「子安」
一言呟いただけであとは無言でいつものように僕を愛した。
そうだ。無閑様は僕を愛しているんだ。
だからこれは嫉妬だ。
だけれど、僕は無閑様を愛していない。恐怖の対象だ。
恐ろしい。
もう一度思う。
早くこの嵐のような時間が過ぎ去ることを願うばかりだった。
気付くと翌日の夕方だった。
無閑様は隣で寝ている。
無防備な姿はきっと僕しか知らない。
ちらりと無閑様の鎧を見遣ると剣もそこにあった。
この剣があれば地獄が終わる。
寝台を降りて吸い寄せられるように剣に近付く。
持ってみると思ったよりも重い。
無閑様はこんなものを軽々と持ち上げて人を殺すのか。
やはり恐ろしい。
無閑様を見ると目が合った。
「起きてらしたんですね」
「その剣で私を殺すか?」
手元の剣を見る。
そんなことをしたら僕は無閑様の罪人ではなくこの国の罪人になってしまう。
「出来ません」
「やらない、ではないか」
無閑様は自嘲気味に仰ると、また僕を抱えて寝台に戻る。
「もう、今夜は…」
「寝るだけだ」
そう言って僕を抱えるようにして眠られた。
疲れていらっしゃるんだろう。
僕は、恐れ多くも無閑様の頭を撫でて枠越しの夜空を見た。