太陽の来訪者
無閑様は時折、戯れのように愛していると真実で僕に告げる。
それはその表情を見ればわかる。
でも、これは愛ではない。これは支配だ。
寝物語に無閑様が仰る。
「私はお前をずっと見ていた」
存じております。
畏れ多いほどに。
「例えお前が私を見なくても関係ない。お前を檻に入れてでも傍に置く。それが私の優しさだと知れ」
現に檻に入っております。無閑様。
疲れた体に、うとうとと眠気が忍び寄る──無閑様のお言葉を夢のように聞きながら。
額に掛かった髪を掴まれ唇を寄せられる。
「おやすみ、子安」
そうして僕等は夢の世界へと落ちていった。
「しばらく来られそうにない」
起きたらそう言われた。
「そうですか」
喜びに逸る気持ちを抑えて平常心で答えた。
しかし無閑様には見透かされていたのか拘束が強くなる。
抱き締められる力が強い。
昨夜を思い出して頬が赤くなるとそこに唇を寄せられた。
「ここには世話係が食事を持ってくるだけだが、その者たちに色目を使って出ていこうとするなよ」
「私に執着するのは無閑様くらいですよ」
本当に。こんな平凡な僕になんでこんなに執着するのか分からない。
名残惜しそうに扉を出る無閑様をお見送りしてようやく一息つける。
しばらく来れないと仰っていたから久々の自由だ。
外には出られないけれど、何をしようか。
楽しい気持ちになるのも久々だ。
開放感に背伸びをする。
一日中のんびりと過ごしたが、やることがなかった。
無閑様がいらしていた頃はいつ来訪されるのかとびくびくしていたが、しばらく来ないとなると何をしていいか分からない。
そこで気付いてしまった。
僕は無閑様のことを思ったより依存していることに。
愕然としていると、小さなノックの音が響いた。
ここには無閑様しか訪れない。
けれど、無閑様は先程しばらく来れないと出て行かれたばかりだ。
世話係が食事を持って来るにはまだ早い。
困惑して返答に困っていると、小さく扉が開かれて現れた来訪者の姿が見えた。
「慕様…!」
その名を口にした瞬間、喉が乾いて声が掠れた。
慌てて平伏すると、頭を撫でられ──それが恐ろしくて、でも少しだけ、くすぐったかった。
「君が無閑の大切な子?お名前は?」
「私の名でお耳を汚すなぞ畏れ多いことでございます」
無閑様ですら大変なのに、慕様まで関係するなんて僕の人生はどうなるんだ?
焦りと恐怖から震えると、再び頭を撫でられた。
「ああ、身分差があるよね。ごめんね、察せられなくて。私は慕容澤という。一応無閑の兄でこの国の後継だ」
「存じております」
椅子に座らされると、相席してにこやかに微笑んだ。
「幼少期から無閑が執着している子に興味があってね。今日はあいつの目を盗んで君に会いに来てみたんだ」
「私に?」
「そう!あの無閑を夢中にさせるなんてどんな子かと思えば、びくびく震えて小さい可愛い子だったというわけさ」
微笑まれたそのお姿は太陽の王子と噂されるに相応しい柔らかさと光があった。
「無閑はね、父上に君のことを苦言されて文句を言わせないために南の戦で戦果を上げて黙らせようとしているのさ」
ふふふと笑う姿に僕は無閑様の恐ろしさを再認識した。
僕を手放さないよう戦に出て戦果を上げようとするなんて、僕にそこまでの価値なんてあるんだろうか?
震えるばかりの僕に、慕様がご自身の上着を掛けてくださった。
「寒い?大丈夫かい?それとも無閑が怖い?」
久々の他人の優しさに心が温かくなる。
「慕様、ありがとうございます」
「容澤でいいよ。気軽に話し掛けて。そうだ!無閑がいない間、暇が出来たら遊びに来ていいかい?私も君のことが知りたいな」
断りの言葉なんて出せるはずもなかった。
「恐れ多いことでございます」
上質な上着を握り締めて再び平伏すると、また頭を撫でられた。
「だって、無閑ばかりずるいじゃないか。私も君と仲良くなる権利くらいあると思うけれどな」
僕が返答に困って、それでもこれはチャンスかもしれないと思った。
容澤様を味方に付ければ、この檻から解放されるかもしれない。
……でも、信じていいのだろうか。
無閑様のように、優しさの裏に鎖が隠れていたら?
それでも、僕は賭けてみたかった。わずかでも、自由の可能性に。
「私でよければ、喜んで」
打算ばかりの受け入れだけれど、容澤様はそれでも嬉しそうに微笑まれた。